✏️お忍び

 三日目の夜。

 その日もマヤはアイルから魔法を教わり、自室の机でグデーンと突っ伏していた。

 猿のラミが机の上でマヤの頭をぺしぺしと叩いた。

 「おい、大丈夫かよ。魔法の特訓そんなに辛いのか」

 「辛くないよ、楽しいよ。魔力を大量に消費したから少し頭がクラクラするの」

 「なるほどな。で、進捗はどうだ? 悪魔は倒せそうなのか?」

 「倒せるかは分からないけど、いろんな魔法が使えるようになってきたよ。アイルくん教え方がすごく上手なの」

 「”アイルくん”…?」

 「うん、仲良くなりたいからそう呼んで欲しいって言われたの」

 「ふーん」

 コンコン

 と、扉をノックする音が響いた。

 マヤが「はい」と返事をすると、扉がゆっくりと空いて、その奥から金髪の美女が現れた。

 姫・ロザリーだ。

 マヤは慌てて立ち上がった。

 「…あ、こんばんは! お姫様」

 「こんばんは」

 上品な笑顔で軽く会釈をするロザリー。

 マヤも会釈を返した。

 「ねえ勇者様」

 「はい」

 ロザリーは辺りを確認すると、そろそろとマヤの方へ近付いた。

 顔と顔が近くなり、マヤの胸がドキッと跳ね上がる。

 ロザリーは、そっとマヤの耳元に口を付け、囁いた。

 「お忍びに付き合って」

 「…お忍び?」

 「ええ、今日は城下でお祭りがあるの。だから一緒に行きましょう…?」

 「楽しそうですね…! あ、でもお忍びということは…」

 「秘密でね」

 「ひ、ひみつ!」

 「秘密」という言葉に、マヤはワクワクした。


***


 城を抜けられた。

 お忍び成功である。

 城の警備が想像以上に手薄だった。

 きっとこの国が治安が良い証拠なのだろう…。

 と、良いように捉えておく。

 マヤは、ロザリーに連れられて祭りが模様されている広場に出た。

 既に日が沈み空は暗かったが、屋台が居並んだ広場は、沢山の灯りがともっている。

 人々は歌ったり、食べたり、談笑したり、ゲームをしたりして、各々祭りを楽しんでいた。

 マヤは、ロザリーに手を繋がれ、広場へ進んだ。

 「…すごい、綺麗です」

 「でしょう? 昔からこの国で続く伝統的なお祭りなの。毎年城を抜け出して一人で参加してるんだ」

 「そうなんですね」 

 「ええ、祭りの最後には一角獣のユニコーンが描かれた旗を振って、皆んなで一年の五穀豊穣を祈るの。素敵でしょう!」

 「へえ、良いですね」

 マヤは、沢山の光に爛々と照される街を幻想的な気分に浸りながら歩いた。

 とある売店の前でロザリーは立ち止まった。

 「ねえマヤちゃん!」

 「なんですか、リリーさん」

 ロザリー姫の正体が周りにバレないよう、リリーと呼ぶよう事前に言いつけられている。

 「これ、やらない?」

 そう言ってロザリーが指さしたのは、自作のペンダントを作れる屋台だ。

 「お互いに首飾りを作って、交換するのはどうかしら」

 「楽しそうですね!」

 図工の授業が大好きなマヤは、屋台に並べられた様々な形のラメやリボンを見て、目を輝かせた。

 既に頭の中でロザリーに似合う髪飾りのデザインを練っていた。

 それから、十分ほど二人は熱心にお互いのための首飾りを作った。

 「どう? マヤちゃん進捗は」 

 「今できたところです」

 「私も!」

 首飾りが完成すると、屋台から少し離れた木影で、マヤとロザリーはペンダントを交換した。

 ロザリーがマヤに作ったのは、星柄が入った黄色いリング型の首飾りだ。

 「可愛い!ありがとうございます」

 「ふふ、マヤちゃんの可愛い服に合うのをイメージして作ったの」

 マヤは中学校の制服をチラリと見た後、「えへへ」と無邪気に笑った。

 「嬉しいです」

 「私もよ! 付けてあげるわね」

 ロザリーはマヤの背後に回り、優しく首飾りをつけた。

 「ありがとうございます、じゃあ私も」

 マヤは、ロザリーに、桃色の花が施された首飾りを渡した。

 「すごい!素敵ねえ」

 「へへ、リリーさんは本当に美しくて、華やかな女の子なので、お花を付けてみました」

 「色が綺麗! とっても気に入ったわ」

 ロザリーは満足そうに首飾りをつけると、穏やかに言った。

 「ありがとう、マヤちゃん」

 マヤとロザリーは木影の下で並んで座った。

 しばらく二人で夜空に輝く星屑を見ていたが、不意にロザリーが口を開いた。

 「私ね、同年代の女の子とこうして遊ぶの初めてなんだ」

 「そうなんですか…?」

 「ええ、昔から姫として生きてきて、友達なんて出来なかったのよ。よく一人で城を抜け出すことはあったけどね」

 ロザリーは、マヤを見ながらふわりと柔らかい笑顔を浮かべた。

 「…お姫様…」

 マヤは、ロザリーの手をギュッと握った。

 「…実は私も…同年代の子と遊ぶの、初めてなんです…」

 「あらそうなの?」

 「はい」

 マヤは昔から友達と遊ぶよりも、一人で絵を描いている方が大好きな子供だった。

 だから、友達と言えるような友達は、今まで出来たことがなかった。

 「マヤちゃん、また一緒に遊びましょう」

 ロザリーは、優しく語りかけるように言った。

 「はい、もちろん! 私、お姫様のこと大好きになりました」

 爛々と目を輝かせて言うマヤに、ロザリーはさも嬉しそうに「ふふふ」と笑った。

 「私も大好きよ、マヤちゃん。ただ、外では私のこと、お姫様って呼んじゃだめよ」

 「あ、ごめんなさい…」

 二人で顔を合わせて、笑い合った。

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