第9話


 一週間後。ニル学。


 今日も健悟と咲は一緒に登校していた。


「ねえ、健悟」

 少し甘えた様な声で咲は健悟の名を呼ぶ。


「ん?」

 振り向くと、目の前に愛らしい姿があった。

 相も変わらず、その姿。健悟はホッとした気持ちになった。


「私、ちゃんと仕事出来てるかな・・・・・・?」

 不安そうに聞く咲。

 この一週間で二回。彼女は魔法部として、出動した。


「出来てるよ」

 そこでの彼女の動き。回復師として、彼女は職務を全うしていた。


「良かったー」

 そう言うと咲は大きく息を吐き、肩を寄せる。


「でも、咲」

 先週から抱いていた疑問。今後は健悟が不安そうな顔をする。


「ん・・・・・・?」

 肩を寄せたまま、咲は見上げる様に健悟を見つめた。


 これが――上目遣い。心に響くその威力。

 いかん、咲が物欲しそうな顔をしている様に見えた。

 ――そんな訳無いと思うけど。


「本当に良かったの?」

 恐る恐る口を開いた。不思議と緊張感が漂う。


「良かった――って?」


「魔法部に入って」

 改めて問う。本当に彼女は、戦場に出て良かったと思っているのか。


「――うん」

 咲は強く頷いた。不純な動機など無い、純粋な表情。


「なら、良いけど・・・・・・」

 けれども、彼女が戦場に出ることには変わりない。複雑な心境だった。


「咲ちゃあああああああああああああん」

 すると、数十メートル先から叫び声を上げ、猛スピードで向かって来る者が一人。


 水色の長い髪をなびかせる、その可憐な容姿。無論、藍だった。


 タックルとも言える抱擁。

 咲は藍の腕の中で困惑の表情をしていた。


 美人が美少女に抱きついている。

 とても、絵になった。


「おはよう、藤堂」

 一部始終を眺めていた健悟の隣で、横臥は何食わぬ顔で現れた。


「おはようございます。須藤先輩」

 健悟も何食わぬ顔で普段通りの挨拶を返す。


 そうさ、普段と変わらぬ日常だ。

 普段と変わらず、咲は高峰先輩に襲われている。


 葛城とヘンリルからの襲撃から一週間が経ち、

 僕らの日々は平常に戻りつつあった。


「おう。藍は――相変わらずか」

 目の前の光景に、横臥は小さくため息をついた。

 それにつられる様に健悟も小さくため息をつく。


「咲ちゃん、今日も可愛いねえー」

 まるで、猫を撫でる様な素振り。藍は満ち足りた表情をしていた。


 咲は猫では無い。

 それに猫よりも可愛いぞ、高峰先輩。


「先輩――っ。苦しいです・・・・・・っ」

 そう言った咲は顔を赤くして、息を荒くしていた。


 無理も無い。

 強く抱きつかれ、身動きが取れないまま撫でられているのだから。


「苦しい――? 気持ち良いの?」

 途端に藍は期待の眼差しを向ける。

 どう見ても、気持ち良い様には見えないけど。


「違い・・・ますよっ」

 そう言いながらも、咲の口から甘い吐息が漏れる。


 僕は何を見せられているのだろうか。

 まあ、良い光景だから見ているけど。

 健悟は呆然と、その光景を目に焼き付けていた。


 数分後。

 未だに藍は咲の制服の中を弄っていた。


 腕時計の時間を確認すると、横臥は呆れた様にため息をつく。


「おい、そろそろ行くぞ」

 横臥が藍の首根っこを掴み、咲から離す。


「えー、ちょっとー」

 止めないでよ。そう言いたげな眼差しを横臥へ向ける。


「もう十分満喫しただろ」


「――はい、満喫しました」

 まんざらではない顔。健悟には清々しく見えた。


「それじゃあな、藤堂」


「お疲れ様です」

 健悟が小さく頭を下げると、横臥は藍を引きずる様に引っ張っていく。


 そして、横臥たちは先に校内へと向かって行った。


 相変わらず、あの二人は仲が良いのか悪いのかわからない。


 地面に脱力した様に座り込む咲。

 両手足に力が入っていない様に見える。


「咲、大丈夫?」


「・・・・・・」

 声を掛けても顔すら上げず、呆然としている。


「咲?」

 右手でゆっくりと咲の頬を触る。


「――ふへっ?」

 驚いた様な顔で咲は不思議な声を上げた。


 顔を上げた咲。

 全体的に火照った様な姿をしていた。


「大丈夫?」


「う・・・・・・、うん」

 ゆっくりと深呼吸をして、落ち着きを取り戻そうとしている。


 そして、何度か深呼吸をして、咲はゆっくりと立ち上がった。


「・・・・・・はあ」

 下駄箱へと向かう中、咲はため息をついた。


「大丈夫?」


「・・・・・・激しかった」


「そんなに?」

 抱きつかれているのはわかったけど、激しくは見えなかった。


「うん。駄目ですって言っているのに、触られる・・・・・・」


「触られる・・・・・・」

 不思議と想像してしまう。その光景を。


「・・・・・・変態」

 ジト目で咲は健悟を見つめる。


「うっ。・・・・・・ごめん」


「良いよ。――健悟なら」

 俯き、呟く様に咲は言った。


「え?」

 予想外の言葉に、思わず健悟は聞き返す。


「――何でも無い」

 笑みを浮かべると咲は、先に下駄箱に向かって行った。


 階段を上がり、教室前の廊下。


「どうして、健悟は魔法部に入ったの?」

 クラスの教室へと向かう中、咲は不思議そうな顔をする。


「ん? 僕?」

 唐突な質問に健悟も不思議そうな顔をしていた。


「うん。気がついたら、お父さんの部下になってたんだもん」

 一歩距離を取り、どこか呆れた顔で健悟を見つめる。

 気がついたら。確かに僕は咲に何も言わず、咲のお父さんの部下になった。


「部下・・・・・・。まあ、部下だね」

 僕は弟子であり、部下。時系列で言えば、弟子が先だ。


「ねえ、どうして?」


「僕が魔法部に入った理由――か」

 無論、咲を守れる様になるため。健悟はそれ以外の理由を探した。


「この日々を守るため――かな」

 咄嗟に出たその言葉。無論、嘘では無い。


「・・・・・・そっか」

 息を吐き、咲は晴れた顔で窓から空を見上げた。


「うん。そうだよ」

 笑みを返し、健悟も空を見上げた。


 そうだ。その通りなのだ。


 この世界を。愛する人を。愛するこの日々を――。

 このニルヴァーナにある、その全てを守れる様に。


 そのためならば、僕は悪魔にでもなろう。


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終創のニルヴァーナ 桜木 澪 @mio_sakuragi

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