記憶

 男が呼び出した──あるいは創り出したビジターの掃討。

 現れたのは全て雑魚。高橋一人で倒せる程度。

 しかし純粋に数が多い。高橋は範囲攻撃などが無い以上数で圧し潰される。


「……やられた」


 はぁ、とため息を尽き不知火は炎を掃射する。

 炎は器用に高橋だけを避けビジターを焼き尽くす。


「……すっご」


 ある程度戦えるようになったからこそわかった。不知火の力を。

 単純な炎の火力。自分だけ当てないようにするコントロール。幾つもの炎を同時に操るマルチタスク。

 自分がどれだけ鍛錬すれば追いつけるのか想像もできない。単純に異能が向いていないというのもあるが。


「追いつけるかなぁ……」


 自分が同じようにビジターを焼き払うのを想像できなかった高橋は、そんなことを呟いた。







 ──翌日。ヴァリアント本部。

 その最奥。一月前に高橋とヘレン・ウィア・ウォードが会合した地にて再び会っていた。

 そこに不知火が加わり、先日のことを話している。

 今は平日。普段ならば戻った学生生活を満喫するべきだが事態が事態ということで学校は二人とも休んでいる。

 話を聞き終わったヘレンは思わず頭を抱えたくなった。


「……ビジターを使役する者、か」


 頭が痛い問題。いろいろと問題が重なる中更に問題が増える。

 これまでビジターを操るような能力は無かった。だが異能は得突如発生する。これまでなかったというだけで突如現れても問題は無い。

 だが単純に使役するだけなのか。発言ではビジターは男の影から這い上がってきたという。それは単に出現方法がそれなのかその場で影から創り出したのか。

 作るのか使役するのか──あるいはもっと別の何かか。


 男がビジターを作り出した? 


 その可能性が一瞬過り、無いなとヘレンは無いなと思考を切り替える。

 ビジターは千年以上前から存在する。仮に男がビジターを作れていても根幹には関わっていないだろう。そう判断した。

 だがここ最近他国が見つけたビジターが多数いる組織。それとの関係性は? 

 ないとは言い切れない。というかない方が可笑しい。


「駄目だな。うん。情報量が多すぎてよくわからん」


 はぁ、と大きなため息を尽き、ヘレンは空を仰いだ。

 情報過多。一気に情報が多すぎて混乱する。

 そもそもビジターを作れる。あるいは使役するのは単騎で一国の軍と同等の力を持つということだ。

 下手に街中でビジターを解放させられればどんな都市も一夜で崩壊する。そんなものが野放し状態。

 とりあえずは対処療法だ、とヘレンは考える。


「とりあえず、あれだ、うん。まずはその相手が何なのか知ろうか」


「え~と、どうやって?」


「何。うちは最先端技術が詰まっているからな。こういう場合に有能な物があるんだ」


 ヘレンは軽く笑い。告げた。


「という訳で、だ不知火。地下に行ってあれやってくれ」


「……あれスルンですか。わかりました」


 ものすごく。物凄く嫌そうな声を不知火蛾だし、高橋は"いったい何をするのか"と恐怖を抱いた。




 ■


「……で。俺が案内か」


 男が声を出した。

 仮面を着けた男──霧生。

 いつも通りその背には二つの剣を背負っている。戦いに行くわけでもないというのに。

 ヴァリアント施設。地下廊下。

 山の上に建てられたヴァリアント日本本部に建てられた建造物は非常に大きい。

 ある程度異能による無茶な建築も通る以上その外見から内部は見通せない。

 地下であるここは病院にいるように高橋は感じる。


 そのような薄暗い廊下を霧生。不知火。高橋の三人は歩いていた。


「あの……これ何処に行くんですか?」


「行けばわかる」


「えぇ……」


 何処に連れて行かれるのか。何をされるのか。

 戦々恐々としながら高橋はついて行く。

 薄暗い廊下。上も下も真っ白で頼りになるのは天井と足元につけられた光のみ。

 ホラーゲームにでもありそうだな、と高橋が感じながら歩くこと数分。目的地にたどり着く。


「ここだ」


 霧生が呟いた。


 たどり着いたのは巨大な扉が付いた廊下の端。

 長々と歩いた先にあったのは扉、という真面な物で多少高橋は安どする。

 病院の──手術室の様な扉。アニメやドラマで見るような両開きの扉。

 道中廊下には扉一つなく、その先にあるのがこの扉一つというのはスペースの無駄ではないか。高橋はそう考える。


「……どうしたの?」


「あ。行きます」


 でけぇ、と感想を抱き足を止めていた高橋に不知火が声をかける。

 気づけば扉は歓迎するかのように開いており、既に霧生は中に入ってしまっている。


 遅れて高橋が早足で駆け寄り、不知火もまた中に入る。


(──処刑されるんか俺)


