第3話

ひたすら森の中を歩きながら、リアスに色々な事を聞いた。

私の状態は、とりあえず記憶喪失だということで落ち着いた。朝起きたら自分の名前以外全てを忘れた……とんでもない状況である。でもきっと、「異世界転生」なんて言っても信じてもらえないであろう。


しかし、私は確信している。

これは正に「異世界転生」であると。

世界観は景色や服装、武器などを見る感じかなりのハイファンタジー。まるでゲームのような世界だ。経験値や属性値とかいうシステムなものは無さそうなので、ゲームの世界に吸い込まれたという訳では無いと思うけど。


しかし、異世界転生にしては不可解な点もある。

まずひとつ、私は死んでなんかいない。

部屋でゲームしてただけで死んでしまったら、あまりにも理不尽すぎる。為す術なさ過ぎる。

確かに白い光を浴びたが……あれが爆発による光とか化学の力による発光現象とかならば分かるが、私のモニターにそんな機能が備わっていたとは到底思えない。


そしてもうひとつ。転生した先の私がそのまま「私」だということ。

苗字こそ違うが名前も「ワカナ」だし、さっき川で水面に映る顔を見てみたが容姿は以前の私と全く同じだった。

茶色でボサボサの長い髪に赤色の瞳。服装は前述した通り違うけど、おそらく身体的特徴は完全一致している。


「ねえ、リアス。私って前からこんな顔?」

「ああ。見た目に変わった点はない。以前よりも随分抜けた顔をしているがな」

「抜けた顔、って……」


リアスは随分昔から、私のことを知っているらしい。

私に「旅に出よう」と突然誘われ、ついてきたのだと話していた。ここ数日間はずっと森の中を進み続け、食料は果実や魚を焼いて食べ、暗くなったら焚き火をつけ、夜が明けたらまた進む……それを繰り返していたという。


「旅って……何処に向かってるの?」

「わからない」

「わからないの?」

「ああ。私はお前に、旅をするとしか聞かされていない。目的や何処に行くのかは全くだ」

「ええ、それって……」

「お前が思い出さないと一生路頭に迷うぞ」


そんな無茶な。私じゃない人の考えを思い出すなんて不可能過ぎる。

どこかに記憶の欠片がないか……そう思って一生懸命考えてみたが、思い出せるのはゲームのイベントがそろそろ開催されるはずだとか、ストックしておいた新発売のカップ麺食べ損ねたとか、くだらない事柄しかなかった。


「目的がわかるまでの間、どうするの?」

「とりあえず……街に出てみようと思う。この近くに小さいが栄えた場所があったはずだ。旅人が集まるから、少しでも情報収集になればと思う」

「街?わあ、なんか美味しいものとかあるかなあ」


異世界の食べ物って、不思議な見た目だけど最高に美味しいみたいなイメージがある。のんきに空想を広げていると、リアスは大きなため息をついた。


「飯屋には寄らないぞ。他の店もだ。街を歩くときはこれを着て、しっかり顔を隠すんだ。私もそうするから」

「このローブ……え、なんで?」

「説明は後でする。いいか、絶対に顔を晒すな。分かったか?」


リアスの圧に負け、素直に返事をする。

言われた通りにローブをまとい、フードを深く深くかぶった。長い髪をすべてしまい込んだから、背中の辺りがゴワゴワして違和感がある。

リアスの意図は分からないが、こうやって顔を隠して歩くのは以前の生活でもよくやっていたことで、日差しから逃れられることに少し安心感を感じた。


その後、すぐに森を抜けた。先の道は坂になっていて、草原が広がっている。その更に向こう側に小さく塔や家の屋根が見えた。おそらく目的地だろう。リアスは小さな街と言っていたが、かなり栄えているように見える。色とりどりでとてもオシャレな雰囲気だ。


言われた通りに顔を見せずに街へ入る。塀や門がないから、旅人が入りやすい街なのだろう。なぜ顔を隠さなきゃいけないのかはまだ教えて貰えてないけど、きっと私達にとっても都合のいい事なんだと思う。

街の中は、想像よりも賑わっていた。大きな荷物を持った旅人や荷車、馬車なんかがたくさん行き交う。道沿いには沢山の露店があり、通る度大きな声で呼び込みをされる。

売られているものは果物に野菜、肉、簡易的な料理と……あとは、ビンに入った謎の液体とか、歪な形の杖とか、干されたトカゲとか……異世界っぽい何かしらも普通に並んでいてとても興味深かった。一体何に使うのかは、考えたくないが…………


