✏️決着
「びっくりしたあ…」
マヤは興奮したように頬を染めながら、大きく息を吐いた。
「大事な液タブが壊れるところだった…」
「液タブでなくまずは身の安全を考えろ!」
叱咤したのは、マヤの肩に乗るラミだ。
「うん、もう油断しないねっ」
マヤは柔かにそう言うと、素早く液晶タブレットをリュックに仕舞い、目線と、そしてGペンのペン先をドラゴンの方へ向けた。
ばちりっ
ドラゴンの頭上に跨るレッドベリーと目が合う。
レッドベリーはニヤニヤと挑発するような笑みを浮かべていた。
「くっくっくっ…。一発でくたばられては愉快でない…。良いぞ、お前の力は認めてやる。存分にやろう!」
ドラゴンの巨大な尻尾が、マヤ目掛けて飛んできた。
強化魔法で動体視力を強化しているマヤは、その攻撃を瞬時に見切り、魔力を足に溜め、
じゃんぷ!
ギリギリのところでかわした。
今度はドラゴンの巨大な前足。
素早く、しかし重い、鈍器のようなそれは、マヤ目掛けて襲い掛かる。
マヤは軽々と後ろへ大きく飛び退がり、かわす。
ドシャアアアアアアン
地面が抉れた。
もし直撃していたら、マヤはぺちゃんこになっていただろう。
(こわっ)
マヤの背中がぶるりと震えた。
「でもまあ、当たらなきゃ良いんだもんねっ」
びゅん!
風を薙ぐ音と同時に、またもやドラゴンの巨大な尻尾ハンマー。
これも難なくかわす。
その後もドラゴンの攻撃は続いた。
足で、足で、尻尾で、足で…と、幾度もマヤに攻撃を仕掛けたが、危ない局面もありつつ全てを回避。
(強化魔法は徹底的に叩き込まれた…。ドラゴンとの実践練習もした…。だから物理攻撃は怖くない…!)
マヤが最も気をつけるべき事ーーそれは、己の魔力の暴発。
女神が与えた大量の魔力を有するマヤは、魔力を放出することよりも制御することの方が難しく、これは練習では何度も失敗した。
(それだけは注意しよう…)
ぴょんぴょんと身軽に飛び跳ねながら敵の攻撃をかわすマヤの耳元で、ラミが言った。
「おい、避けてるだけではキリがないぞ。自分から攻撃することも考えろ」
マヤは頷きながら、ニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。
「分かってるよ」
マヤはGペンを握りしめると、ドラゴンの攻撃をかわしながら、その大きな足にペン先の焦点を合わせた。
ーー斬ッ。
マヤが線を引くと同時に、ドラゴンの足に巨大な傷口が開いた。
ドラゴンがバランスを崩し、よろめく。
「うーん…。動きながらだとどうしてもズレちゃうなあ。ちょん切るつもりだったのに…」
「小癪な…!」
レッドベリーが怒気を孕んだ声で叫んだ。
ドラゴンはすぐに体勢を立て直すと、その口をいっぱいに開けた。
(またあの火砲が来る…!)
そう確信したマヤは、跳びながら、すぐに防御陣を張れるよう、Gペンを握りしめた。
ドラゴンの口内に炎の渦が見えた。
敵の攻撃に備え、Gペンを前方に突き出し、構える。
火砲が放たれるーー
と思ったその時、突然、ドラゴンがその口を閉じ、物凄い速さでぐるりと一回転した。
(え……?)
予想外の動きに、一瞬固まるマヤ目掛けて、回転の勢いのまま尻尾が飛んできた。
「…っ…」
咄嗟に大きく飛び跳ね、交わす。
すると一回転しマヤの方へ再び向き直ったドラゴンが、大きく口を開いた。
(まさかっ…)
跳んだ勢いで空中に浮くマヤ目掛けて、火砲が放たれる。
空中で素早くGペンを構え、防御陣を張る。
火砲は防いだ。
が、火砲を受け止めた勢いで、大きく後方に飛ばされた。
マヤの体は物凄いスピードで、天に打ち上げられ、
「うきゃああ」
高く、そして遠くーードラゴンの体全体が小さく見えるまで飛ばされた。
(どうしよう…!)
下を見ると、空から城下町が見えた。
(わっ…!高っ!)
ある一定の高さまで到達すると、マヤの体は、今度は急激な落下運動を始める。
「ひぃっっ!」
(この高さで落ちたら流石に死んじゃうー!)
その時だった。
何者かが空中でマヤの体を抱きかかえた。
(えっ…?)
顔を上げると、一度だけ見たことのある銀色の髪をした可憐な美青年がいた。
「…ラミ…さん…? の、人間ばーじょん?」
「天使バージョンと言え」
天使バージョンのラミは剣呑な表情を浮かべ、その長い銀の睫毛を地面に向けた。
「さすがにこの高さから落ちたら無事では済まないだろうからな」
(ラミさんが助けてくれたんだ…)
「ラミさんって、飛べるんだね」
「もちろんだ」
ラミの背中に、大きな白鳥のような純白の羽が生えていることに気付く。
「す、すごい…。綺麗」
ラミが得意気に頷いた。
「だろう?」
「ラミさん天使みたい」
「おいちょっと待て、最前から俺は天使だと言っているだろう!!」
マヤは慌ててコクコクと頷いた。
ドラゴンの方へ目を向ける。
動体視力を強化しているマヤの目には、遥か遠くのドラゴンでものく見える。
ラミが、ドラゴンを見て妖しい笑みを浮かべた。
「良いこと思いついた」
「え? 良いこと?」
「ああ、最後は華々しく決めたくないか?」
「どういうこと?」
ニヤニヤと笑う美青年姿のラミ。
マヤは、なんだか嫌な予感がした。
突然、ガクンーーと体が下に落ちる感覚。
(わっ! 何…?)