 思わず。そう考えた。


 只々広い部屋。十畳以上はあるだろう。学校の教室程に広い部屋。

 その中心部に椅子と機械が置かれている。

 椅子は地面と結合し、一ミリも動かせないようにされた装飾一つない武骨な椅子。

 椅子の上にはヘルメット。コードやらライトやらが幾つも付いたもはや趣味が悪いとしか言えない。

 機械もまた地面とくっつき、幾つものよくわからないLEDやボタンがついた装飾が多数存在する。


「やぁ。待ってたよ」


 ぬるっと、闇から男が這い出てきた。

 暗闇──薄暗い部屋だからだろう。高橋は一切気づけず、体をびくりと動かしてしまった。


「あぁ、驚かせてごめん……僕は紫電修平しでんしゅうへい。ここの事務員をしている」


 現れたのは優男だった。

 体が余りにも細い。きちんと食べているのか。あるいは何かしらの病気でも患っているのかと不安になる程に。

 顔つきもまた弱い。幼子にパンチでも喰らえばそれだけで骨折しそうだと高橋は失礼なことを考える。

 スーツを纏い、その上から白衣を着用。更に眼鏡もかけているとなればマッドサイエンティストか何かにしか思えない。

 紫電がよろしくと手を差し出し、一瞬遅れて高橋は握る。


「えっと、俺は高橋潤です。よろしくお願いします」


 ただの事務員じゃないんだろうなぁ、と相手の手を握りながら考えた。


「さて。ここで何をするか聞いてるかい?」


「いや。聞いてないです……」


(俺処刑でもされるんかな?)


 思わず、というか部屋の雰囲気と道具と紫電の恰好からその考えが頭から離れない。


「ふっふーん。そこは私が説明しちゃいましょう!」


 暗い部屋に反した明るい声が響いた。

 一度聞いたことのある声。


「理恵ちゃん?」


 ドローン越しに聞いたことのある声。だがここにドローンは見当たらない。


「Yes! Yes! そう! ヴァリアントのアイドル理恵ちゃんです!」


 じゃじゃ──ん、という効果音と共に可愛らしい女の子の声が部屋に響く。

 更にモーター音。ぎゃりぎゃり、という歯車の回る音と共に天井からアームが降りる。

 アームの先端には大きいモニター。二十インチ以上はある。

 モニターには可愛らしい少女が映っている。

 どことなく紫電修平に似ている、と高橋は感じた。


「この機械は私が作ったのです! そしてそして! この機械を使えば記憶を映像に出来るのです!」


「記憶を映像に?」


 まず誰だ、という疑問を他所に電子音声は話し出す。


「まぁ細かい理論は無視して被ってください! 潤さん!」


「理恵ちゃん? ……ドローンじゃなかったっけ」


「前の私はね!」


 高橋は前の、ということに違和感を感じた。

 そもそも前はドローンだったはず。こんなところでも機械を通すとはよほどの引きこもりなのか。

 幾つかの疑問が浮かぶが「座って座って!」という声にかき消された。

 何をされるのか。不安を抱きながら高橋は慌てて椅子に座り帽子を被る。


「じゃあ、やるよ~」


(何にも感じない)


 単に何も感じないだけか。あるいは感じれない程に何かされているのか。


「これが昨日の記憶だよ~」


 声と共に新しくアームが天井から降りてくる。

 先端には同じようにモニターが付いており、昨日の高橋の記憶が映し出されている。


「あっ! プライバシーはもちろん守るから安心してね!」


「記憶を覗かれるのにプライバシーが……?」


 無論高橋とて好きに記憶を除かれたい訳ではない。

 だが似顔絵を描いたり証言を元にするよりも正確無比となれば使わない手は無い。そう言われれば選択は無いのだから。


(というか記憶を覗くというが何処まで見られるのか。というか不知火さん真剣な顔してみないでくれませんか)


「えっーと、これが昨日の記憶ですね!」


 モニターの映像がぐるぐる回る。

 映像は高橋がヴァリアントから転移門で街中に移動した後。森へ向かうところから始まった。

 完全な一人称視点。かつゲームとは違い一歩動くごとに微妙に映像が揺れる為耐性の無い者なら酔うだろう。

 事実余りゲームをやらない霧生は若干酔いかけている。

 そうして映像が進み、記憶は高橋が男と遭遇し、蹴り飛ばされたところまで進んだ。


「……兄さん」


 大きいはずの理恵の声が、小さく呟かれた。

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異能物語 Libro @gurai

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