異形の姿

「——なにそれ?!」


 視認した不知火が叫ぶ。

 先ほどまで刀を振るっていた同僚が突如として異形の姿に変貌した。混乱しない方が可笑しい。

 それに対し高橋は自身もよくわかっておらず、叫ぶ。


「しラん!」


 驚愕に驚愕で返し、不知火が更に驚く。


「いマなラいケる!」



 全能感。これまで水中に居たかのように重かったからだが軽い。

 あるいは本来の力。出来て当然のことが出来るように戻った感覚。

 言葉では言い表せない感覚を胸に、高橋はどん、と地を蹴り異形に接近した。


「——」



 超高速。

 不知火やこれまでの高橋を遥かに凌駕する速度。

 その動きに不知火は目で負えない。

 気づけば高橋が異形の眼前まで迫り、刀を振るっている。


 しかし高橋が異形の力を行使しているのならば異形は元から使っている。

 即座に異形は咄嗟に腕を交差させ、刀を防ぐ。

 ──異形が叫んだ。


「AAAAA!」


 腕がぼろぼろと、鈍器で殴られたかのように抉られた。

 形状は刀。そのはずなのに何故と高橋と不知火二人が混乱するが考えるよりも先に体を動かす。

 はじめて、異形に通じた。

 自身の異形となったからか、あるいは全力で振るえたからかはわからないが、刀は異形の腕を鱗を貫通し砕いた。

 異形が腕を振るい、刀が弾かれる。

 腕からは血が飛び散り鱗もまた飛散する。

 幾つかが高橋に当たるも、高橋も現在は異形。ならば無視できると異形が痛みに悶える中動く。


「オラァ!」


 そこに高橋が正拳突きを放った。

 刀を握ったまま。右手で放つそれは異形の顔面に当たる。

 異形の──痛みに悶えたままの姿では防御も回避もできず綺麗に。


「──」


 異形が正気を取り戻し、翼を動かし飛翔。

 空へと飛びあがり、砂ぼこりが舞う。

 風が強く吹くが二人には問題ない。だが視界の邪魔にはなる。

 異形はそのまま腕をだらんと下げたまま、飛翔し逃げ出そうとする。

 しかし腕の痛みがとれておらず──そもそも痛みに慣れていない。血も流れている以上まともな飛行などできようも無く。


 そこに、高橋が追撃を入れる。


 "今の自分なら出来る"という謎の確信があった。

 異能の本質は自分を疑わないこと。出来ると信じてやまないことだと不知火は言った。ならばできるのだと──出来て当然だと思った。


 異形と同じく翼を動かし、足に力を込めて跳躍。

 異形よりも遠くに──小さな森の木々の遥か上にまで飛び跳ねる。


「……天使?」


 満月を背にした高橋を見て、不知火はそう、呟いた。

 天使ではないだろう。どちらかというと悪魔。

 全身に鱗が生え、頭部からは山羊の様な角。尻からは蜥蜴の尻尾。背中には蝙蝠の鍔さ──どう見ても悪魔だ。

 しかしそれでも、不知火には──天使に見えてしまった。


「終わりだ!」


 鱗が生えた足を掲げ、かかと落としを放つ。

 綺麗に頭部に当たり、滞空していた異形に命中する。


「OOOOOOOOO!」


 防御も、回避も、受け身を取ることもできず。

 異形はただ、月をその目に移し、地に落ちた。




 ■


 風から身を守る為、不知火は炎の壁を作る。

 球状──地に落ちたことによる所撃破。及び砂ぼこりから自身を守る為の炎。

 数秒で沈黙し。異形もまた倒れ堕ちた。


 そこに、翼を器用に動かし、ゆっくりと降りてきた高橋が呟いた。


「……こレどウしヨう」


 突如発生した異形化。

 自身の能力か、あるいは異形の異能か、見知らぬ何かの影響か。

 理由はこの際置いておくにしても異形のままというのは非常にまずいだろう。


「その姿のままじゃまずいわね……」


 異形となった者はほぼ自我が無いように思われた。

 恐らくは長時間異能を行使しづつけたことによる弊害だと思われるが、もしこの変身が異形と同じものだとすると非常にまずい。

 解除方法も不明。なら出来ることは即座に拠点に戻ること。だがいつまで自我が保つかわからない。


「ていうか、それなんで変身したの?」


「わカらン」



 ごく普通に、何が何だか分かっていない不知火は問いかけたが、その答えは高橋にもわからない。

 高橋潤の力は現状よくわかっていない。

