第44話 津波の龍 最終決戦

〖陸……〗

 白銀龍も俺達のことを助けようと後を追おうとしていたが、それを津波の龍が邪魔立てしていた。


 渦の中は水圧がキツく、今まで出来ていた呼吸もできない。俺は精一杯の力で泳ぎ、なんとか白銀龍の鱗に手が届いた。

『五條君ありがとう……』


 鱗から呼詠さんの声が聞こえて来た。大丈夫まだ生きている。しかし喜ぶのはまだ早かった。このままでは俺達が先に龍穴の底に落ちてしまう。俺の泳ぎではこの渦から逃れることは出来ない。


 思考を凝らすが、この状況ではいい案が思いつかない。さらに、真下には既に龍穴が大きな口を拡げて俺達を飲み込もうと待ち構えていた。

 

――どうする。どうすればいい?

『私と憑依融合しましよう……』

 呼詠の恥ずかしそうな声が聞こえてきた。


 「〖ゴーストドライブ焔〗……憑依融合」

 

 憑依融合とは……過去の偉人の魂を自分の身に宿らせることで、その偉人の能力を使いこなせるという焔特有の能力である。

 

――えぇ、こんな時になんの冗談を言っているんだよ。でも、呼詠さんと憑依融合できるなら……やってみたい気もする……いかん、いかん、不純な考えは捨てるんだ!

 

『どうしたの?』

 呼詠さんのキョトンとした声が聞こえて来た。俺は頬を赤らめ戸惑いながらも平静を装った。

 

「いやなんでもない。バイブス燃えて来たァ……!で、それってどうすればいいんだ……?」

 

 するとパァンと眩い光が俺の腰を包むと光のベルトが巻かれてゆく。ベルトには鱗が入りそうな、くぼみが一つ空いていた。

『そのくぼみの中に、私(鱗)を入れて……』

「こっ……こうか?」

 

 すると俺の身体が光り輝き、黒地に赤い線がするりと伸びるとキラっと光るベースフォルムを着こなしていた。さぁベルトの中からなにか出て来い!そう願うと、白い物体が飛び出して来た。

 

――おぉ、これはまさに憑依融合、ゴーストドライブ焔だ!

 

 バンバンチキチキ、バンバンチキチキ…………バンバン

「憑依融合……」 

 俺は調子に乗り浮かれながら、ベルトにつけられたレバーを引き上げた。

「変身……」 

 ガチャり!……するとさっき飛び出して行った物体が白い衣となって俺の元へと戻ってきた。そして俺の体に纏わり着いた。

 

 被っていたフードを、かっこよく払い除け、俺はゴーストドライブ陸となったはず……だったが……ン?なんじゃ、これは……

 

 それは俺が思っていたフォルムとは、ほど遠かった。どちらかといえば、魔法少女プリティアに出てきそうな衣装で、白い魔法ロープに、ふりふりのフリルがついている。さらによく見ると、かわいい短パンまで履いていた。それはまるでティア・ウィザードそのものであった。

 

〖魔法少女・プリティア〗とは、選ばれし三人の魔法少女がプリティアに変身して、悪の秘密組織と戦う日曜定番の女の子向けTVアニメである。

 

『えっ!こんな感じじゃなかったの?』

 呼詠さんがオドオドとした声で聞いて来た……多分これは呼詠さんが想像していた〖ゴーストドライブ焔〗なのだろう。


 

「うーん!大丈夫だよ〜」

 俺の声が上擦っている……が、今はそんなことはどうでもいい。とにかく白銀龍の叶芽を助けに行かなければ……



 その頃、白銀龍も俺達を助けるようと龍穴に向かおうとしていたが津波の龍が、白銀龍を取り押さえて連れ去ろうとしていた。

 

〖陸……!〗

 必死に白銀龍が俺の名を叫んでいる。さらに津波の龍から逃れるため、必死に雷撃を撃ち続けていたが、海中では雷撃の効果が半減するため、苦戦を強いられていた。

 

