対人戦

「■■■■!」


声にならない叫びを上げる。

唯の声に過ぎないはずのそれは戦になれた不知火に恐怖を与え、木々が揺れる。

ドン、と獣の様に四足で異形が駆ける。


上に、下に左右に。

森の中という狭いフィールドを、木々を跳躍して縦横無尽に駆け巡る。


「――ッ」


ガキン、と生成された刀で異形の拳を防ぐ。


「めんどう……ねっ!」


速い。

対峙した二人の思考が重なる。

これまで何度か戦ったビジターよりも速く、目で追うことすらできない。

どうにか残像をとらえることで防ぐことはできるが、防ぐことしかできない。

この手の超スピードで動く相手への対処は幾つかあるが、今二人が取れる手段は一つしかない。

超スピードで動こうが回避できない超広範囲攻撃。

それしかないが、それができない。


フィールドは森、更には時間は夜というのが邪魔をする。

現在広範囲攻撃ができるのは不知火唯一人、しかし彼女の攻撃は炎だ。

この速度で動く相手に通じる規模となると、大火力が必要になる。

それ自体は問題ないが、夜に炎となれば真っ赤に輝く。

まず炎で森が焼け落ちるだろう。

いや、それ自体でも被害はでるがさほど問題ではない。


問題は、目立つということ。


大火力を放てば遠く離れていても目視できる程に目立つだろう。

夜の闇を照らす炎、となればSNS全盛のこの時代、必ずスマートフォン等で撮影しネット上にアップロードする者が現れる。

ヴァリアント側も対策は講じているが、一度電子の海に投げられたモノを削除するのは不可能だ。

初期の初期、かつ挙げられたのが一つだけならばまだどうにかなるが、複数人が同時に上げようものなら不可能だ。


「やっかい……ねっ!」


不知火が跳躍し、異形の牙を避ける。


二人とも、これほどとは思っていなかった。

如何に感情によって力が増幅されていようが、所詮は死にかけの人間だと油断していた。

不知火は言わずもがな、高橋も訓練に戦闘を重ね、戦闘能力は高まっていた。

だからこその油断。


『自分たちなら何とかなるだろう』という慢心。


ちらり、と横目で高橋を見る。

持ってきた異能を込めたスタンガンを取り出す暇もない。

何とか両手で刀を構え、時折突撃するのを防ぐので精一杯だ。


一方不知火は何もできてない。

異形の状態で知性があるのか不明だが、一度炎を当ててからは近づけば燃やされるとわかっているらしく、少しも近寄ってこない。

不知火に近づくのならば規模を抑え炎で倒すことができるというのに、精々が威力を抑えた炎を放つぐらいしかできない。

威力を墜とすと当たっても意味が無かったり、そもそも超スピードで動くので辺りもしないことが多いが。


(——やる、か?)


ここは郊外だ。

人気の無い畑の奥地であり、一目というのはほとんどない。

だが少し歩けば住宅街がある以上、人目を避けなければいけないヴァリアントの一員としては大火力は出せない。

大火力を出せば炎で見られる可能性は、まぁ高い。


だが一瞬、ほんの一瞬異形を倒す程度の炎なら、誰にも見られずに済むかもしれない。

希望的観測が大いに含まれているが、このままじわじわと嬲り殺しにされるよりは――


「もう……!少し!待ってください!」


炎を出そうとした不知火を、高橋が声を出して止める。


「——長くは待たないわよ!」


炎を出し、牽制しながら答える。


「はい!!」



(後、もう少し)


刀で防ぎながら、高橋は考える。

『何かができる』という確信が、高橋にはあった。

かつて、異能の訓練時に教えられたことを思い出す。







「異能を使う際に重要なのは『自分ならできる』と思い込むことよ」

「……はぁ」


かつて、何度かビジターを倒したばかりの頃、不知火に異能の訓練をしてもらったことがあった。

はじめて刀を生成し、嘆いた体育館で二人は対峙する。


手の平に炎を生成しながら、不知火が言う。


「かつて、異能を研究していた者はこうのこした『異能とは、己の理論で世界を書き換える力』と」

「なにその中二病」


ごほん、とワザとらしく咳晴らしいながら、不知火が顔を少し赤めながら言う。


「……とにかく、異能の制御だとか、強化方法だとかはこの一言でしかない

『自分が正しい』、そう思い込むことこそが、『異能』なのよ」




「おれにはぁ――できる!」


叫び、刀を振るう。

奇跡、偶然、あるいは必然。

これまでその拳しかぶつかっていなかった刀が、どうしてか異形の腹に当たった。

無論当たったと言っても、ただ撫でるだけに終わる――はずだった。


「——は」


何処か間抜けな声を、不知火は漏らした。

遠くから見ているからこそ一番に気づいた。


「——?!」


異形が、飛びのく。

異形の体から、何かが出ていく。

それは砂のようでも、粉のような、霧のような――形容しがたい何か。

緑、黒、赤、三種の色の塊が高橋に纏わりつく。


「おお。オオ、OO!」


変化は直ぐに現れる。

粒子が集まり、高橋の体が変化する。

足が変化し、靴が裂けズボンが裂け蜥蜴を模したような足となる。

腕が膨張し、鱗が生え爪が突き出た異形の腕となる。

背中から蝙蝠のような翼が生え、頭部から山羊のような一対の角が突き出る。


眼前の異形のような、それよりは多少人に近い偉業に――高橋は変身した。

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