閑話 地下施設
高橋潤が霧生、理恵と話した数日後。
ヴァリアント施設地下。
暗い部屋だ。
天井にはいくつか灯りがつけられているが、意図的に幾つかつけられておらず、暗い状態になされている。
特定のキーコマンドに指紋認証に色彩認証、その他幾つもの認証を挟んだ上、まだ正式に挙げられていない『魂』の感知システムを応用したセキュリティに覆われた施設の心臓部。
そこに一人の男がぼーと、モニターを見つめている。
痩せている男だ。
少し猫背で眼鏡をかけた、枯れ木のような若い男。
だがその瞳だけは力強く輝きモニターを見つめている。
モニターの横には幾つものハイエンドPCにケーブルが繋がれ、機能を増強している。
ひと際大きい、男が見つめているモニターにはまだ幼い少女の上半身のみが映っている。
他にもアームが伸び、底には同じようにモニターが付いていたり妙な機械がつけられてるもの、チェンソーにマシンガンという明らかに敵を警戒した物もある。
パチリ、と少女の映像が動き出す、
「お兄ちゃん、おっはー!」
「ああ……おはよう、理恵」
「……私、どれくらい寝てた?」
「……三日と十八時間十八分、かな」
「そっかぁ……もう長くないのかな」
「——まだ、まだだ!必ず、理恵を助ける異能を――!」
「にゃははは、いいよ、お兄ちゃん……こうなった時から覚悟はしてたんだし」
「……だけど、それじゃあ!」
「ありがとう、お兄ちゃん――私は、大丈夫だから」
そう言い残し、理恵はまた眠りについた。
「……
声を掛けられ、男……紫電修平が振り返る。
ぽたぽたと、大粒の涙を流す男に剣を二つも背負い、仮面を着けた男——霧生和之が立たずんでいる。
「
涙を手で拭いながら、修平は振り返る。
「……すまない、俺がもう少し早ければ……」
「過ぎたことを言わないでくれ……和之……お前が悪い訳じゃないんだ……」
紫電理恵。
彼女は元は人間だった。
いや、人間だったというのは少し語弊があるだろう。
生身の肉体を失い、電子データになっていようとその魂はいまだ『人間』の物なのだから。
かつて、霧生がビジターを倒すべく向かった先は住宅街だった。
高橋潤が初めて向かった先は公園だったが、むしろそういったことの方が珍しい。
ビジターは人目に付きにくく、かつ人が近い所に現れる。
それは路地裏だったり地下だったり下水道だったりと様々だが……それは置いておこう。
霧生はビジターを狩り始めて約半年たっていた。
油断していた訳でも、慢心していた訳でもない。
いつも通り『ビジターを殺す』と暗い殺意と共にビジターがいる場に向かっただけだ。
ただあえて言うのなら……運が悪かった。
「……これは」
血であった。
まだ乾いてない、粘着いた血だ。
力を手にしたばかりの頃、無理な戦い方をしたせいで嗅ぎなれて――されど最近は忘れていた匂い。
血の池の中、三人が横たわっている。
一人は少年、恐らくは眼鏡をかけているのだろうがうつ伏せで状態はわからない。
二人はまだ幼い子供だ、霧生の足程度の大きさしかない。
少女の服を着た者に男が手を伸ばしている。
こちらは仰向きだが……一目見てわかる、致命傷だ。
不細工に、まるで鋸で力任せに切ったかのように上半身と下半身で切り分けられ、内臓がはみ出している。
切断された少女に向かって、うつ伏せの少年が左手を伸ばしている。
右手には画面が割れたスマートフォンを手にしている。
もう一人は男の子だろうか、上半身裸だが少年と同じようにうつ伏せで顔はわからない。
だが体中に小さい傷がついている。
致命傷になるような外傷は見受けられない。
サクり、と草を踏む音が家に響く。
庭の壁を、家の壁を外から壊されたのだろう、瓦礫が家に向かって飛び散っている。
霧生は壊された所から、家の中に侵入する。
最初、瓦礫によって血が流れているのかと思ったが違う。
瓦礫はいっそ綺麗な程に血が付いておらず、綺麗なままだからだ。
「なにが――」
あった、という言葉は男の子に遮られた。
「ギギギ!」
叫びながらビジターが跳躍する。
何処から現れた、と思えば男の子がいなくなっている。
なるほど、男の子だと思っていたのはビジターが擬態していたのかと霧生は振るわれた腕を剣を取り出し防ぐ。
空中という踏ん張りが効かない場所なのに恐ろしい力だ。
「ちっ……!」
緑色の肌に天狗の様に伸びた鼻。
両腕がチェンソーに変わり、ギャリギャリと機械のような音を鳴らしながら刃が回転している。
振るわれたのはビジターの右腕だ。
しかし威力はないのか霧生の剣には傷一つ付いていない。
それを察したビジターが左手で体を狙うが――
「邪魔だ」
ぶん、と剣を振るう。
常人ならば一振りにしか見えない剣はビジターを幾千に細かく切り分ける。
ビジター相手に剣というのは通用しにくい。
腕を斬り落とそうが足を斬ろうが、独立して動き出すからだ。
だから本来はハンマーなどの鈍器による圧し潰し、或いは炎等で粉微塵にするのが望ましい。
そしてそれを霧生は剣一本で成し遂げたのだ。
これは霧生の『異能』もそうだが……何よりも恐ろしいのは『剣』でここまでできるまで鍛え上げた霧生の執念か。
粉微塵にされたビジターは断末魔一つ上げることなく灰となって消えた。
剣を背中の鞘に戻し、二人に近づく。
少女は見るまでもなく即死だ。
だが致命傷が無い少年ならば……そう思い、少年に手を伸ばす。
「ヤメテ!」
そこに、声がかかる。
音の発生源は……少年が握っているスマートフォンだ。
スマートフォンが光り、音声を出している。
画面は白く光っておりわからないが、そこから抑揚のない、機械音声が喚きだす。
「
その言葉に、"お兄ちゃん"と呼ばれた男の腕がぴくり、と動く。
「……ッ、まだ……!」
生きているのか。
最初に腕が動き、次に足が動き……うめき声を漏らす。
「……アアァァ……り……え……」
ぴくぴくと動く少年に、声をかける。
「——安心しろ、俺が助ける……!」
男にそう声をかけ、懐から携帯電話を取り出す。
「俺だ、怪我人を見つけた、転送を頼む」
霧生が電話相手にそういった数秒後、紫電修平はその手に握るスマホと共にヴァリアントに転送された。
……大量の血痕と、バラバラにされた兄の両親と、抜け殻となった妹の死体を残して。
その一部始終を見ていた者に、霧生たちは気づくことはできなかった。
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