【なぜ、やつの名を呼ぶ!やつは人間だぞ!我々は龍属、奴と添い遂げることなど、叶わぬはず?】


 津波の龍が白銀龍を睨み、激しい怒りをぶつけていた。それは嫉妬に似た憎悪のようなものだった。白銀龍はそんな彼を悲しそうな目で憐れむように眺め、そして逃げるように目を逸らせた。

 

〖もう……うちは龍とは違うんよ、もううちは人となってもうたとぅ……だから、あんたと添い遂げるわけにはいかんとぅ……わかってよ〗

 

【………………この願い叶わぬのならば……いっその事、我と共に朽ち果てようぞ!】


 津波の龍は悲しみの渦を憎しみと怒りに変え、白銀龍の首に襲いかかり、喰い殺そうとしていた。

 だが、このまま殺されるわけにはいかないと、白銀龍も抵抗を繰り返している。

 

――うちには陸との約束があんねん……必ず帰るって約束したんやから……絶対に帰るとぅ……

 

 白銀龍の首筋から大量の血が海に流れ出してゆき、次第に意識ももうろうとして来ていた。

――陸……もう、うちあかんかもしれへん、ごめんなぁ……

 

『「メガ ドライブキィーック!」』

 その時、龍穴に繋がる渦の中から新たな閃光が放たれ、その光が津波龍の喉を貫いた。

 

【ゴゴゴゴゴゴゴゴ……】

 これにはたまらずに、口を大きく拡げて白銀龍を手放した。さらに追撃するために、津波龍の口の中へと飛び込んだ。

 

「あれはどこだ!」

 俺が探していたのは御神刀である。ずんずんと心臓に向かって突き進み…………あった!その御神刀をしっかりと握り締めると、心臓に突き刺さっていた刀を一気に引き抜いた。

 

【ゴゴゴゴゴゴゴゴ……】

 津波の龍が悲鳴に似た雄叫びをあげ、苦しみ出した。俺は御神刀を持って口の外へと這い出て、最後の一撃で止めを刺そうと、勢いをつけ津波の龍に最後の一振を振り払おうとしていた。

「これで終わりだ!」

〖待って、陸!その龍は……津波の龍は殺さないであげて……欲しいの〗

 

――叶芽は白銀の龍となって、津波の龍に情でも湧いたのだろうか?だがしかし、この龍がいれば、いつかまた津波を起こし、俺の父さんのように殺すかもしれない………悲しみの連鎖は断ち切らねばならない。なのになぜ叶芽は津波の龍をかばうんだ?


 だがしかし、その必要もなかった。津波の龍は力尽きたのか腹を上にして龍穴に向かって沈んでゆく。そんな憐れな津波の龍を俺はじっと眺めていた。

 

 御神刀をギュッと握り締め、俺は怒りを押し殺していた。

「わかった。」

〖おおきに……なァ……ほな、戻ろうか……〗


 白銀の龍は最後の力を使い、俺を浮上させようとしていた。その時、叶芽が俺と出会ってからのことをぽつりぽつりと話始めた。

 

〖ねぇ覚えとる?うちと始めてあった時のこと…〗

「あぁ覚えてるさ!海岸で水平線を眺めていた時のことだろう……?」

 

〖やっぱり覚えとらんやん……それは呼詠、うちと会ったのはトイレの前やとぅ!〗

「あっ!あの時かぁ……」

 

 俺は自分の黒歴史を振り返り赤面していた。

「いや、ごめん。アレは本当に悪かったと思ってる」

 

〖もう、ええんよ。あれもうちにとっては、いい思い出なんやから……そっかぁ、あれからまだ九ヶ月しかたっとらんのやね……でも、楽しかったとぅ。陸と過ごした日々がめっちゃ楽しかったとぅ!おおきになぁ……〗

 

――叶芽はなにを言っているんだ。これからもまだ色んな楽しい思い出を作って行けばいいじゃないか?これじゃまるでお別れみたいじゃないか?

