第43話 白銀の龍再び

 俺は手にした拳銃のシリンダー内に装填されていた弾数を数えてみた。

 一、二、三……

銃弾は……三発だった。

――しかし、こんな拳銃の弾が、こんな龍相手に効くのか?頭の中でそんな不安が過ぎった。


 叶芽は、自分の姿を白銀の龍と化していた。そして深く冷たい海の中で、俺を飲み込んだ津波の龍を探して漂っている。

 

〖確かこの辺りに消えたと思ったんやけど……〗

 

 凍てつく北風の影響もあり、海水の温度が低下している。さらに雪雲が真っ赤な月を覆い隠すと、シンシンと粉雪までも降り始める。


 そのため海中は真っ暗な闇の底となり、方向感覚がまるで役に立たない。そこはまるで暗黒の宇宙のようであった。ただ海を漂う黒潮海流の音だけが、不気味なうねり声のように聞こえていた。

 

〖陸……陸……〗

 そんな中、叶芽は必死に俺を探し回ってくれていたが、一向に検討がつかない。途方に暮れかかり、諦めかけたその時だった。呼詠さんが火焔三宝珠に願った。

 

『お願い、五條君がいる場所まで案内して……』

 

 すると『たまき』のブレスレットから発せられた赤い糸が深海へと、ずんずんと伸びて行った。その糸を見た二人は『この先に陸がいる』と二人は確信した。



 俺は目を閉じ、思考を凝らして考えた。どうする……明鏡止水の理を瞑想していると、波紋のような波が立ち拡がってゆく。するとほんのりと光が見え始めた。

 

 それはいつも俺が持ち歩いていた鍔が、そこにあった。そしてその場所を撃てと言わんばかりに光輝いていた。


 俺は手を震えながらも拳銃を構え、慎重に狙いを定めて撃ち放った。しかしバランスを崩すし、弾は鍔の端を掠め海中に吸い込まれ流がされて行った。津波の龍が急に浮上し始めたのだ。

 

 弾丸は海中を漂い海流に流れてゆく。そして白銀龍の元へと流れてゆく。

「拳銃の弾?……なんでこんなものが?」

 

 その弾丸が流れて来た方向に、赤い糸が伸びていた。それは陸が持つ『たまき』へと繋がっていることを意味していた。

 

『いた!津波の龍と陸だ!』


 津波の龍は、弾丸が鍔を掠めたことによって、牙の隙間から外れ、体内に飲み込まれてゆく。行き着いた場所は心臓のそばであった。

 

『炎は闇夜の中を導く明かり、さぁ今こそ御神刀の真の力を振るい、津波の龍から街を救うのです』 

 見知らぬ老人の声が聞こえてきた。俺はその声の主が、醤油屋梧平さんであると確信していた。 

 

「ありがとう梧平さん、バイブス燃やすぜ!」 


 俺はありったけの力を御神刀に込め、鍔に狙いを定めて投げつけた。すると御神刀に貼られていた、最後の護符がパラりと剥がれ落ちると、バリバリ……とヒビが入った。


 その中から鋭い牙を持った刃、水神子正秀が顔を出した。さらに突き立てられた鍔が、元々あった場所へと戻り、刀本来の力を取り戻した。



 刀を心臓に打ち付けられた津波の龍は、もがき苦しんでいた。そのうちに龍の口へと向かい、命からがら外に這い出した。

 


 あばばばば……ばばばばばばァ……しかしそこは海底の奥深くであり、俺は泳げないまま沈むしか方法がなかった。

『泳げねぇ……誰か助けてくれぇ……』

 


 するとどこからともなく光輝く物体が近づいてきた。その光り輝くものとは白い龍であった。その姿はまさしくあの白銀の龍そのものであった。

  

 白銀の龍が俺を目掛けて突進して、そのまま俺をガブりと一飲みして逃げ去った。


 その時、俺は夢を見ていた。暖かさと安らぎに満ち、優しさに包まれたような夢だった。例えるならば、赤子が母の子宮の中でゆっくりと休んでいるかのような感覚に近かった。

『五條君……』〖陸君……〗

 

