障壁
「失礼します」
何時になく、緊張した声と共に扉を開ける。
開けた先は会議室、ラウンドテーブルに幾人か座っている。
一人は日本の総理大臣、初老とでも言うべき年だが、その年に見合った貫録を醸し出している。
一人は同じく日本の超常現象対策課のトップであるまだ若い男……ようするにヴァリアントの日本支部管理局長だ。
もう一人は外国の外務大臣、ウォードと同じ金髪の女性だ。
この中では最も若く、肌につやがある。
「来たか、ウォード君」
座りたまえ、と手招きされ大人しくウォードは座る。
「早速だが……高橋君と不知火君の仲はどうだ?」
総理大臣の奇妙な質問にたちの悪い親戚みたいだな、と若い男が空を仰ぐ。
しかし見えるのはコンクリートの天井だけだ。
「仲はまぁ……悪くないですが、まぁ恋愛的なモノはないですね」
「なん……だと……」
総理大臣が仰々しく反応する。
「しかし、そこまで焦る必要があるのですか?」
「あるから困るのだ」
はぁ、とため息と共に手元のリモコンを操作しスクリーンに画面を移す。
投影されたのは出生数だ。
年々出生数は右肩下がり、昨年度には遂に八十万程度にまで下がってしまっている。
「この出生数の減少……どうにかしなければ、人類が滅ぶ」
総理大臣の言うことは誇張でも何でもない事実だ。
年々出生数は下がり続けている。
生まれる人間よりも死ぬ人間が勝る、勝ってしまう。
そしてこの現象は説明が付かない。
いや、ビジターや異能を知る者ならばそれらが原因かと思ったが、そうではなかった。
単純な生殖能力の劣化、それが原因だ。
そして理由は推測する限りビジターが原因。
そう、推測だ。
日本政府は勿論、アメリカもドイツもロシアも具体的な原因は分かっていない。
適当な一般人を解剖しても結果は異状なし、ビジターの影響かと思えばビジターはそもそも解剖も調査も不可能。
一応ビジターが原因と目されるのはビジターが出現する都市は軒並み出生数が下がるから、というのみ。
事実ビジターが出現しない地方の田舎が国の首都の出生数に勝った時は『なんの冗談だ』と嘆いた。
そしてその解決方法として挙がったのが『異能力者同士の婚姻』である。
言い方は悪いがようするにお見合いである。
どういう訳か、大方異能が影響しているのだろうが異能力者はこの生殖能力は劣化しておらず、普通に子をなすことが可能だ。
しかし異能力者は普通には増えないが……『血統型』ならば話は別である。
血統型は子全てに異能が受け継がれる、ならば血統型が結婚し子を作りまくればいいのでは?という徹夜三日目ぐらいに頭の悪い計画である。
流石にこれはメインの計画ではなく、別途——論理には反するがクローンや試験管ベイビー等の計画も立っている。
「その話は置いておいて、どうです?例の連中は」
「……まだ調査中だ、大方の拠点はわかったのですが――」
ぴっと、モニターが切り替わる。
映ったのは何処か遠い国の森林地帯だ。
人の手が入っていないのだろう森には野生の獣が多く潜んでいる。
いや、よく見れば野生の獣だけではない、異形の姿をした者達——ビジターが潜んでいる。
姿は共通した異形だ。
蛇の様に細長い体、頭部らしき部分は巨大な緑色の眼球。
細長い毛が全身を覆っている。
そしてそこには、ビジターを使役する人間が……複数。
全員フードを被っている為性別も顔もわからないが、これだけの人数ビジターを操る存在というのはこれまで例のないことだ。
ビジターを操る異能そのものが前例がない――と言っても異能にそんなものは関係ないが。
「戦力はどれだけ?」
「——現状の異能力者だけじゃ無理だな……霧生君はどうだ?」
霧生和之。
現存する異能力者で最強の存在。
日本以外にも異能力者は数多くいるが、その中でも最強と呼べるのは霧生のみだろう。
「無理でしょう……彼ならば全員殺すことも可能でしょうが、確実に撃ち漏らしがでる」
馬鹿正直に突っ込んでくるのなら霧生一人で充分だ、彼は理論上は空母だろうが戦艦だろうが文字通りの『国の首都』だろうが真っ二つにできる程の力を有する。
