#1日目 「私と今から旅しない?」
「———で、どうしてこんなに遅刻を?」
「いやぁ……何も言い訳はないです。すいません」
俺は眉間に皺を寄せる我が3年3組の担任であるタケちゃん先生(27歳女独身)に素直に謝る。
まぁ本当にただただ寝坊しただけなのでそれ以外言うことはないのだが。
「はぁ……それで、透月さんは? 貴女は遅刻する様な人ではないと私は思っているのだけれど……」
この発言で俺と渚沙の先生からの信頼度がはっきりと分かっただろうが、渚沙は学園一の美少女優等生と認識されている。
それは男女生徒と先生関係なく、この学校の人全ての共通の認識だ。
しかしそんなのはただの仮面に過ぎない。
何故なら———
「すいません……登校中に吐いているなーくんを見つけたので見捨てられず……」
———と、真顔で嘘を吐きやがる奴だからだ。
本当はただの寝坊と呑気に朝ごはんを食べていたせいなのにな。
あとさらっと俺のせいにするなよ。
「そうなの……それはしょうがないわね。取り敢えず2人は教室に行って授業を受けなさい。遅刻は付くけど反省文は無しにしてあげるわ」
「「ありがとうございますタケちゃん先生」」
「タケちゃんって言わないで! せめて小百合先生って呼んで! と言うか早く戻りなさい!!」
皆がタケちゃんと言うのは、竹内小百合と言う名前だからだ。
何故上の名前なのかは覚えていないが、いつの間にかそうなっていた。
だがこれ以上此処にいる意味もないので、素直に生徒指導室から出る。
そして渚沙が扉を閉めたのを確認して、
「おい渚沙、何で俺が吐いたことになってんだよ」
「いいでしょ? その御蔭で反省文はないんだし」
俺が嘘の理由を問うと、そんなあっけらかんとした答えが返ってきた。
物凄く腹が立つが、確かに渚沙のお陰で反省文を書かなくていいので何も言えない。それが余計にイラッとするのだが。
「でもせめてもう少し何かあっただろ」
「じゃあ一緒に明け方までゲームしてそのせいで寝坊して、一緒に朝ごはん食べて来ましたって言うの?」
「いや、それは絶対にダメだな」
「じゃあなーくんが吐いたってことでいいじゃん」
「まぁ、それでいっか」
「うん」
俺達はそれから教室に着くまで無言だった。
何時もはそれとなく何方かが話し出して、殆どずっと話すので少し気まずかった。
しかし何より、ふと渚沙の顔を見た時の———何故か哀しそうで不安そうな表情が深く記憶に残った。
「———奏多、今日何で遅刻したの? 大して心配してなかったけど」
「そうだぞ。大して心配してないが、奏多のせいで俺が日直の代わりしたんだからな!」
「俺もうお前らと友達辞めるわ」
俺達は2時間目の授業の途中から参加し、授業が終わり号令をした後に俺の下に2人の男子が来た。
初めに話した爽やかイケメンの方が
俺の様な凡人とは違って顔も頭も良く女子人気も男子人気も高い、渚沙と並んでこのクラスのカーストトップの人間だ。
もう1人は日焼けした小麦色の肌の熱血サッカー部キャプテンの
俺よりも頭は悪いが、顔は十分整っており運動神経抜群で、この3人の中で唯一の彼女持ちでもある。
「悪かった悪かったよ。少しは心配してたよ。少しは」
「まぁどうせ奏多には透月さんが居るから大丈夫だと思ってたけどな」
そう言って渚沙の方を向く2人につられて俺も渚沙へと視線を向ける。
渚沙は女友達と話しているらしく、偶に笑顔も見せていた。
その姿を見ていると、先程のあの表情は俺の見間違いではないのか、と言う気持ちになってくる。
そんな風にぼーっと渚沙を見ていると———目が合った。
お互い瞬きをして、渚沙は俺に柔らかな笑みを浮かべると口パクで、
「お・ひ・る・は・お・く・じ・ょ・う」
と伝えてきたので俺も、
「りょ・う・か・い」
と同じく口パクで伝え、渚沙がコクンと頷いたのを確認してから目を離す。
そして2人の方を向くと、ニヤニヤと笑みを浮かべて此方を見ていた。