 羊水の海に浮かんでいた俺を呼ぶ、呼詠さんと叶芽二人の声が聞こえてきた。

〖『起きて……』〗

 俺は意識を取り戻して起き上がると目の前に、叶芽と呼詠さん?二人があられもない姿で立っていた。


『五條君のエッチ……』

 呼詠さんの叫びのあとなぜか風呂桶が目の前に飛んで来た。

 ――呼詠さんこの桶はどこから……

 

 〖なに、いらやしいナレーション入れんでええとぅ!ダホ〗

 その横では怒り狂った叶芽が腕組みをして、俺を睨みつけている。 

 

「いや違うんだよ。これには事情があって……」

 

〖厨二病はえぇから、今のこの現状をちゃんと見て……結構ヤバいとぅ〗


 叶芽にそう言われて辺りを見回した。そこには暗黒の海に漂い浮かんでいた。

 さらに左右上下全ての位置方向がわからず、どっちに行けば海面に出るのか分からずにいた。

 

〖早く海から浮上しないと、陸の呼吸が止まってしまうとぅ〗


 俺も思考を凝らして考えた。だが、上手く考えがまとまらない。空気が薄いせいなのか、意識がもうろうとしてくる。その横には叶芽と戸惑う呼詠さんが焦っている。

 どうすればいいんだ。どうすれば……



 海上では津波の龍が荒れ狂い、第二波の津波を町に放とうとしていた。

 

パンッパパパンッパン……


 たくさんの花が雪振る冬の大空に舞い上がっていた。盛大な打ち上げ花火であった。美優さんのお祓いで清めた護符で作られた玉皮に、火希さん特製の火薬が埋め込まれた橘夫婦の巨大花火であった。

 

『こいつは、美優の特製護符で作った花火だ!しかと観て楽しんでくれや』

 


 末廣神社では、津波の邪気を払う奉納の舞が行われ、巫女の姿に着飾った伊藤先輩、藤咲さん、桜井さんの三人が優雅な舞を踊っていた。


 その舞台の脇で祐希が桜井さんが舞い踊る姿を、携帯動画で撮影しながら、嬉しそうな顔をして眺めていた。


 あとで聞いた話だが、本震が揺れたあと最後の動画撮影を終えると、嬉しいそうに海を眺めていた北浦さんを無理やり末廣神社まで引っ張って来たのだった。

 

「先輩!無事だったんですね。よかった……」 

「足の悪いおじいちゃんがいたから、避難に手間取ったけど、なんとかここまでたどり着けたわ……」

 うちの母さんと美和母さんも手を取り合い、今この瞬間の幸せを噛み締めていた。その頃には全ての住民が避難を終えていた。


 巫女達の奉納の舞が終盤に差し掛かった頃、鈴の音がシャリン、シャリンと鳴り響くと御神体の山からビームライトが海に向かって照射された。


 そのビームライトが花火の玉皮に当たると乱反射を起こしてゆき、光の結晶が結界を作り龍の体を包み込んでゆく。 

 

【ゴゴゴゴゴゴゴゴ……】

 激しくも気持ちの悪い重低音が、辺りに鳴り響いた。動きを封じられた津波の龍が、もがき苦しんでいる。


 花火の光は海中の奥深くまで届いて見えた。

『叶芽、あの光はなに?』

〖なんか花火みたいで綺麗とぅ……〗

――花火?もしかしたら…………

「叶芽その花火に向かって泳いでくれるかぁ?」

〖わかったとぅ。やってみるとぅ!〗 


 白銀の龍は、花火を目指して泳ぎ始めた。早く浮上しなければ、陸が死んでしまう。早く早く……その思いで白銀の龍は必死に泳いでいた。

 


