第42話 津波の龍との死闘

十六時三十三分 三回目の地震が本命の本震であった。ものすごい地響きと共に襲いかかってきた。

〖震度八 マグニチュード九〗

ウウウウウウゥゥ……ウウウウウゥゥ……


 うるさいほどに防災無線の音が鳴り響き、町民達もお慌てふためいていた。

 

 さらに震源地から波紋が拡がるように、地面の揺れが続いている。家や木、電柱全てがバタバタと潰れ倒され、町は崩壊寸前であった。

 その中を凄まじい勢いで龍が突き進み、龍穴から湧き出た霧が街を覆い隠すように飲み込んでゆく。

 


 予定時刻は十六時四十八分のはずであったが、かなり時間が早くなっていた。俺達が未来を変えてしまったせいなのだろうか?

 

「なんとかアレを止めないと……」

――でも、どうする。あんなバカでかい物本当に止められるのか?でも、やれることをやるしかないだろう……

「待って……陸!」


 庁舎を飛び出ようとしていた俺の袖を叶芽が掴んで震えている。それは龍に対する怯えなのか?それとも……

 

「どうしたんだよ?怖いのか?」

「そうやないとぅ……そうやない」

 騒動しい庁舎内とは打って変わって、嵐の前の静けさの中で、カラスの不気味な鳴き声だけが響いてゆく。

「占いで陸に水難の相が出てたらしいの。だから無理だけはしないで……お願い!」


 叶芽は、今にも泣き出しそう顔をして悲しみに満ち溢れていた。そんな叶芽の頭を優しく撫でながら、にっこりと微笑んで見せた。すると照れくさいのか、頬を赤く染めふくれっ面のまま、俺を睨みつけてきた。

 

「大丈夫だ!俺は死なねえよ」 

「必ず帰ってきなさいよ」

「あぁ、俺もまだ死ぬつもりはないよ」

 

 俺はグッジョブサインを叶芽に送り、背を向けると津波の龍に立ち向かって走り出そうとした、その時、叶芽が背後から俺を抱きしめて震えていた。

  

「うちな!龍の妃なんやって、だからうちは津波の龍の元に行かんとあかんとぅ」


 俺はその言葉に自分の耳を疑い、そして怒りを覚えた。そんな厨二病みたいな話あるはずがないだろう。

 

――まさか本当に叶芽は白銀の龍だったということなのか?有り得ない!俺は絶対に信じない。

「俺は……ん!!」

 俺は叶芽の腕を振り解き、彼女を見つめて告白をしょうとしたその瞬間、彼女が俺の唇を奪った。

「私達は陸のことが好きだよ」


 それは叶芽の言葉であったのか?それとも呼詠さんの気持ちなのかは分からない。だが、俺はそんな彼女達の熱い気持ちを大切に受け取ることにした。 

「俺も二人がとっても大好きだ……」


 すると叶芽は驚いた顔と嬉しそうな顔二つの顔を同時に見せていた。

「あんたは……二股かけるつもりなの?」

 俺はニタリと笑い、天高く掲げた指を眺めつつ、ポーズを決めると、キザなセリフで彩った。

「おばあちゃんが言っていた。二兎を追う者は二兎とも取れってなぁ!」

 


 ぷッと吹き出して笑う叶芽は、いつもの彼女に戻っていたことが、とても嬉しかった。

「ダホ……」

――叶芽にはそうやって笑っていて欲しい。それが俺の願いだ!

「バイブス燃やして、行ってくるぜ!」

「行ってらっしゃい」

俺は津波の龍を止めるため、役場庁舎をあとにして走り出した。


 津波から町を救うために、赤門を閉めていた住民達も、恐れをなし避難し始めた。目指す高台は末廣神社である。

「野田!おまえは風花ちゃんを高台まで早く連れて行ってやれ……ワシはこの赤門を閉めてから行く」

「わっ、わかりました。先輩も早く来てくださいよ」

「わかっとるわい」

 野田君は風花を背負って、末廣神社に向って走って行く。福田先輩は、なにを思ったのか半開きのままの赤門に残り、門を閉じようと懸命に頑張り始めた。


 町はどんどん炎の海と化して、ゴウゴウと家が焼かれてゆき。地面はひび割れや地盤隆起も起こっている。



 俺は妖艶寺方向に移動してゆく津波の龍と、巡り会うことが出来た。

 ゴツゴツとした岩肌のような龍の顔を見て、夢の中ではなくリアルな龍と出会えたことに恐怖を覚えていた。

 足がすくみ震えていたが、何故だか顔はニタリと笑っている。これが武者震いというやつなのだろうか?

〖ようやく出会うことができたな小僧よ!おまえの要望どうり街ごと飲み滅ぼそうぞ!〗



俺は龍を指さしてこう言い放ってやった。

「おばあちゃんが言っていた。俺が望みさえすれば、運命は絶えず俺に味方する!ってなぁ」


 そのセリフとともに代々木宮司から預かった刀を取り出した。封印の焼印が施された、その上に封印の護符が一枚貼られてある。その木刀を構えて、戦う体制を整えた。


〖戯言は夢の中だけにしておけ……〗


 すると津波の龍から邪気のような黒い霧が発せられると俺に向かって襲いかかってきた。俺も構えた木刀を龍の頭上に振り下ろした。しかし木刀は龍に当たることなく空振りする。

 

 それはまるで空を切るような感覚であった。龍は不意をついて俺を飲み込み自分の体内に取り込もうとしていた。

 