しかし彼は範囲攻撃が無い。
万が一、相手が空間移動系の異能や絶対回避や防御系の能力を持っていた場合、霧生一人では逃がしてしまう。
そしてその戦いについていける異能力者は現状たったの二人。
ヘレン・ウィア・ウォードとアメリカのアンノウンのみ。
――そう、ついていけるだけだ。
肩を並べて戦える程の実力ではない。
いや、ウォードの全盛期ならば彼に勝るとも劣らぬ力を発揮できただろうが、もう歳だ。
外見年齢こそ若いが、実年齢は八十近い老婆だ。
如何に異能によって力を保持し続けているとしても、年齢による衰えはどうしようもできず、異能とて劣化していっている。
馬鹿正直に霧生に斬りこませても討ち漏らしがで、かといって包囲殲滅するには異能力者の数が少ない。
ビジターはこちらの事情など知ったことかと街に湧く、それらに対処する必要がある以上避ける人数は限られる。
「どうしたものか……」
「どうしましょうね」
総理大臣と外務大臣が嘆く中、ウォードは違うことを考える。
(違う、これではない……私が夢見た絶望は――)
最近、ウォードは同じ夢を見る。
それは空が割れ、異形の者達が降ってくる夢。
触手に覆われた異形、巨大な骸骨とそれに従う骸の兵士。
空を自在に移動する巨大な船に乗った黒い骸骨。
狂乱する民衆に嘆き叫び喜び自害する一般人。
眠れば夢に襲われ、満足に睡眠すらできない地獄。
地が砕かれ、人とも異形とも呼べないナニカか来訪する。
その完全に同じ夢をウォードは繰り返し繰り返し繰り返し見続けている。
そしてそれは魂に刻まれている。
いずれ来る終焉を防ぐため、ウォードは決意を固めた。
■
「何をしている?」
遠い何処か。
じめじめとした暑さに覆われる昼の中、女が男に問いかけた。
和風——昭和初期のような建物が並ぶド田舎の川に、男と女が居た。
男は奇怪な、左右で色が違うという衣服を纏っている。
女は更に異様だ、髪は肉の様に赤く、うねうねと自我を持つかのように蠢いている。
更には衣服は一切着けておらず、可憐な体をさらけ出している。
普通ならば通報されるような恰好をしているが、誰も通報しない。
いや、それどころか徘徊している老人も、誰も彼も彼女たちを気にしない、目にとめない。
如何に田舎であろうと誰もが――十人中十人ぐらいは振り返る程の美人だというのに、そこに居ないかのように気にされない。
「見てわかんない?釣り」
男がぶっきらぼうに答えた。
視線を少し下げれば、確かに釣り糸を川に投げ入れている。
餌は生きた人間の頭部。
先ほどまで徘徊していた老人の頭部だけが、不可思議な力によって頭部だけでも生存できるようにされ釣り餌にされている。
「……悪趣味だな」
「君には言われたくないよーだ」
「んで、君の方の趣味は終わった?」
餌が足りんなぁ、と男は呟く。
はぁ、と女がため息と共に指を鳴らし、空から人の死体が川に降り注ぐ。
ぼとぼとと音を鳴らしながら落ち、川に住む魚が何事かと飛び跳ねる。
「答えろ、お前、私の世界で何をした?」
じろり、と女が男を睨む。
「お前もわかってるだろう?今のやり方じゃぁ、望むモノは来ないって」
「……む」
「ただただ、何が起こるか既にわかってることを繰り返すだけ、それじゃあ同じ結果しかでない」
お、と釣り竿に魚が引っかかる。
「だから俺がかき混ぜてやったのさ、ぐるぐる回してこれまで入れたことない薬物ぶち込んだだけさ」
「——それで世界が壊れたらどうする」
「その時はその時……さっ!」
ざぱん、と川から巨大な龍が飛び出す。
青い鱗に覆われた、魚のような頭部を持ち、蛇のような胴体を持つ異形——ビジター。
ぎょろり、と全身の鱗から眼球が飛び出る。
「ほーれ、行ってこーい」
男がそういうと、ビジターは自由に飛んで行った。
■
『——次のニュースです、〇〇県〇〇市にて、全身を強く打ち付けられた遺体が複数発見されました、警察は複数人による犯行と――』
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