✏️決闘

 レッドベリーとの決闘の日がやってきた。

 場所は場内の庭にある大きな広場だ。

 早朝だと言うのに、辺り一面観客で賑わっていた。

 なんでも、国の兵隊だけでなく、噂を聞きつけた新聞記者や貴族までもがが観覧に来ているらしかった。

 貴賓席の最高位には、王が座している。

 広場の隅で、魔術師アイルがマヤに尋ねた。


 「勇者様、緊張してますか?」

 「うーん……ちょっとだけ…でも、決闘というものが初めてなので、楽しみでもあります」

 「そうですか。まあきっと勇者様が勝つでしょう。元からレッドベリーより強かったですし、加えて僕が魔法を教えましたからね」


 優しく笑顔を見せるアイル。

 マヤは、なんだか心が穏やかになったような気がした。

 背後から「マヤちゃん」と呼びかけられた。

 振り向くと、そこには華やかなドレスをまとったロザリーがいた。

 その表情はどこか曇っている。

 ロザリーは、マヤの元へたったったと駆け寄ってくると、マヤの耳元に唇をつけた。

 ふにりと甘い感触が耳をくすぐり、思わず胸が高鳴る。

 ロザリーが、そっと小声で囁く。


 ーー今日の試合、勝たなくて良いよ。


 「………………え…?」


 マヤは、思いもよらぬ言葉に驚きの声を上げた。


 「それってどう言う意味ーー」

 「姫様」


 マヤが何か言う前にロザリーを読んだのはアイルだ。


 「もう試合が始まりますから、席にお戻りになられては。王がお待ちですよ」


 ロザリーは数秒ほど、じっとアイルを見つめた後、コクンと静かに頷いて、そこから去っていった。


 (なんだったんだろう…)


 「勇者様、ではでは応援していますよ。多くの人が観ているのです。レッドベリーをコテンパンにやっつけて下さい」 


 「は、はい! がんばります!」


***


 広場には、マヤと、数メートル離れたところに、軍服のレッドベリーが立っていた。

 右手に竜の造形をした小さなフィギュアを握り、構えている。

 その目は今にもマヤに食いつかんとばかりに、ギラギラと燃えたぎっていた。


 ゴオオオオオオオン


 と、ゴングの音が鳴り響く。


 (は、始まった…)


 「覚悟しろ小娘!」


 レッドベリーがそう吐き捨て、竜のフィギュア勢いよく投げつけると、


 ドカーーーーン!


 物凄い爆発音と同時に、その場全体が真っ白な煙に包まれた。

 会場のあちこちから咳払いが聞こえる。

 マヤも「けほけほ」とむせながら、前方に目を向けた。


 真っ白な煙が徐々に薄まり、現れたのはーー。


 (な、なにあれ…)


 巨大な竜である。

 全長は十メートルはあろうか。

 その見た目は、異様に腹の膨れたトカゲのようで、背中には小さな赤い羽と、無数のツノが生えている。

 厳つく大きな瞳は、太陽に照らされ真っ赤に輝いていた。

 頭上にはレッドベリーが跨っている。


 (うわあ…)


 大迫力の超巨大ドラゴンに流石のマヤも立ち尽くしたまま閉口した。


 「おい、どうしたマヤ」


 いつの間にかマヤの肩に乗っていた、猿姿のラミが、マヤの頬をフニフニ突いた。


 「巨大ドラゴンに臆したか? でかいだけじゃないか」

 「…むりだよ…絶対にむり……」


 マヤは、ぶつぶつ呟きながら、顔を真っ青にし、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 ラミが大きく溜息を吐く。


 「おい何戦闘中にしゃがんで……」

 「あんな大迫力のドラゴン、私ごときの才能じゃ一生かかっても描けないっ!」


 「そっち⁈ ておい! さっそくタブレットを持つな! 決闘中だぞ」


 無意識のうちにリュックからイラスト用の液晶タブレットを取り出したマヤ。

 ラミのツッコミにはっと目を覚ます。


 「いけない…今はドラゴンを倒すことに集中しなきゃ!」


 マヤはドラゴンにキッと目を向けた。

 すると、マヤの瞳に真っ赤な丸い球のようなものが映り込んだ。

 まるで太陽のような、火の塊だ。

 禍々しい炎が渦巻いている。

 それが、猛スピードでマヤの方へ向かってきた。


 (え……あれ、こっちに来………)


 次の瞬間。


 ドカアアアアアアン!


 壮大な爆発音が場内に響いた。

 観客達を激しい熱風が襲う。


 「何事だ!」

 「熱い…!」

 「勇者様は?!」 


 場内から怒号が飛び交った。

 そして人々は現状から、何が起こったのか、すぐに察した。

 レッドベリーの竜が、口から巨大な火砲を吐いたのだ。

 そしてそれは、国の希望である勇者マヤへ直撃した。

 爆発地点を中心に、派手に煙が舞い、火の粉が散っている。

 マヤの姿は、ない。

 場外にいる誰もが騒然とした。


 「勇者様が…死んだ…」 


 そう、誰かが呟いた。


 しーんと静寂が迸る。

 そんな中、レッドベリーの高笑いだけが響いた。


 「ははは、つまらん…実につまらん! たった一撃とは。やはりあの小娘には勇者の器はなかったと言うことだ」

 場外の一角では、ロザリーが膝から崩れ落ち、嘆いた。

 「うそ…うそよマヤちゃん…死んじゃうなんて…」

 「姫様、お立ちください」

 「……え?」


 嘆き悲しむロザリーに、アイルが優しく手を差し伸べた。


 「彼女は大魔術師である僕が仕込んだのですから、よくご覧ください。ーーあの子を」

 「………」


 アイルの水色の瞳が、爆発地点を示した。

 ロザリーも、それにつられて視線を移す。


 「あ…」


 ロザリーの悲嘆に染まる目に、光が差した。

 煙が舞った広場の中央。

 しばらくして、煙が徐々に薄まる。


 そこから姿を表したのはーー


 ペンだ。

 最初に、太陽光に照らされた銀のペン先が、煙の中から顔を覗かせた。

 次いで、姿を現したのは、ペンを握る小さな手。

 観客達はあっと声を漏らした。


 「勇者様だああああああ」


 兵隊の一人が叫ぶと同時に、煙がふわりと散った。

 そして、その中から幼い少女の姿が浮かび上がった。

 マヤだ。

 片手で大事そうに液晶タブレットを抱き、前方にGペンのペン先を向けている。


 「おおおおお生きていたか!」

 「勇者様万歳!!」


 マヤがかざすペンを中心にして、大きな金色の魔法陣が浮かんでいた。


 「防御陣ですね…核がしっかりしている。やはり彼女には飛び抜けた魔法の才能があるようだ…」


 ロザリーの横で、アイルがつぶやいた。

 その口元は満足気に微笑している。

 ロザリーは涙で腫らした瞳を拭いながら、叫んだ。


 「マヤちゃん…!!」


場内が沸きに沸いた。


 「生きてるぞ!」

 「あの攻撃を受け止めるとは!」

 「勇者様! 勇者様! 勇者様!」


 人々の熱い勇者様コールが、その場に沸き起こった。

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