「相変わらず仲がいいね。男子で透月さんと仲が良いのは奏多くらいだよ」
「……まぁ幼馴染だからな」
「いいよなぁ〜〜学園一の美少女と幼馴染なんてさぁ」
「慎吾には彼女が居るだろ。そんなこと言ってると朝比奈さんに刺されるぞ」
「おい物騒なこと言うなよ!? 最近マジで香織の奴ヤンデレ気質になってきてんだから!」
「「……愛が重いのは悪くないと思うぞ?」」
「そう言いながらも離れるな2人とも!」
そう言って近付いてくる慎吾から、俺と勇斗は逃げる。
やはりこうした男友達と馬鹿なことをして話すのも悪くない。
———昼休憩、屋上。
結構早く着いたと思っていたが、屋上にあるベンチには既に渚沙が座っていた。
「———もう来てたのか」
「うん。だって早く行かないと足止めされるもん」
確かに渚沙と食べたいと言う奴は山ほど居るだろう。
何せ学校内で1番の有名人と言っても過言ではないしな。
「それより、座らないの?」
渚沙がベンチの自身の隣をポンポンと叩きながら首を傾げる。
「座るよ座るって。ふぅ……なぁ、この弁当袋重すぎないか? 一体何が入ってんだよ」
俺は渚沙の隣に座り、朝手渡された弁当袋を膝に乗せる。
一応言いつけ通りに開けてはいないが、明らかに何時もよりも中に入っている物が多い気がするし重い。
「あ、ちゃんと見ないでいてくれたんだ。良いよ、もう開けても」
「じゃあ早速―――ん?」
俺は、一体どんな物が入っているのやら……と思いながら開けてみると、おせち料理の時に使う重箱が姿を現す。
しかも2段で、中には唐揚げや餃子など、俺の好物ばかりが入っていた。
「どう? 私がなーくんの好きな物全部作ってきたの。味は保証するよ?」
「いや、味については何も心配はしてないんだが……これいつ作ったんだ?」
昨日の夜からずっとゲームを一緒にしていたので、そんな時間は無かったと思うのだが……これは一体どう言う事なのだろう。
そんな俺の疑問とは裏腹に、渚沙は何でも無いかのように言った。
「え、普通に昨日の夜に下準備して今日作ったけど?」
「……まさかお前、寝てないのか?」
「いや寝てるよ。1時間位だけどね」
そう言われて授業中に珍しく船を漕いでいた渚沙の姿を思い出す。
「……ありがとな渚沙。わざわざ俺のために」
「いいの別に。私にも私なりの目論見があるんだし」
「あ、そうなのか。なら遠慮なくいただきます」
俺はただの善意だけでないと気付いた途端に遠慮する心が消え、早速唐揚げへと箸を伸ばし、頬張る。
弁当なので少し冷たいが、それでも柔らかいしジューシーでめちゃくちゃ美味しい。
しかし、何よりこれは米に合う!
俺は唐揚げと米、餃子と米、と交互に食べていく。
沢山おかずがあるので飽きもこないし最高だ。
「ふふっ、夢中だね。まぁ作った側からしたら嬉しいことだけど」
「……ごくんっ……当たり前だろ。めちゃくちゃ美味いんだから。マジで無限に食える」
「それは良かった。作った甲斐があるね」
渚沙が自分用の小さな弁当を食べながらそう言って笑みを浮かべる。
いつもなら少し目を奪われるかもしれないが、今回は食欲が勝った。
こうして僅か10分程度であっと言う前に二重箱を平らげた。
「ごちそうさま。めちゃくちゃ美味かった。最高の誕生日プレゼントだったぞ———渚沙?」
俺が見事に重箱を平らげ、お礼を言いながら渚沙の方を向くと、渚沙は俺の方は見ておらず、何処か黄昏ているような感じでぼーっとしていた。
「渚沙? どうしたんだ?」
「ねぇなーくん」
俺が不思議に思っていると、突然渚沙が此方を向き、何でもないかの様に……それこそ一緒に遊ぼう的なノリで言う。
「———私と今から旅しない?」
「………………は?」
俺と渚沙の間を一陣の風がさっと吹いた。
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