第45話 EPILOGUE【幸せな愛の形】

二千二十六年

あれから十年の月日が流れた。


 十年という月日は町に新たな復興により、町に活気が戻りつつあった。あの惨劇の痕跡が風化して消えることは、叶芽との思い出までも風化して無くなりそうで怖かった。

 

 俺はあの津波のあと、町を救った英雄として崇められ、県や町からの功労者表彰、警察からの感謝状など、あらゆる授与式に招かれ大変な時期を過ごした。二代目 醤油屋梧兵などとうたわれることもしばしばあった。

 

 祐希が英雄を辞退した意味が、ようやくわかったような気がした。

 

 暮れも近い夜に俺たちは『ミカサ食堂』を貸切ってクリスマスパーティーを開くことになっていた。

 

「花蓮先輩……こっちにお酒ください!」

「もう、お酒弱いんだから程々にしといてよね」

 祐希はすっかり出来上がり、ふらふらになっていた。そんな祐希を桜井さんが、介抱している。相変わらず仲がいい!


 高校を卒業してすぐに某自動車メーカーに就職した祐希は営業マンとして、それなりの成果を出しているようだった。


 桜井さんは専門学校を卒業して保育士となり、近くの保育園で働いている。二人とも楽しくやっているようだ。


 そしてこの二人は、来年の春には、晴れて結婚式をあげる予定であった!お幸せに……

「はい、お酒お待ちどうさま……あまり飲みすぎないでね……」

 

「伊藤先輩、ありがとうございます」

 注文が入ったお酒は、ぐったりと寝ている祐希の前に置かれた。桜井さんが祐希の代わりに苦い愛想笑いで対応していた。

 

「へい!お待ち……超轟絶うどんだ!腹いっぱい食って行ってくれ」


 ミサカ食堂の橙色の厨房服に白いエプロンを着けたイカついおっさん……元い福田先輩が、アホほどデカいどんぶりに極太麺五人前、どデカいお揚げが三枚に、さらにその上にタワーのように長く伸びるかき揚げがトッピングされていた。

 

「そんなアホ盛り、盛りなうどん誰も食べらんないわよ。うちのメニューには入れないでよね」


 などと福田先輩と伊藤先輩は相変わらずの夫婦漫才が続いていた。この二人は五年前、晴れてゴールインとなり、このミカサ食堂へ養子として福田先輩が迎え入れた。こうして跡取り若旦那となった福田先輩は、伊藤先輩とともにこのミカサ食堂を切り盛りして働いていた。


 その超轟絶うどんが野田君の前に出された。箸をパチンと割ると美味しそうに、そのうどんを食べていた。


「そう、これこれ……懐かしいなぁ!」 

――いや、いや……懐かしいって、こんなものはなかったよ。

 

 野田君は高校卒業後、憧れの自衛隊に入隊して忙しい日々を過ごしていた。

 

 風花も念願だった役場に就職して忙しい日々を過ごしている。そのせいか風花と会う機会が少なくなり意見の相違なのか疎遠状態となっていた。

 

「おい、五條君……飲んでるかぁ?」

酒癖が悪い祐希が、ひょっこり起きて絡んできた。

「あぁ、楽しくやってるよ」


「五條君が医者になるなんてねぇ……」

「まだ医者じゃないよ。研修医だからね……」

 そうそうなにを隠そう、この俺は高校を卒業して、県立医科大学へと進み、やっと研修医になって勉学に励んでいる。津波が来た時に人を助ける医師になるためだ!


「僕はてっきり警察官になるのかと思っていたよ」

 医者になると決めたのは、ドライブシリーズで研修医が主人公となり、戦う特撮物が出たことをきっかけに医者になることを決めた。ことは絶対に内緒にしてある!



『は〜い!お父さん、お刺身だよたんとおたべ』

そう言ってお刺身の盛り合わせを持ってきてくれるかわいい三歳の女の子こそ、我が娘『叶芽』である。

「ありがとう、叶芽!」

 俺は叶芽が運んできてくれたお刺身をつまみ、ビールを口に入れた。

 

 最近はウエイトレスごっこに夢中で、美和母さんがやっている『喫茶 花梨』でも、よくお手伝いをしてくれていた。可愛くてキュートな叶芽は、看板娘となっていた。


「それにしても、あれは驚きましたね……先輩ができちゃった婚なんだから、びっくりしましたよ」


 ゲボゲボゲボ……叶芽をみながら、うどんをすすっていた野田が俺の恥ずかしい思い出を語り出したことに驚き、俺は飲んでいたビールを詰まらせた。

「お父さん大丈夫?」


 叶芽が慌てて、おしぼりを持ってきてくれた。そのおしぼりで俺のビールまみれの顔を、ゴシゴシと吹いてくれた。

 

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう、叶芽……」

 そう言ってお利口な叶芽を頭を優しく撫でてあげると、嬉しそうににっこりと微笑む、叶芽は本当に天使そのものであった。


 確かにあれは俺も驚いた。あれは俺が二十歳の誕生日にみんながお祝いしてくれると言うので、市内にある洒落た居酒屋で食事をしたのだが、調子に乗っていた俺は、その場の勢いでお酒を飲んでしまった…………

 

 そこからはあまり覚えていない。俺の黒歴史のひとつである。


「で、その相手が……あの……」

――祐希のやつ、今日はやけに絡んで来るなぁ……

 

「遅くなってごめんなさぁ〜い」

「あっ!お母さんだ!」

 店内に入り、すぐ叶芽を抱き上げた彼女こそ、我が最愛の妻、呼詠さんだ!彼女は今、看護師として近くにある総合病院で働いている。


 いけない夏の黒歴史から三ヶ月後、いきなり呼詠さんからNINEで呼び出された俺は、衝撃の事実を知ることとなった。

 

「私……妊娠してるみたいなの……」

――マジかぁ……俺がパパになるのか!っていうか俺達まだ付き合ってもいなくねぇ?


 そして俺は洋介さんと美和母さんに謝罪もかけね呼詠さんの家へと向かったのだが……

 なぜだかお祝いムード全開で、呆気に取られてしまった。





「おぉ、やってるね!諸君……」


 そこへやって来たのは橘さん夫婦であった。あの津波がきた日、後処理を手早く終えてすぐに神戸に舞い戻った。


 火希さんは津波龍の鱗を祈祷して、すぐに蘇りの杜にある御神木の下に奉納したそうだ。

 

「さぁ、あなた達も中に入ってらっしゃい」

美優さんが店の外に声をかけると、シャナりシャナりとした女の子

「おじゃまします」

 その後ろに隠れるように男の子が一緒に中へ入ってきた。

「…………」

 

 おしゃまな女の子は千早ちはやちゃんで今年十一歳になるらしい。そして千早お姉ちゃんに連れられ、入ってきたちょっぴり人見知りな八歳の男の子竜也たつや君だ。



「あっ!千早ちゃんと竜也君だ。一緒に遊ぼ……」

「えっ……うん」

 叶芽が千早ちゃんと竜也君を連れて、奥の座敷で遊び出した。


 この叶芽と竜也君は多分、白銀の龍と津波の龍の生まれ代わりに違いなかった。二人がこの先どんな将来を迎えるのかは……それはまた別のお話である。




























 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TSUNAMIの龍〘 厨二病この俺がTSUNAMIの龍から町を救う夢をみる〙 三毛猫69 @LUNA-PENTACLE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