「俺は餌じゃないっつうの……」

その時、俺が身につけていた鍔の紐が切れ、襲いくる龍の牙に引っかかり、そして俺だけが腹の中へと飲み込まれて行った。

 

「うわぁぁぁ……」

 俺を飲み込んだ龍は海岸線を睨みつけ、そちらに向かって突き進んで行く。どうやら津波を起こそうとしているようだ。


 その頃、丘石先生は町長や役場職員全員を役場庁舎から連れ出し、末廣神社を目指して走り出した。

「ん?北川……北川はどこだ?」


 叶芽の姿がないことに気づいた丘石先生の顔が、どんどん青ざめてゆく。あたりを見回してみるが見当たらない。

「おぉい、北川!どこに行ってしまったんだぁ……」

 丘石先生の悲痛な叫びが町全土に響き渡った。


 その頃、役場の人々が避難し終えたことを見届けた叶芽は、津波の龍目指して走り出していた。


 呼詠の怯える心を癒すかのように、叶芽は手をしっかりと握り締め、呪文のように『大丈夫、大丈夫だから……』と唱えながら、海岸を目指して走ていた。



 海岸に向かっていた龍の目に、波戸を走る叶芽の姿が飛び込んできた。すると龍はうねりながら叶芽を狙い物凄いスピードで襲いかかった。


 叶芽は波戸の上から、大空に向けて指を大きく立てて伸ばした。龍を目掛けて弧を描くように振り下ろされた。


 するとその指から落雷が、倒れ掛けの電信柱に命中、津波の龍へと倒れてゆく。がしかしそれが龍の体に当たることなく、バタンと道路に横たわった。

「やはり直接当てんとダメなんやね?」



しかし、次の瞬間、急に津波の龍が苦しみ出した。よく見ると龍の口元に光るものがある。

「あれは陸が大切にいつも持ってた。陸は今……」


 それは俺が大切にいつも首から提げていた、あの鍔であった。その鍔が避雷針の役割をして龍に電撃を浴びせたのだ。龍は電撃でマヒして悶え苦しんでいた。


「陸は、龍の中にいるの……」

この時、叶芽は確信していた。

――間違いない、こいつの腹の中に陸は……いる。







 龍は苦しみながら叶芽を横目に通り過ぎてゆく。呼詠は龍が横切る時、その長い髭を掴み一緒に流されていた。そして二人はそのまま海の中へと入って行った。龍は海水を飲み干すようにして沖まで進んでゆく。


 叶芽は水飛沫を浴びながらも掴んだ髭をしっかりと握りしめて離さない。冬の冷たい海水に手が凍え、感覚がなくなってゆく。

――もう手が……痺れる、限界……


 龍はある一定の沖まで来ると、くるりと反転した。その勢いで龍の髭を手放してしまい、空高く舞い上がった。

「きゃああああ…………あぁ」

 その瞬間ちゃっかりと龍の背にしがみついた。



 龍はジッと街を見据えたのち、飲み込んだ海水を一気に放出して廣河町に襲いかかった。津波だ!


その頃俺は龍の腹の中で、ずぶ濡れになりながらも、津波をなんとかして停める方法がないかと考えていた。しかしどうすればいいのか分からず戸惑っていた頃、街に第一波の津波が襲い始めていた。

 

「ぬぐぐぐ……ふんぬ!」

 赤門の前では、まだ福田先輩が門を閉じようと懸命に頑張っていた。

 

「つっ、津波が……くる……」

 だが、福田先輩の努力も虚しく、津波の勢いで赤門は閉まった。さらに運悪く、海側にいた福田先輩はそのまま波に攫われ、沖へと流されてしまった。



 十六時五十六分日の入りの時刻だ。

空には赤い月が出ている。あの神戸で見た夢と同じ月が昇っていた。その不気味さは恐怖さえも感じさせるほどであった。

 


 力を使い果たした津波の龍は、海の奥へと潜り始めた。力を補給するため海底にある龍穴に戻り始めたのだ。

 

 しかし叶芽の体では到底海底まで潜ることが出来ない。息が続かなければ、水圧にも耐えられない。


 叶芽は龍の背中をしっかりと掴んでいたのだが、水圧が思っていた以上にキツく掴んでいられなくなった。そのまま海中へと放り出されてしまった。

『きゃああああ~』


 黒い雲が赤い月を覆い隠すと、暗い闇の海に姿を変えてゆく。さらに真っ白な雪が、チラチラと舞い降りていた。


――このままじゃうちも呼詠も死んでしまう。

 叶芽は火焔三宝珠に願った。

〖うち達に陸を助ける力をください〗

 

 その願いは火焔三宝珠に聞き届けられたのか、珠が光輝き、その願いを叶えてくれた。叶芽の身体が神々しい光に包まれてゆく。


 

「あと少し、もう少し……」

 その頃、俺は龍の体内である光るものに導かれ、その光を目指してほふく前進で進んでいた。

 

「これは……」

 俺がほふく前進でそこに辿り着くと、あるステッカーが貼られた一丁の銃を見つけた。

 

「この拳銃は父さんのものだ」

 その拳銃には見覚えのあった。当時八歳だった俺が一番大切にしていた特撮ヒーロー【メダルドライブ オッズ】のステッカーが貼ってあったのだ。

 

メダルドライブ オッズ】とは 

 ドライブシリーズの作品で、ベルトのスロットにメダル三枚を入れ、変身して戦う特撮ヒーローである。

 


 そのステッカーは父さんの誕生日プレゼントに俺が贈ったものであった。間違いない!これは父さんが所持していた拳銃だ!

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