 刀の生成と炎を纏うこと。それが現状の高橋の能力とされている。

 しかし実際は違う──というのは稀によくあることでもある。これまでつかっていた能力が実は本当の力の一部だけだったという事例は幾つかある。

 例として挙げれば綺羅光の魔法少女。あれは本人の能力を行使して魔法少女に変身する。"魔法少女になって力を使う"のではなく"力を使って魔法少女になる"という訳だ。

 この場合別に魔法少女にならなければ力が使えないということはなく、普通に使える。

 魔法少女への変身はただの趣味でしかない。

 ならば異形への変身も含めた一つの能力だったのか。あるいはもっと違う何かか──


「なんかこう……刀を消すみたいに戻れない?」


「そンなカんタんに……」


 出来たら苦労はしないと、高橋は言われるがまま刀を消す感覚で異形から戻れないか試す。

 能力の実験はこれまでで繰り返している。刀の生成と削除は呼吸をするのと同じように出来ている。

 するとあっさりと、簡単に──苦労することもなく。鱗が消え、角もぽろりと落ちて灰となり尻尾は先端から灰となって消える。


「……戻れたな?」


 なんで、と思いながらまぁいいかととため息を付いた。

 消えなかった刀も消し、不知火に向く。


「んで、これからどうする?」

「そうねぇ?」

「どうし……えぇ?!」


 上ずった声を上げた不知火に、どうしたと声を上げれば高橋も驚きの声を上げる。


「えっこれ……えっ?」

「ちょちょちょっと高橋君大丈夫?! 何ともない?!」

「おおおうおうちょっとまってまってまてね!」


 混乱しながら、刀を消し体をべたべたと障る。

 触るのは胸、尻、そして股間。

 異形への変身の影響で服が破れ、服ではなく素肌を触ってしまっているが問題は無い。


「ヨシ! 問題ない!」

「セーフ!」


 思わず二人ともガッツポーズをとってしまう。


「……じゃあこれなんだろ?」

「……さぁ?」


 二人が疑問の眼を、横たわった、変身が解けた異形だった女に向ける。


 そう、


 消えたのは男子生徒。そして見つかったのは全裸の女。

 どういうことか。まるで訳が分からない。

 消えた男子生徒と関係ない異形だったか、或いは異形に変身した影響で女になったか──


「とりあえず、転送してもらいましょう」

「だなぁ、とりあえず本部に電話を……スマホがねぇ」

「あー、私が電話するわ」


 変身した際、ズボンなども破れてしまった為、スマホを何処かに落としてしまったらしい。

 じゃあその間にスマホを探して来る、と高橋がその場を離れようとする。


 不知火が取り出したスマホに、何かが当たりカンという甲高い音が響いた。


「なっ?!」


 手を離し、スマホを墜としてしまう。

 まだ取り出しただけで通話すら開いていない、画面が光ったままスマホを無視し不知火が即座に炎の壁を生成する。

 咄嗟に、何も考えず高橋が炎の壁の後ろに走る。

 間一髪、高橋が壁に入ると同時に何百もの──小指程度のサイズの弾丸が森の向こうから跳んでくる。


「グっ……ぬっ──」


「クソ! どこからだ!」


 高橋が刀を再生成し、構える。


「——もうだめ!」


 パリン、とガラスが割れるような音が響く。

 咄嗟に貼った炎の壁は、何百という弾丸に耐えれるほど頑丈ではなかった。

 炎が消え、向こう側から巨大な──先ほどまで放たれていた弾丸を優に超える。バスケットボール程の赤い砲弾が放たれて不知火に直撃した。


「不知火さん!」


 不知火がうめき声をあげ、遠くに──高橋から何メートルも離れてしまう。

 思わず駆け寄りたくなるのを抑え、刀を正面に構え、次の襲撃に備える。

 しかし待てども弾丸が来ず、変わりに足音が響く。

 音は明らかに人間。草を踏みつぶす音と草木をかき分ける音が静寂に響いた。


「——聞いていた話と違うな」


 現れたのは、男だった。

 暗闇のせいで顔はよく見えない。

 高橋よりも高い身長——凡そ180cm程の長身。衣服も黒く夜の闇ではよく見えない。

 ゆっくりと、緩慢ともいえる程の速度で歩き、遂に高橋にもその全容が認識できる程近づく。

 相手が何か、ビジターか──そう思っていた高橋にとって非常に意外な者が現れた。

