闇の声
闇の中から響くような声。
真っ暗で何も見えないところから、周囲から……三百六十度全てから声が聞こえる。
先ほどまでの森は何処に行ったのか。疑問を抱くことすらできない。
『このままでいいのか?』
知らない声だ。聞いたことも想像も出来ない声が高橋に語り掛ける。
『ほら、今も不知火さんが死にそうじゃないか。突如現れた男の手によって、その儚い命が散ろうとしている』
見れば、声の言う通り不知火が苦戦している。
炎は強い。今の高橋が出せる炎よりも何十倍もの温度と威力を持つ。
それでなお、炎は男の皮膚一つ焼かれない。煤一つ付くことなく男はその拳で不知火を殴り続ける。
単純な回転速度が違う。不知火が一度殴る時間で男は三度殴れる。
最初は攻勢に出ていた不知火は既に防御に回っている。その炎の剣で男の拳を防いでいる。
剣だけでなく体も動かして回避し、足を使って拳を防ぐ。人外の──オリンピックの選手などが子供に思える身体能力と炎で速度を得られるからこその戦闘手法。
それでなお男に届かない。
如何に森というフィールドと周囲にバレてはいけないというヴァリアント所属の枷があるといっても男のそれは凌駕する。不知火の力を嘲笑う様に男が満面の笑みと共に不知火の顔を、胸を、手足を殴り続ける。
『ほら、急がないと。君の力を使ってあの悪しき男を打倒そう!』
声が叫び──
「知るかボケ」
高橋は斬って捨てた。
この声が何なのか。知らんどうでもいい。重要なのは不知火が危険だと言うことだけだ。他のことは知らん。
世界に色が戻る。暗かった世界が光る。
実際に夜の闇が太陽の光に負け、世界が照らし出されんとしている。
あれほど痛かったからだが何故か動く。しかしそんなことは関係ないと刀を杖代わりにして立ち上がる。
戻った視界で正確に見れば不知火は謎の男と戦闘し、傷ついている。
一つ一つは小さな傷。だが小さな傷でも集まれば致命傷に届く。現に男が更に速度が増すというのに不知火はそれに追いつけず更に傷が増えていく。
一歩、高橋は進んだ。
草を踏む音がするも、男と不知火は気づかない。気づけない。
自身が繰り出す拳が奏でる人を傷つける音に快感を感じている男と、戦いに集中し炎を出さんとしている不知火では。
──跳躍。
そう表現するに相応しい速度で高橋は動く。
先に気づいたのは男だった。余裕をもって不知火を嬲っていた男は不意に近づいてて来る高橋に気づいた。
男が反応することで不知火もまた気づいた。倒れていた高橋が何故か動けていると。
硬直。二人が同じように眼を見開き止まる。
次に動いたのは男だ。右手を上げ振り落とされる刀を受け止めんとする。
男は自身の異能を用いれば問題ないと判断する。不知火はその刀では斬れないと焦る。
「──あぁぁ!」
高橋が叫んだ。
叫びと共に刀を振り下ろし、防がんとした男の腕を切り裂く。
「……はぁ?」
男が間抜けな声を出し、両断された。
腕が真っ二つに斬られ、片割れが地に落ちる。
断面からは血の代わりに黒い煙が吹き出し、男に痛みを与える。
「なっ──」
男が痛みに顔を歪め、後ろに跳躍する。
それを見た高橋も"何で斬れた"と疑問を露にした。
高橋から数メートル。跳躍一つで離れた男は半分に斬られた腕を見て顔をしかめた。
「ちっ。おい……あぁ?! クソが! ……」
一人百面相。誰かと会話しているように男が声を上げ、突如顔が真顔になる。
「……今回は引いてやる。次は無い」
「っ! 逃がすとでも!」
逃げようとする男に対し、不知火が炎を構える。
「いいや、逃がさる負えないんだよ」
男が口元を歪めた。
「なにを──」
高橋がその首跳ねてやると叫びそうになり、流石に抑える。
それでも刀を構えるが、それより先に男が動く。
「お前たちはこれを倒すのが使命なんだよな?」
男の影が動いた。
本来ならば動くはずの無い影が男の眼前に動き広がる。
異能による攻撃。二人はそう判断し防御の構えを取る。
「出てこい。ビジター」
影から異形が湧き出した。
巨大な人型のカエル。ただし口から涎を垂らし、人の様な歯が生えている。
巨大な人。頭部は牛のそれと同じ。かつ足も牛という異形。
影の塊。真っ黒な人型。
男の影から湧き出したのはビジター。何処からともなくやってくる人を喰らい殺す怪物たち。
「なっ──?!」
「うそだろおい?!」
ビジターのうち一体が影から抜け出し不知火に襲い掛かる。
それを不知火は即座に炎で迎撃。灰にする。
「数が多い!」
叫び、高橋が刀でビジターを両断する。
これまでの経験。数度しか使っていない高橋の異能。
何故炎を纏えるのかは分かってはいない。だがビジターを切り裂く力には説明がついた。
高橋の異能は"対ビジター超特化"。ビジターに対してのみ力が増す。
鋼鉄以上に固い体を持つビジターであろうと、高温の中気にせず動けるビジターであろうとビジターならば問答無用で切り裂けるという霧生に次ぐ異能の持ち主。
だからこそ高橋と不知火は混乱した。このようにビジターを切り裂けるのはわかる。だがあの男相手に斬れたのは何故かと。
「じゃあなクソども! 次がてめぇらの終わりだバーカ!」
子供の様な罵倒と笑い声をあげ、男は影から這い出た巨大な──車以上に大きいカラス型のビジターの足を掴みとった。
「待て!」
不知火の叫びも空しく、男はビジターと共に飛び去った。
「ごめんこっちヘルプ! 助けて!」
追撃に炎を飛ばそうにも、高橋はビジターに押しつぶされそうになっている。
如何に超特化型の能力を持っていようと持ち主は弱い。
「……やられた」
ぎり、と不知火は歯を噛み締めた。
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