「おい、こっちだ」

私が様々なものに気を取られていると、リアスはもう随分と前に進んでいた。彼女が指さした方を見ると、そこには大きな酒場があった。外まで人々の賑わう声とグラスがぶつかる音が聞こえてくる。

リアスはなんの戸惑いもなく扉を開ける。私もそれに続いて店内へ入った。扉に付けられたベルの音が鳴り響くと、客達は一斉にこちらを向いた。

ジロジロとした視線を全く気にせず奥へと進むリアス。私も置いてかれないように、必死で後を追った。皆が酒を飲むのを辞め、黙ってこちらの様子を見てる……そりゃ、顔を隠した2人組がいきなり入ってきたら怪しむに決まっている。


「マスター、ちょっと尋ねたいんだが」


リアスは、奥のバーカウンターの中で忙しそうに酒を作っていた男に声をかける。白い髭を綺麗に整えた、細身の中年男性だ。スーツに黒いネクタイがよく似合っている。


「お客さん、まずは注文したらどうだい?」

「すまないが、そんな時間はない」

「そうかい、なら帰んな。ここは酒を飲む場所だ」


マスターは酒作りを続けながら、素っ気なく返す。だが、リアスは屈さずこう告げた。


「ワカナを知っているか」


その言葉で、マスターの手が止まる。

軽快に降っていたシェイカーをカウンターの上に置き、私たちに身体を向ける。

こちらをじろりと睨む両目は、憎悪に満ちていた。


「……お客さん、ここらでその名前を口にしない方がいい」

「彼女のことについて教えて欲しいんだ。何か知っていることはないか」

「……悪いが、帰ってくれ。アンタと話すことは何も無い」


リアスとマスターのやり取りを聞き、周りの客もザワザワと騒ぎ始めた。全員が私達に注目を捧げる。


リアスが次の言葉を続けようとして少し前に身を乗り出す。その瞬間、冷たい飛沫が私達のローブに降りかかった。

マスターが、酒をかけたのだ。強いアルコールの匂いが辺りに充満した。


「……あんな大悪党の名前、聞きたくもない」


そう言い放つマスターの様子は、これから好意的に話をしてくれるようには到底思えなかった。リアスは濡れた顔を拭って振り返り、「いくぞ」と私の腕を引っ張る。


「わ、ちょ、ちょっと」


つまづきながらもリアスについて行き、バーを後にする。

外に出た瞬間……私達の前に、男が数人立ち塞がった


「待てよ、おふたりさん。アンタらワカナの事を知りたがってんだって?」

「……お前達には用はない。そこを退け、邪魔だ」

「おいおい……まさか、お前ワカナの仲間なんじゃねえだろうなあ。居場所でも探ってんのか?俺達にも教えてくれよ」


リアスは無言で、私の手を引く。しかし、どこに進もうとしても男達がニヤニヤと立ち塞がり行く手を阻む。

私はどうすることも出来ず、ただリアスの後ろに隠れていた。言われた通り、顔は見られないように。


この世界の私の名前を聞いた瞬間、態度が一変したマスターを見るに、きっと私は良くない立場なのだろう。

大悪党……そう言っていた。一体何をしたんだ。リアスが顔を晒すなと言っていた理由もなんとなく理解出来た。


「なあ、もう1人の方よ。あんたもなんか知ってんのか?なあ」

「っ!こいつに触るな……!」

「そんな深くフード被って怪しいなあ、顔見せろ!」


いつの間にか背後に立っていた男に、ローブの首元を思い切り引っ張られる。首が閉まって苦しくなり、思わず男を睨みつけた。


「ぐ、けほ……ちょっと、何すんの!」

「………あ、あ、」

「……?何、なんで固まって……?」


そこまで言葉を続けて、やけに視界が明るいことに気がついた。頭に触れると……先程まで顔を覆っていた布が、無い。


「まずい、ワカナ!逃げるぞ!」


リアスが叫び、私の手を引く。今まで聞いたことないくらい焦った声色で、人の隙間を通り抜け走り出す。

遠く後ろから、男の叫び声が聞こえてきた。


「ワ、ワカナだ!大悪党ワカナが現れた!つ、捕まえろ!!!!」

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USELESS HERO 蒼色みくる @mikurukun

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