第8話


 逃げる葛城を緒方は追い詰めていた。


「なあ、緒方くん」

 葛城は何度も法撃を放つ。 

 しかし、それは緒方の風刃の前では無に等しい。


 転移の力。闇の力。

 そのどちらも、ヘンリルへと返してしまった。


 今の葛城が持つ魔力では、到底緒方には敵わない。


「何でしょう」

 歩み寄る様に葛城へと近づいていく。


「と、藤堂くんの加勢に行かなくていいのか?」

 交渉をする様に。一瞬、葛城の表情が崩れる。


 緒方を倒す策を。葛城は必死で考えた。しかし、答えは出ない。

 ヘンリルが健悟に勝てば、形勢は逆転する。それまで、どうしのぐか。


「・・・・・・大丈夫でしょう。――彼なら」

 健悟のいる方角向け、緒方は微笑んだ。

 緒方は健悟の実力を十分知っていた。勿論、彼の持つ闇属性の力も。


「ヘンリルは魔族だぞ――?」

 なぜ、緒方は確勝を得ている様な顔をしているのか。葛城は純粋に驚いた。


「ええ。わかっていますとも」

 緒方は不敵な笑みを葛城へ返す。

 だからこそ、彼は自らヘンリルと戦うことを決意したのだ。


 緒方が告げると、健悟の方から二つの魔力が解放される。

 禍々しいヘンリルの闇属性の魔力。 

 そして、深々とした闇属性の魔力。

 その深々とした魔力は健悟の魔力だった。


「――っ!?」

 ヘンリルとは違う闇属性の魔力。葛城は驚いた様に目を見開いた。


「・・・・・・あれが半魔の賢者の力か」

 次第に葛城は、その異名の意味を理解する。


「そうです。あれが二番隊隊長、藤堂健悟ですよ」

 そう言うと風刃を軽く横に振るった。

 振るう際に発生した斬撃は幾つも分岐し、葛城の周囲に展開される。


「逃げ道は無い――か」

 自身を囲む無数の灰色の刃。

 緒方の合図さえあれば、すべて自身へと向かって来る。

 察した様に葛城は大きく息を吐くと、ゆっくりと両手を上げた。


 そして、緒方が持っていた魔力手錠に拘束される。


 緒方の戦いも終わったのだ。



 ―――



 魔族との戦いが終わった。

 しかし、健悟が倒れて動かない。


「健悟!」

 咲は慌てて健悟へ走った。

 駆け寄ると、左肩からの出血が止まらない。


「このままだと・・・・・・」

 声を震わせる咲の表情は青ざめていた。


 多量出血で死んでしまう。

 それだけは避けなければならなかった。


 咲は慌てながらも、健悟を仰向けにする。

 両手を健悟の腹部へかざし、大きく深呼吸をする。


「――あれ? 発動しない?」

 両手を健悟の腹部にかざしても何も起こらなかった。


 魔力を両手に込めているはずなのに。

 しかし、何も起こらない。

 深呼吸をして、もう一度魔力を込める。


「何も起こらない・・・・・・、どうして・・・・・・?」

 魔力の欠片も感じない。どうして、出来なくなったのか。

 むしろ、あの時、たまたま出来ただけなのだろうか。


 咲は混乱した。

 このまま出来なければ、健悟が死んでしまう。

 健悟との日々が走馬灯の様に咲の記憶で駆け巡った。


 この人を失いたくない――。

 その思いが次第に強くなっていく。


「・・・・・・もう一度」

 大きく深呼吸をして、咲は気持ちを落ち着かせる。

 落ち着いて考えろ。健悟があの時、私に教えてくれたことを。

 両手を健悟の腹部にかざし、目を瞑った。

 自身の中の魔力を両手に込めるイメージをする。

 その魔力を健悟へ――。咲は大きく息を吐いた。


 瞬間、自身の身体から魔力が溢れ出す。

 その魔力は白き翼へと変化した。


 健悟の身体は白き光に包まれる。

 次第に健悟の傷は癒えていった。

 自身の両手を経由して、健悟へと自身の魔力が伝わって行く。


「私のが、健悟の中に・・・・・・」

 どうしてか、嬉しい気持ちが込み上げた。自然と顔が火照っていく。


 一分も経たないうちに、健悟の左肩の傷は癒えていた。


「終わった・・・・・・」

 無事に回復魔法が出来て良かった。

 白き翼はゆっくりと消滅していく。

 息を切らしながら、咲は安堵する様に大きく息を吐いた。


 眠る無傷の健悟。

 不思議と咲は寄り添う様に抱きついていた。


 数秒間。

 その存在を確かめる様に。


「――っ」

 咲は自身の行動に気づき、慌てて健悟から離れた。


 私は何をしているのだろう。

 でも、もっと抱きついていたかった気持ちもあった。

 咲は困惑しながらも、疲れた様にため息をついた。



 ―――



 健悟が目を覚ますと、晴れ晴れとした青空が視界に広がる。


 仰向けの姿勢。