 ようやく浮上出来た白銀の龍が大きく口を拡げると、そこにはグッちょりとヨダレにまみれた俺がいた。

「はぁはぁ……まだなんとか生きてるみたいだ!」

  

 津波の龍に張られていた結界が、粉々に打ち砕かれ第二波の津波を撃とうとしていた。

「このままじゃマズい、どうにかしないと……」


 俺は白銀の龍にまたがり、宙を舞い始めた。上空から津波の龍を捉えた。その時今まで気づかなかったあることに気が付いた。

「あの龍、背中の鱗が欠けているじゃねぇか!」


 それはあの夢の中に出てきた陰陽術師が傷付けた傷跡であった。

「あそこを狙えば……なんとか」


 俺は父さんの拳銃で、むき出しになった肌の部分を狙いを定めて撃ち放った。



 一発目は上手く狙いが定まらずに、鱗がある部分に当たり、龍の身をすり抜けて行った。

「残りの弾は……あと一発!」

〖うちに任せといて……〗

 白銀の龍が一気に速度を上げて急降下を開始し始めた。

「うおっと……」

 俺が狙撃し易くするために、ずんずんと津波の龍に近づいてゆく。俺も明鏡止水で心を落ち着かせ慎重に狙いを定めた。

 

「すり抜けずに当たってくれよ……」 

 至近距離まで近づき、祈りを込めて最後の一発を撃ち放った。

 ダーン

 鈍い銃声が辺りに広がってゆく。弾丸は鱗がない部分に当たり、龍の肉にめり込んでゆく!

 

 やはり思った通り、外皮の部分はすり抜けしまい傷を負わせることは出来ないが、鱗が剥がれ落ちた部分には効果があるようだ。


 津波の龍は苦しみながら、海中へと沈んでゆく!

しかし、ただで撃沈するような津波の龍ではなかった。残された力を振り絞り地震を引き起こした。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 その余震が、誰もがさらなる津波が来ると予感していた。住民達は身を寄せ会いながら怯えている。

 

「このままでは町が海に沈んでしまう」

――なんとかしなければ……なんとか……

 しかし、いくら思考を凝らしてもいい案など浮かぶはずもなかった。


 ――どうすればいい?

〖うちにいい考えがあるとぅ。うちがあの津波の龍を海底にある龍穴の中へ引きずり込んでやるとぅ〗

 それは白銀の龍も一緒に、龍穴の中へ入ることを意味していた。

 

「それじゃ叶芽も一緒に中へ入ってしまうじゃないか?」

〖べっちょない!うちは必ず戻って来るさかい、ここで待っていて……〗

「いや、俺も最後までつい合うよ」

〖ほんまダホやなぁ……〗

すると叶芽は自分が持っていた白銀龍の鱗を俺に手渡してくれた。

 

〖これを持って入れば、うちの加護が入るさかい、海ん中でも呼吸が出来るはずとぅ、その中に呼詠も中に入っとぅさかいに、絶対に無くしたらあかんとぅ〗

「えっ!呼詠さんがこの中に……絶対に無くすものか」

〖ほな行くでぇ……〗 



 俺は白銀龍の背に飛び乗り、再び深い海の底へと潜って行った。海底では龍穴が大きな口を広げて全てのものを吸い込もうとしていた。

 


 津波の龍は海の中で次の攻撃の機会を伺い潜んでいた。やつのしっぽを白銀龍が握った。すると津波の龍が突進して体当たりを繰り返してきた。

 

『……きゃぁぁぁ』

 それをかわした瞬間、俺はうかつにも持っていた白銀龍の鱗を手放してしまった。

 

「呼詠さん……!」

 鱗は龍穴の渦に吸い寄せられどんどん沈んでゆく。俺は呼詠さんを救うため、白銀龍から離れて無意識のうちに泳ぎ、龍穴に続く渦の中へと飛び込んだ。

〖りくぅぅぅぅ……〗

叶芽の悲痛な叫び声が深海に鳴り響いていた。

 

  

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