第2話お姉さんの友達

「あんたに私の友達を紹介してあげるわ!」

 日曜の昼下がり、達彦が部屋で妙技王のデッキを調整していた時のことである。ノックも無しに部屋に入り込んできた姉の愛寧の開口一番の台詞がそれだった。

 先日、留守の間に部屋を物色した際に達彦の趣味を知ってからというもの妙に馴れ馴れしい。

「結構です帰ってください」

 姉の方を見向きもせずに即答したが、愛寧が食い下がる。

「そんなこと言っていいのかなぁ? 今から私が行くのは求道者の集いなんだけどなあ? 極道も来るんだけどなあ?」

 求道者とは妙技王というカードゲームのプレイヤーを指す総称であり、このゲームの大会優勝者は極道と呼ばれている。

「極道っていってもどうせ、ただのショップチャンピオンだろ?」

 興味はあったが姉の思い通りに運ぶのが気に食わないので抗弁すると図星だったのだろう、忽ち焦って弱気になるがぼそぼそと続ける。

「た、確かにそうだけど、お姉ちゃんは強いと思うなぁ。皆のあこがれだと思うなぁ。極道も達ちゃんと求道したいと思うなぁ」

 どうやら首を縦に振るまでは出ていかないつもりらしかった。

 達彦の周りには求道者は居らず、たまにショップ大会に参加して腕試しをする程度の機会しかなかったので愛寧の提案に正直なところ興味はあった。

 大きくため息を吐いてから達彦は言った。

「ま、デッキも調整したし、暇だったからな。行けばいいんだろ」

 こうして達彦は姉の運転でカードショップぴえろにいくことになったのだった。


「車汚っ!」

 ぴえろの数台程度が止められる、申し訳程度の駐車場に停車した赤い軽四から下車した達彦の開口一番の台詞がそれだった。

 車内の後部座席はまるで移動販売といわんばかりに未開封のままの玩具や衣類がこれでもかといわんばかりに大量に詰め込まれていた。

「てへぺろ」

 舌を出して頭をこつんと叩く27歳のしぐさに軽く殺意を覚えてしまった。


 愛寧に先導されてぴえろに入店すると、店長だろうか、妙齢のカードショップぴえろと刺繍されたエプロン姿の男性が駆け寄ってきて告げた。

 よく見ると胸元に店長と書かれたバッジをしていたのでやはり店長だった。

「大変だ姉さん! 荒らしだ! 来てくれ! 上野君と吉田君がやられた!」

「なんですって!?」

 二人の会話ぶりから、愛寧が常連客だということが見て取れた。

 店長に先導されて奥のプレイスペースに行くと、高校生ぐらいの少年がニタニタと笑ってふんぞり返っており、対照的に小学生と思しき二人組の子供がべそをかいていた。

「二人とも! 姉さんが来てくれたぞ!」

 店長の呼びかけに少年たちがこちらに駆け寄ってきた。

「姉さん、あいつにカード取られたよう!」

 どうやらアンティルールで負けてしまったようだった。

「ちょっとあんた、私の友達になにすんのよ!」

 愛寧が少年に詰め寄ったところで、ふと達彦は疑問に思った

「友達って小学生かよ!?」

 ぴえろに連れてこられたのは、どうやらこの泣きべそをかいている子供たちに合わせるためだったのだと達彦は察した。

「あんたが取った子供たちのカードをか賭けて私と求道しなさい!」

 そんなことを考えている間に話は進んでいて、愛寧と少年は戦うことになっていた。

「大丈夫なのかよ? なんなら俺が……」

 言いかけたところで店長が言った。

「知らないのかい? 彼女は当店自慢の無敵の極道さ!」

 そういって店長はプレイスペースの一角を指さした。そこには少年たちに混じって爛漫の笑顔でトラフィーを掲げる姉の写真が飾られていた。

「は!?」

 寝耳に水とはこのことだろう。店に来る極道とは、愛寧自身のことだった。 


「ちょっと待ってて」

 そういうと車に戻った愛寧は、妙技王の主人公が首からぶら下げている三角錐の形をした玩具を持ってきてボタンを押した。ぽーんという電子音が店内に響く。この音が鳴ると主人公は二重人格になるという設定だった。

「さあ! 妙技の時間だぜ!」

 それに倣ったのだろう、口調を変えて少年の前の椅子を引いて座った。

「あ、達ちゃんはこっちね? 解説よろしくぅ!」

 渡されたのは作中主人公の強敵として立ちはだかる、やはり二重人格の弟キャラが持っている長いピンのような玩具だった。

「え? 俺もやるのか!?」

 狼狽える達彦の周りにはいつの間にか数人のギャラリーが居り、姉さんコールが沸き上がっていた。

 「ふん! 吠えずらかかせてやるぜおばさん!」

 ギャラリーの声援をものともせずに愛寧を挑発した青年の言葉を聞いたその場にいただれもが、死んだなこいつと思ったことを達彦だけが知らなかった。


「クソガキー! 私に負けた罰よぅ!」

 愛寧の先行で始まった求道は彼女のターンが終わり、少年がターンを迎えた途端に終わった。引けるカードが無かったのだ。

「相変わらず姉さんのデッキ破壊はえぐいな」

「先行取られたらもう終わりだもんね」

 求道を見守っていたギャラリーが口々に感想を述べている。

 愛寧は子供たちのカードを取り戻した後、少年のデッキから一枚カードを抜き取った。

「アンティルールよ!」

 自分が負けるとは微塵も思っていなかったのだろう、少年は悔しそうな顔をしている。

「こんなカード三七枚持ってるわ! 達ちゃんが!」

「俺かよ!?」

 そういってカードを少年の前に戻す。

「自分がやられて悔しいなら、もうこんなことしちゃ駄目よ?」

 柔和な顔で諭す愛寧。

「ありがとうおばさん! 俺、もうこんなこと止めるよ」

「あ!? お姉さんだろ?」

 一転、鬼の形相の彼女に委縮して少年は小さな声ではいとだけ答えるのだった。


「今日はごたついちゃてごめんね」

 流行りの音楽を垂れ流しながら帰路へと走る車内で愛寧が謝る。

「最近、達ちゃんとあんまり出かけることもなかったから、遊べるといいなとおもったんだけどね……」

 申し訳なさそうにたははと小さく笑う姉に達彦は言う。

「楽しかったから別にいいよ。凄い求道も見れたしね」

「そっか。ならよかった」

 普段のだらしない姉の姿しか知らなかったが、年齢を問わず色々な人と仲良しで、頼られている姉の一面を見ることで少しだけ見直したのかもしれない。

「せっかくだから、帰ったらやろうよ妙技王」

 楽しそうにいう愛寧の昼間の求道を思い出した達彦が答える

「絶対やらねえ!」

 そんなーと落胆しつつもどこか楽しそうな会話を弾ませながら、軽四は駆けていった。





 

 

 


 

 

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オタクのお姉さん @hoihoi33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