 そうだ、僕はヘンリルの攻撃で倒れたのだ。


「あ、健悟。やっと、起きてくれた・・・・・・っ」

 目覚めた健悟を、覗き込む様に顔を出したのは咲だった。

 涙ぐんだ顔でそう言うと、咲は勢い良く抱きついた。


「・・・・・・咲?」

 首を傾げながらも、健悟は思い出す。


 左肩に攻撃を受けたから倒れた。

 しかし、左肩には何の違和感も無い。

 ヘンリルの黒き矢を受けたのにも関わらず。――なぜか。

 いったい、僕の身に何が起きているのか。


「良かった・・・・・・っ。死んじゃうのかと思った・・・・・・・」

 泣きながらも、自身の頬を健悟の胸に当てる。


 彼女を包む光の魔力。

 ――そうか、僕は咲の回復魔法で生き延びたのか。

 僕が倒れている間、咲は自分の力で僕を助けてくれたのだ。


「咲」


「ん・・・・・・?」

 密着した状態で咲は顔を健悟へ向ける。


「ありがとう」

 健悟は微笑むと、右手を上げ咲の頭を撫でる。

 どうしてか、咲の顔を見る度に愛おしさが込み上げていた。


「・・・・・・へ?」

 驚いた様に咲は口を半開きにしている。


「え?」

 咲の予想外の反応に、健悟は言葉を失った。

 やはり、嫌だっただろうか。別に僕は咲の彼氏では無いし。


「ううん――もっと撫でて」

 ゆっくりとした甘い声を出し、咲は健悟に頭を向ける。

 その甘い声は、どこか魔性の雰囲気を纏った声だった。


「・・・・・・うん」

 頭を撫でる中、咲は健悟に馬乗りになる様に座っていた。


 どこか咲の表情は、物欲しそうな顔をしている。

 不思議とその気持ちに答えたいと思う自分がいた。


 そして、健悟はゆっくりと咲の頬へと手を伸ばす。


「――中々」

 その光景を呆然と眺める男が一人。

 感心した様な、興味津々なその表情。緒方だった。


「「あ――」」

 二人は思い出した様に緒方を見つめる。


 途端に顔を赤くした。

 ――二人揃って。


 僕らは二人だけの世界にいた様だ。

 ここは外、僕らは何をしていたのだろうか。


「雨宮咲。君は――親にそっくりだな」

 緒方は懐かしそうな顔をして、苦笑いをする。

 親と言うと、雨宮支部長のことだろうか。


「そ、そうですか?」

 慌てた顔で立ち上がり、咲は健悟と距離を取る。

 立ち上がった咲の顔は、火照った様な真っ赤な顔だった。


「ああ。それに今の藤堂の素振りを見ると、雨宮支部長の若い頃を思い出すよ」

 懐かしそうに緒方は笑みを浮かべる。


「――え」

 思わぬ言葉に、健悟は言葉を失った。

 いったい、どこに僕と支部長の共通点があるのだろうか。

 僕らの共通点など、子弟くらいしか無いだろうに。


「その――迫られるのに弱いところとか?」

 そう言うと緒方は、健悟に不敵な笑みを向けた。

 迫られるのとは。健悟に不純な思考が過る。


「迫られるの弱いの・・・・・・?」

 純粋な眼差しで健悟を見つめ、首を傾げる咲。


 健悟は自然とその真意を考えるのを止めた。

 ――止めねばならない。


「いや・・・・・・弱くは無いと思うけど・・・・・・」

 自信なさげに答える。何とは言わないけど。


「そうなの・・・・・・。ふーん」

 咲はどこか不満げな顔で頷いた。

 どうして、咲が不満げな顔をしているのだろう。――なぜ。


「それで藤堂」

 緒方の口調が変わった。


「あ、はい」

 口調の変化に健悟は慌てて返事をする。


「ヘンリルを倒したんだな」


「――はい」

 健悟は息を吐く様に言った。

 そうだ。結果的に僕はヘンリルを倒したのだ。

 闇属性の風化の影響か、ヘンリルの死体はそこに無かった。


「さすが、半魔の賢者か」

 感心した顔で緒方は笑みを浮かべる。


「その言い方は止めてくださいよ」

 むしろ、僕はその名前を伏せたいのだから。

 気がつけば、僕の素性を知る人はそう呼ぶ様になった。


「・・・・・・半魔の賢者?」

 その単語が気になったのか、咲は健悟の隣で不思議そうに首を傾げる。


「僕の異名だよ」

 通り名みたいなもんだよ。――深い意味は無いさ。


「そうなんだー」

 良くも悪くも、咲はそれ以上のことは聞かなかった。


「まあ、藤堂」


「どうしたんです?」


「これから――か」

 どこか疲弊した様な顔で緒方は言う。


「そうですね」

 同じ様な顔で健悟は頷いた。


 魔族の襲来。

 翼人機の改造量産。

 健悟も緒方も確信していた。


 この事件は終わりであり、始まりであると――。


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