 

〖呼詠も、おおきに……元気でなぁ……〗

『叶芽……』


 呼詠さんが叶芽を呼んだその瞬間、白銀龍がホロりと涙を流すと、俺達の憑依融合も解除された。そして白銀の龍が呼詠さんの姿に戻っていった。

 

『もし……津波の龍が生まれ変わることがあるのなら、今度こそ幸せな人生が送れますように……』


 その叶芽が火焔三宝珠に最後の願いを告げると、叶芽の御魂が入った白銀龍の鱗は粉々に砕け散り、海中に消えて行ってしまった。

 

「叶芽……」

 おぼぼぼぼ……俺が叫んだ瞬間、息ができなく無くなり、そのまま意識を失って溺れてしまった。

 


 その頃、海上の沖では海上保安庁の巡視艇が待機して遭難者を探していた。俺は呼詠に抱き抱えられながら海面へと浮上して行った。

 

「あっ!あれは……」

 双眼鏡で監視をしていた隊員が、俺達を発見してくれた。

「北西 五マイル先に人影を発見!」

「ヨシ!直ちに船を向かわせろ!」


 その船のリーダーこそ洋介さんであった。俺達を見つけると、すぐに救助して船の上へと連れて行ってくれた。

 福田先輩も運よくこの船に救助されて生きていた。ほんとこの先輩は、タフだよ……



 海上保安庁の救命士が意識を失った俺の措置を行ってくれた。しかし診察するなり、船上に緊迫した空気が流れ始めた。

「ダメです。この少年には意識が戻りません」

  

 黒い雪雲からチラチラと粉雪が降ってきた。北風が体感気温をどんどん下げてゆく。俺の心拍数も低下してきた。

 

「誰かAEDを持ってきてくれないか?」

 

「ワシが持ってきます」

 自衛隊員の指示で福田先輩が慌ててAEDを取りに船内へと降りて行った。


「五條君しっかりして……」

 呼詠さんは救命士から心配蘇生を引き継いで行ってくれた。その顔は涙に埋もれ

 ひきつりながら、必死に心肺蘇生を行ってくれていた。俺はその時生死の境を彷徨い、呼吸も浅く、今にも死にそうな状態であった。

 

「ずるいよ。二人で先に行くなんて……ずるいよ」

「あったぞ!A,E…D……あっあぁぁぁぁあ……」 

 呼詠さんは大きく息を吸い込むと、福田先輩がドスンとAEDのケースを自分の足にズドンと落とし、口をあんぐりと開けたまま、顔を真っ白にして涙を流した。

 

 呼詠さんが俺のためにしてくれた人口呼吸がショックだったのか、足の上に落としたAEDが痛かったのかは定かでは無い。

 ゲボッ……ゲボゲボッ……俺は呼詠さんがしてくれた人口呼吸によって一命は取り留めた。虚ろな意識の中、声を振り絞って聞いてみた。

 

「叶芽は……まだ呼詠さんの中にいるの?」

 呼詠さんはなにも言わず、ただ首を横に振るだけであった。悲しみに震えながら俺達は抱き合い、涙を流して号泣していた。

 

「みんな無事に生きててよかったよな……」

 なにも知らない洋平さんは、生還したことへの喜びで泣いていたのだと思っていたようであったが、本当の理由を知るよしもなかった。


 その後、俺はドクターヘリによって救急搬送されて、大きな総合病院へと運ばれて行った。

 

それから数ヶ月後、病院を退院した俺が町に帰ると街を救った英雄として祭り上げられていた。

 


 俺はただ叶芽を助けたかっただけであった。本来の功労者という意味でいうならば、みんなを集め、頑張った英雄は祐希だと俺は思っている。


 しかし祐希は「僕に英雄は荷が重すぎるよ。やっぱり英雄は五條君じゃなくっちゃね!」

そう言って俺を英雄としてまつり上げてくれた。

 

 また俺が持っていた津波龍の鱗は橘さんが引取り、美優さんによってお祓いしてもらうこととなった。

 

 その翌年から復興も始まり、少しづつ元の姿に戻って行った。それから十年の月日が経ち、俺達は二十四歳となっていた。さらに俺は一児の父となっていたが……それはまた次のお話である。



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