(回答) カエデ ヨコヤマ


 今日、会う相手は、カエデ ヨコヤマさん。35歳。女性。異動してきて、初めて会う顧客だ。


 緊張して、何度も時計を見ていた僕を「大丈夫。一言余計なことを言うけど、悪い人じゃないから……」とチーフは笑ったけど、そう言われたって、と僕は思う。


 チーフに連れてこられたのはホテルの一室。明るいモスグリーンの内装は、清潔感に溢れている。ニコニコ笑いながら、ヨコヤマさんは部屋の中に入れてくれた。

そして、椅子に座るように勧め、ドールに紅茶を人数分運ぶよう指示を出す。


「お客様がきてくれるのは大歓迎だわ。でも、連絡していないのに、スコテッシュフィールド社のお客様相談室って、そんなにヒマなのかしら」


 少しカチンとくるような言葉に、「今日は、旦那様から連絡をいただきまして…」と笑顔でチーフが答えた。ヨコヤマさんが、旦那様という言葉にぴくりと肩を反応させる。


「そうだったの。それはご苦労様でした。でも、貴方たちに言わないで本人が来ればいいと思わない?」


 ヨコヤマさんの言葉にチーフが苦笑して、僕の方を見た。僕はヨコヤマさんの言葉に答える余裕もなく、持っていたIDカードを見せながら、「初めまして。私、ヒロ ポポスと申します。ドールとの生活はいかがですか? 何かご不明な点はございませんか?」と、お決まりのセリフを言った。


「ん? あ、ツヨシクンのことね。問題ないわ。私の指示通りにちゃんと動くわよ。ま、機械なんだから、そういう風に設計されているんでしょ? ね? ツヨシクン」


「ハイ。奥サマ」と、紅茶を運んできたドールがふんわりと笑って答えた。


「ところで、ダンナから連絡があったって言っていたけど、何か頼まれたの?」


 ティカップに口をつけながら、ヨコヤマさんが聞いた。少しだけソワソワしているように感じたのは僕だけだろうか。


「様子を見てきてほしいと……」と笑顔のままチーフが答える。


「それだけ?」

「はい。それだけです」

「ほんとに? 例えば、ドールを解約したいとか、私に帰ってくるようにとか言っていなかった?」


 チーフは眉を下げて困った顔をして黙った。


(解約したいと言われているのに、どうしてチーフは黙っている?)


 チーフに答える気がないと思った僕は、「逆に、ヨコヤマさん自身はどう考えていらっしゃるのですか?」と聞いた。


「そうねぇ……。ツヨシクンは文句も言わないし、私の言うことはちゃんと実行してくれるわ。誰かさんと違ってね。

 ただ、所詮は機械じゃない? 話す言葉は演算式であって、それ以上でもそれ以下でもないのよ。ね、ツヨシクン」

「ハイ。奥サマ」

「こういうところがね、物足りないというかつまらないというか……」

「はぁ……」


 僕は、曖昧に相槌を打つしかできなかった。


「だからと言って、ツヨシクンを否定しているわけじゃないのよ。そこはわかってね」

「そうですか」

「でも、ダンナが解約するよう頼んでいたら、もう、返しちゃうかな」

「えっ? いいんですか? 」

「まあね。実はね、……、三日前に、ちょっと喧嘩しちゃって家を出ちゃってね……。今は、私も一言余計なことを言ったかなぁって思っているんだけど、帰りそびれちゃっていて……」


 へへっとヨコヤマさんが照れくさそうに笑った。


「……、原因はやはりドールですか?」

「まあ、そんなとこ。ね? ツヨシクン」

「ハイ。奥サマ」


 同意を求められて、さっきと同じ口調でドールが返事する。


「ツヨシクンはダンナと違ってほんといい返事をするわ」




 「その一言が余計なんじゃないか!」という言葉を飲み込んで、チーフをみると、チーフも苦笑いを浮かべている。僕はヨコヤマさんにばれないように小さくため息をつくと、にっこりと営業スマイルを浮かべた。


「わかりました。それでは旦那様に連絡をして、解約の手続きをしますね」

「あっ。私が帰りたがっているなんて言ったらいやよ」





****


「なんですか、今の」


 帰り道、僕はあきれ返ってチーフに愚痴った。


「ふふふ。痴話げんかに巻き込まれただけですよ。私自身、ヨコヤマ夫妻を個人的に知っているので、一人ではうまくいく自信がなかったので助かりました」

「お知り合いだったんですか? そんな風には見えませんでしたが?」

「ポポス君がいたから、カエデさんもグチグチ愚痴を言わなかったんです。ほんとよかったです。カエデさんの愚痴は長いですから……」

「そうですか。それならよかったです」

「それに、ポポス君自身、問題なくお客様対応できたようですから、今後も活躍していただけそうですね」


 チーフは僕の背中をポンと優しく叩いた。


「期待していますよ」


 チーフの「期待していますよ」という言葉が、僕の心に優しくしみわたっていく。



 僕を認めてくれる人がいるんだ。


 僕自身も少しだけ自分を肯定できるような気がしてきた。



 ――――― 明日も、明後日も、少しだけ、がんばろっと。 

  

 


                           おしまい

 



 

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「機械人形」は夢をみるのか 一帆 @kazuho21

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