✏️マヤの才能


「ぎゃああああ! 何だこれは!」


 マヤとロザリーが談笑をしていると、少し離れた所から男の怒鳴り声が聞こえた。


 「どうしたのでしょう…」

 「さあ?」


 二人がしばらく耳を澄ましていると、またしても男の声が耳に入った。


 「これじゃ…これじゃあ祭りが台無しだよ! 伝統が途絶えちまうじゃねえか!」


 その言葉に、マヤとロザリーがはっと目を合わせた。


 「緊急事態でしょうか…」

 「みたいね、様子を見に行ってみようかしら」


 声の方へ向かうと、比較的人気の少ない草むらに、風格のある四〇代くらいの男と、数人の若い男女が、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。


 「あの、どうかしましたの?」


 ロザリーが声を掛けると、人々の視線が一斉に二人の方へ集まった。


 「見ろよこれ…」


 男の一人が地面を指さした。

 そこには、縦一四〇センチ、横二〇〇センチほどの大きな布が敷いてあった。


 「あらこれ、もしかしてお祭りの最後に掲げられる旗?」 

 「ああそうだよ。だけど見ろよ…絵が台無しだ…」


 見ると、旗に大きく描かれた絵の上に、大胆にペンキのようなものが撒かれていた。


 端の方にはユニコーンの顔らしきものが覗いているだけで、そこ以外はペンキに真っ赤なペンキに潰されている。


 (うわあ…描いた人辛いだろうな…)


 マヤは、自分の原稿用紙に誤ってインクをぶちまけてしまった時の失望感を思い出した。 


 「ちくしょー! 誰かがペンキをひっくり返しやがったんだ! これじゃあ祭りを締めれねえじゃねえか」

 「これを描いた絵師は今どこにいるんだ? 急いで描き直してもらおう!」

 「分かんねえよ。祭に参加してるんだろうが、この人混みじゃ見つからねえよ」

 「そんな……」


 その場にいる大人たちは顔を真っ青にして、ただただ立ち尽くして台無しになった旗を眺めていた。


 (せっかく沢山準備しただろうに…)


 マヤは、祭のために陰で奔走した人々のことを思うと、胸が痛かった。

 ふと隣で黙り込んでいるロザリーを見ると、今にも泣きそうなくらい悲壮感に満ちた表情をしていた。


 (ロザリーさん、毎年このお祭りに参加してるって言ってたっけ…)


 「………」


 どうすることも出来ず、マヤはじっと旗を見つめていた。

 すると、頭の中で、一つの考えが浮かんだ。


 (…絵…描ける人がいれば何とかなるかな……だったら…)


 フルフルと首を横に振る。


 (でも流石に図々しいかな………)