 何処にでもいそうな恰好をした人間。黒い髪と黒い眼を持つ者。

 高橋や不知火と同じ日本人──それが襲撃者の正体。


「にん……げん……?!」


 相手の姿を認識した高橋が困惑の声を上げる。

 現れたのは人間——しかも、日本人。

 何故? どうして? 思考が遅れる。

 刀を握る手から力が抜け、どういうことだと一歩足が無意識に後ろに進んだ。


「邪魔だ」


 どん、と男が急に──人間ではあり得ない瞬発力で接近し、高橋に回し蹴りを放つ。

 攻撃された、という事実に気づくことなく高橋はノーガードで受けてしまう。

 刀が手から零れ落ち、遥か遠くにサッカーボールの様に蹴り飛ばされる。

 射線上に木があり、止まることは出来たが木が無ければ遥か遠くに飛ばされていたであろう威力。


「ああああ!」


 痛みで叫ぶ。

 口を切り、口から血がたらりと流れ、腹が痛いと抑える。

 骨が折れたか、あるいは内臓がイッたか。高橋は自己判断も満足にできず、痛みにただ悶えた。



 森の中心は開けた場所。そこに居た高橋から最も近い木でさえ凡そ十メートルは離れている。


(いたいたいたいたいたいたい! なんで俺がちくちょう断っとけばよかったクソが何が目的だいたいたいちあちあちああつい!)



 ほんの少し前まで戦いとは無縁だった。戦う相手は異形だった。

 明らかな人外。化け物をしたモノ。倒せば灰となって消える現実感の薄い怪物たち。

 ならば人に蹴られたという事実は高橋の心に傷を与えるのに十分以上。喧嘩もろくにしたことの無い少年はただ痛みに悶えるしかない。


 しかし不知火は違った。


 拭きとばされるも、手足に炎を纏い推進力とし男に急接近。

 男は驚愕に眼を見開くも、手に黒い──夜の闇より暗い何かを纏い、不知火の拳を防いだ。


「なんだお前」


「こっちの台詞よ!」


 空中に不知火は滞空。更に威力を上げる。

 炎が空気を焦がし地面の草木が燃え始める。

 極熱の中。男は何ともないように振る舞う。

 不知火もまた自身が炎を出している以上何ともない。だが常人なら既に皮膚が焼け落ちる温度の中普通に動ける男に何者かと思案する。


 そんな迷いなく動ける不知火を見て高橋は小さく「なんで」と呟いた。

 そもそもが不知火は高橋と違い戦いに慣れている。

 それこそ異能に目覚めた幼少期からビジターと戦い続けた。

 その中には無論対人戦というのもある。だが殺し合いをしたことは流石に無いが、それでも不知火は痛みに耐性がある。故普通に動ける。


 だが高橋にそれは無い。これまでごく普通に過ごしてきただけの少年。

 高橋は確かに特別だろう。常人ならば持ちえない力を持ち、たった数日で異形と戦える精神を持つという特別。

 それは特別ではある。だが希少ではない。少なくとも不知火の様な幼少から鍛錬し、鍛え上げた体と精神には及ばない。



 一瞬の呼吸を置き、不知火が蹴りを放つ。

 右足から炎を噴射し威力を強化。滞空したまま──左手が男に握られたまま放つ蹴りだ。

 それは当たることなく、男が不知火の手を離し、後ろに跳躍することで回避される。

 不知火も炎の威力を弱め、地に降りる。


「──クソ面倒だな。嬲り殺そうか」


 腰を落とし、男が構える。


(──殺すという単語が出てる。てことは相手は慣れてる? あるいは異能に振り回されている?)


 この異形の様に、と不知火は判断する。


「──ちっ。わかってる。このクソアマぶっ殺してしまいだ」


「何を!」


 不知火が手の平から炎を生み出し剣の形に変える。

 そのまま手足の延長の様に。男の首を墜とさんと振るう。

 それに対し男も拳を振るい、剣を迎撃する。

 炎の熱が拡散し、火の粉が草や木に降り注ぐ。


 二人ともそんなの知ったことかと拳と剣を交差させ、戦う。

 その中、高橋はただぼーと見ることしかできない。許されない。

 単純な技量。身体能力。経験。全てが無い以上加勢しに行っても邪魔にしかならないと分かっているから動かない。


『本当にそれでいいのか?』


 そんな中、声が聞こえた。




ーー

後書き

久しぶりの更新すみませんでした。

更新再開します

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