✏️フィナーレ
四〇分後、大人たちやロザリーの手伝いもあり、何とかユニコーンの絵が完成した。
皆、汗で体を濡らして、息を荒げている。
が、その顔には達成感に満ちていた。
「すげえよ…間に合っちまった…」
「これで今年も無事旗が掲げられるな!」
「どれもこれもお嬢ちゃんのお陰だ!」
マヤは、称賛の声に恥ずかしくなり、俯いて黙り込んだ。
男の一人が、旗に手をかけた。
「それじゃあさっそく広場の方へ……」
「ちょっと待て!」
すると、リーダー格の男が前に進み出て、男の一人が旗を持ち上げるのを静止した。
「塗料、乾いてないよな…」
「ん? ああ、そうだな」
「持ち上げると垂れてくるんじゃないのか?」
その言葉に、その場にいた全員の背中にヒヤリと冷たいものが走った。
「………たしかに…」
「……どうすんだよ、乾くの待ってたら間に合わないんじゃないか」
「……………」
(盲点だった!)
マヤは、顔を真っ青にして頭を抱え込んだ。
(どうしよう…。気付かなかった……)
「どのみち間に合わなかったってことか」
「でも伝統が潰えてしまうぜ」
「じゃあもう一か八か持ち上げてみるか!」
「でもお嬢ちゃんが折角描いてくれた絵が…」
シーンと静寂が走る。
皆、良い案が思いつかず、絶望的状況に押し黙るしかなかった。
すると、ロザリーが凛とした声で静寂を破った。
「あの、早く乾けば良いんでよね?」
「そうだが…」
「じゃあ、風で乾かすのはどうですか?」
ロザリーの提案に、大人たちは互いに顔を見合った。
「なるほど…しかし、今日は風が弱いしな…」
「その心配はご無用です…」
「はあ?」
ロザリーは、マヤの肩を抱いて、前に押しやった。
「実はマヤちゃんは! なんと! 魔法も使えるんですわ!」
おおおお、と歓声が上がる。
「じゃあ風魔法とか言うやつで乾かせるのか?!」
「はい、この子は天才魔術師ですから!」
ふんす!と鼻を鳴らす。
「おおお、じゃあ万事解決だな!」
「お嬢ちゃんには何から何まで申し訳ないが、是非頼みたい!」
「これで今年も無事に祭りが終われるぞ」
大人たちは口々に希望に満ちた言葉を上げた。
ロザリーも大好きなマヤが囃し立てられるのが、嬉しくて仕方なかった。
さて、当のマヤはと言うと……。
(やばい!)
と、こんな感じである。
(どうしよう…たしかにアイルくんに魔法を教わってはいるけれど…まだ上手く制御できない…)
そう、強すぎる魔力のせいで、魔法を使うと思っていた以上の力が出てしまうのである。
つまり、ここで風魔法を使うと、折角皆で完成させた絵も吹き飛ばしてしまう可能性があるということ。
「お嬢ちゃん!頼む!」
「あ…うっ…えっとぅ……」
「頼むぜお嬢ちゃん!」
マヤは期待に満ちた大人たちの目を、ぐるりと見渡すと、決心したように頷いた。
「分かりました、やってみます」
マヤは、ゆっくりと旗の方へ近づき、両手を前に掲げた。
しーんと当たりが静かになる。
大人やロザリーは、マヤを見つめていた。
(…アイルくんにしっかり教えてもらったんだから)
どくん、どくん、どくん
緊張感が、マヤを襲う。
心臓が高鳴り今にも破裂しそう。
(失敗したら終わり……)
そんな事を考えると、心穏やかではいられなかった。
フルフルと首を横に振る。
(大丈夫、大丈夫…)
やがてマヤは体内の魔力を両手に送った。
そして、心の中で囁く。
風よーーー
その時だった。
ぴとり、
と冷たい何かがマヤの額に触れた。
(え…?)
ふわりと心地よい香りが鼻腔を掠めた。
(この匂い…)
「ダメですよ勇者様。もっと落ち着かないと」
はっと声の方へ顔を向けると、そこには柔かに微笑むアイルの姿があった。
「…え?! アイルくん?」
突然現れた謎の美少年に、周囲がざわつく。
ロザリーも驚いたように「アイル?!」と名前を呼んだ。
アイルは冷たい右手の指で、マヤの額を優しく抑えながら、宥めるように言った。
「大丈夫です。勇者様ならできます。練習通り、落ち着いて」
「…………はい」
マヤは、すぐに視線をアイルから旗の方へ移した。
不思議と心は落ち着きを取り戻し、鼓動も平常通りになっている。
(練習通りに、魔力の制御…)
マヤは目を瞑り、しばし精神を集中させたあと、カッと目を開いて心の中で唱えた。
ーーー風よーー塗料を乾かせーーー
ひゅーんとどこからともなく穏やかな風が舞い込んだ。
それは、数秒ほど旗の上で舞ったあと、消失した。
絵は、無事である。
「…………」
マヤは、緊張した面持ちでその場にしゃがみ込み、絵を優しく撫でた。
「乾いてる…」
次の瞬間、わっと周囲が沸いた。
「よくやった嬢ちゃん!」
「ありがとうな! これで今年も旗を掲げられるぜ!」
マヤは、安堵からかその場に出たり込んだ。
その顔はホクホクと赤らんでいて、微かに口角が上がっている。
(やった…成功した!)
「すごいわマヤちゃん!」
背中から、ロザリーが勢いよく抱きついてきた。
よしよしよし、とマヤの頭を撫でる。
「本当にありがとね!」
「いえ…そんな……」
マヤは謙遜気味に首を横に振った。
横で二人の様子を見守るアイルに、ロザリーが言った。
「アイルも来ていたのね! 気付かなかったわ」
アイルがニコリと微笑む。
「大事な勇者様と姫様に何かあってはいけませんからね」
マヤとロザリーは、大人たちに大変感謝された。
謝礼も手渡されたが、それは丁重に断った。
いよいよ祭りのフィナーレ。
広場には多くの人が集まっており、マヤとロザリー、そしてアイルも向かった。
音楽隊の演奏とともに旗が掲げられ、人々は民謡のようなものを歌っていた。
マヤはその光景を見て、ロザリーとアイルに言った。
「私、この国が大好きになりました。頑張って悪魔を倒しますね」
「…………うん」
頷くロザリーの瞳には、何故かほんの少しだけ、暗雲の色を浮かばせていた。
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