 「どうしたの? マヤちゃん」

 「あ…えっと何でも…」


 尋ねてきたロザリーの顔を、マヤは眺めた。

 口元は優しく微笑んでいるが、悲しそうな瞳をしている。 

 それを見て、マヤは決心した。

 マヤは、一歩前に踏み出ると、


 「…あ、あの…!」


 と、右手を上げながら声を出した。

 緊張からか、頬が赤らんでいる。

 ロザリーと、大人たちがマヤの方へ視線を向けた。

 人々の視線を一斉に受け、びくりと肩を震わせたが、勇気を出して言った。


 「代えのペンキとか、ないでしょうか…」


 男の一人が答えた。


 「この絵に使われた布用の塗料なら、あるが…」

 「では、撒かれたペンキの上から、もう一度描くのはどうでしょうか…」


 「いやあ無理だよ。俺たちは絵が描けねえし、絵師はどこにいるか分からねえ」

 「私描けます!」


 マヤが言い放った言葉に、大人たちが騒ついた。 


 「マヤちゃん…?」


 ロザリーも驚いたようにマヤを見た。

 マヤは、ロザリーの方を見て、ニコリと優しく笑うと、旗の側にしゃがみ込んだ。

 撒かれたペンキをそっと撫でる。


 「乾いてる。これだったらすぐに作業ができます。すみません、この旗が掲げられるまで、どのくらい時間がありますか?」


 マヤは、リーダー格の男に尋ねた。


 「…祭りが終了するまであと一時間あるから、それまでなら…。いやだが…お嬢ちゃん、これはこの祭の象徴となる神聖な旗でな、下手な絵は出せねえんだ……」

 「上手だったら、問題ないですか?」

 「……まあ、そうだが」


 マヤは、男の前にざっと出ると、まんべんの笑みを浮かべた。


 「私、絵が上手いんです」

 「…え…?」


 マヤは自信満々に言ったあと、少し恥ずかしくなった。

 が、口に出してしまった以上、後には引けない。

 画力には自信があった。

 今まで友達を作る間も惜しんで絵ばっかり描いてきたのだから。

 マヤは、深々と頭を下げた。


 「お願いします、やらせてください。私、今日お祭りに初めて参加したんですけど、皆さん本当楽しそうで…。だから、皆が悲しむ顔を見たくないのです」

 「お嬢ちゃん…」 


 男は考える素振りを見せたが、マヤの決心に満ちた表情を見て「やれやれ」と言うふうに頷いた。


 「分かった。お嬢ちゃんに頼もう」


 リーダー格の男がそう言ったあと、周りの大人達が驚いたように声を上げた。 


 「大丈夫なんですか?!」

 「こんな小さな子に立派な絵が描けるとは思えませんよ!」

 「あと一時間もないんですよ!」


 大人たちの不安げな声に、男は苛立ったように顔を顰めると、拳を上げた。


 「そんな事は描いてみなくちゃ分からないだろ! それに、ここで伝統が途絶えるのは絶対に駄目だ。今はこの子に賭けるしかねえ」

 「………」


 男がピシャンと言い放つと、反論する者は居なくなった。


 ***


一時間で巨大なユニコーンのカラー絵を描く。 

 筆の速さに定評のあるマヤでも、不安はあった。

 しかし、もう後には引けない。

 マヤは、資料を持ってきてもらうと、それを参考にして白いチョークでユニコーンの構図を描いた。

 巨大な絵なので、途中何度か遠目に確認して、バランスを取る。

 10分ほどで描きあげた。

 これには周りの大人たちも、感心した様子だった。

 次にマヤは、誰もが目を見張るような速さで細かい部位を描いていった。

 真剣な表情で、小さな体を精一杯に動かし、線を引いていく。

 額には汗が滲んでいた。

 ユニコーンの線画をあっという間に描き上げると、今度は所々に小さな点線を引いたり、何かマークを描いたりしていた。

 一通りそれが終わると、マヤは立ち上がってぐるりと周りを見渡した。


 「線画、できました」


 「お〜」という唸り声が上がる。


 「すげえ」


 「上手いな…この嬢ちゃん何者だ?」


 マヤは、大人たちの褒め言葉に若干頬を染めつつ、口を開いた。


 「すみません、残りあと三〇分ほどですが、ここからは皆さんに協力して欲しいのです」


 男の一人が快活に言った。 


 「おう! 任せとけ! 俺ら諦めかけてたけどよ、お嬢ちゃんが懸命に描く姿を見て勇気をもらったぜ!」

 「そ、そうですか…えへへ」


 つい頬が綻ぶ。

 が、すぐに首を横に振ると真剣な表情に戻った。


 「ユニコーンの絵の所々を点線で仕切っていますが、そこに描いてある色で塗って欲しいのです。大きい絵なので、私一人じゃ間に合いません」

 「わかった!」

 「それで、⭐︎マークはベタ塗り、△は塗料を水で濡らして薄めに塗ってください。○が描いてあるところは、私が塗ります」


 リーダー格の男はマヤの指示に「うむ」と頷くと、周りの者たちを見渡して声を張り上げた。


 「お前ら!時間はないが気合を入れて頑張るぞおおお!!」

 「「「「おーーー!!!」」」」

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