ラミが今まで両手で抱きかかえていたマヤの体を離し、その片腕だけを握った。
マヤの体は、左手が命綱となり、宙ぶらりんになる。
「痛い…ど、どうしたのラミさん…?!」
「Gペンを構えろ」
「ええ?! …うん」
マヤは、言われた通り右手でGペンを握った。
「ドラゴンの首を掻っ切るんだ」
「…うん、そのつもりだけど…多分この距離じゃ無理だよ」
マヤの体は左手を上げた状態でプラーンと揺れている。
怖い。
あと腕が痛い。
「ああそうだな」
「えっと…近付いてくれるってこと…?」
ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべるラミの顔を見て、嫌な予感が確信に変わった気がした。
ラミはさも楽しげに、声を張り上げた。
「いーや自分で行けえ!!!」
ラミがマヤの体を、思いっきりドラゴンの方へ投げ飛ばした。
ピューーーンと、マヤの小さく軽い体は、ドラゴン目掛けて、猛スピードで一直線に飛んでいった。
「きゃううううううう」
風が、マヤの体を駆け巡る。
ジェットコースターに乗った時の感覚と似ていたが、その何倍も、速い。
そして怖い!
ドラゴンとの距離がどんどん縮まる。
(ううううう! 首をちょん切る! ちょん切る!)
もうそれしか考えない事にした。
Gペンを構え、ドラゴンの首一点に集中。
…一〇〇メートル
…三〇メートル
…一〇メートル
正確な距離など分かるわけないが、とにかくドラゴンとの距離がギリギリまで接近するのを待って…………。
あと数メートルまで近付き、ドラゴンの頭上に跨るレッドベリーの、度肝を抜かれたような表情がはっきりと見えたその時、
(………今!!)
マヤは、精一杯にGペンを振り切った。
ギュンッ
空気を鋭く薙ぐ。
ーースパンッ…
ドラゴンの首は、綺麗すぎるほど滑らかに斬れた。
ドラゴンの大きな首が吹っ飛ぶ。
「やったあ! ……………ふぇっ?!」
しかし、マヤ自身の危機は去っていなかった。
ラミの気合が、マヤを強く飛ばしすぎたのだろう。
地面へ一直線に向かった。
このままでは硬い地面に体当たりして、体がバラバラになってしまう。
ーー防御陣ッ
(……は間に合わない!……うう…今度こそ………死ーー)
覚悟したその時、ふわり、マヤの体が浮いた。
あと数センチで地面に到達するというギリギリの高さ。
まさに間一髪。
「え…?」
宙に浮くマヤの体は、水色の炎に包まれていた。
「……これは」
はっと場外のアイルの方へ目を向けた。
(あっ…)
マヤの目に映るアイルは、マヤに向かって微笑を向けながら、唇に一本のマッチ棒を当てていた。
ーーそれはまるで、人差し指で「しっ」と制するようにーー。
***
ーー……ヤ…マヤ……マヤ!
(誰かが私の名前を読んでる…)
ーーマヤ! おい! マヤ!
(男の人の声…)
ーーこのやろう!
バチイイイイン!
「いたっ」
額に感じた強い衝撃に、マヤの目が覚める。
まず目に入ったのは、豪華なシャンデリア。
(ここは…)
上体を起こす。
城内のマヤ専用の部屋だ。
その中央にどかんと居座る大きなベッドに、マヤは横たわっていた。
(…そうだ…私…)
次第に意識がハッキリしてくると、マヤは昼間のことを思い出した。
決闘で魔力を大量に消費したマヤは、疲労のため否応も無く自室に戻り、ベッドに倒れ込んだのだ。
で、二時間ほど眠っていた。
窓の外を見ると、既に夜になっていた。
枕元では猿姿のラミが仁王立ちでマヤを見上げていた。
マヤは優しく微笑みながら言った。
「ラミさんが起こしてくれたんだね」
「ああ、お猿さんビンタでな」
マヤの幼い瞳がピコンと光る。
「お猿さんビンタ? なんか可愛い!」
「さっきから扉がノックされてるが、お前が中々起きねえから暴力に訴えたんだ」
「え?」
マヤが扉の方へ視線を向けると、コンコンコンと軽くドアを叩く音が聞こえた。
「本当だ、誰だろう…」
慌てて扉の方へ駆け寄り、「はーい」と声をかける。
すると扉の奥で、聞き覚えのある少女の声が聞こえた。
「ロザリーです」
「…! 今開けます!」
マヤが急いで扉を開くと、そこにはロザリーが立っていた。
服装は昼間とは違い、全身が黒いワンピースで、両手に真っ黒な布を抱えている。
なぜだか神妙な面持ちで、マヤをじっと見ていた。
何か尋常ではない事情があるのだろうか。
そう不安になりながら、マヤは恐る恐る尋ねた。
「……あの、どうしたのですか…?」
「…入っても良いかしら」
「もちろんです!」
マヤは部屋の中へロザリーを迎え入れた。
ロザリーはドアがしっかりと閉まったことを確認し、
「あのね……」
と、話を切り出す。
マヤは、ゴクリと唾を呑み込んだ後、「は、はい…」と真剣な表情で頷いた。
するとロザリーが突然、胸に抱いていた黒い布ーーフード付きのローブをふわりと広げ、マヤの肩に回した。
(…なに?)
マヤが困惑してあると、ロザリーはマヤにその潤んだ瞳を近付け、意を決したように言った。
「逃げよう!」
「………え?」
転生漫画家〜漫画を1本描き上げるまで帰れません…〜 花里探偵 @ricoricomo1925
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