エピローグのあと 『ひとこと余計なお嫁さん』

 お題 『ひとこと余計なお嫁さん』


 あれから、僕は会社を休んでかなりの時間を自宅で過ごした。それでも、会社はクビにならなかったし(営業からは外されたけど)、お客様相談室のチーフは毎日のように連絡をくれた。チーフや弁護士と話し合って、僕が思い出したことは結局公表しなかった。たまにセキさんから連絡が来たけど、スルーした。僕の過去が彼が求めている真実に捻じ曲げられてしまうような気がしたから。それが正解なのかどうかはわからない。ただ、セキさんといても楽しくないし、笑えない。笑ってくれというトモゾウ氏の遺言には添わない。それだけで十分な理由だと自分の中で決めた。


 ……、季節が少しづつ動いて、僕は月に何回かは会社に行けるようになった。


 もちろん、上司は、お客様相談室のチーフ。


 温厚で気遣いのできるスマートな上司だ。 


「相手によって態度を変えることなく、自分の思ったままをきちんと話せる、これは大事なことですね」


 天使の笑みを浮かべてチーフは笑った。


「そういうことが自然にできるというのは、その人のキャラクター、持ち味が大事な要素になります」


 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。


「だからこそ、一歩間違えばそれは『毒舌』と呼ばれることになります」

「確かに……」


 僕は頷く。相手の気持ちを考えず、その場の空気も考えず、思ったことをそのまま口に出してしまう人がいる。悪意がなければそれは素直さという美徳になるが、度を超すとたちまちそれは毒舌となる。


「一度口から出た言葉は戻すことができません。たとえそれが真実であろうともね」


 ゴクリと唾を飲み込む。


「今日、これから会う方は、ごくごく平凡な中年女性です。旦那さんの実家で義両親と同居し、専業主婦をつとめています。愛嬌があって性格も明るいのですが、とにかく義両親との喧嘩が絶えないと伺っています」

「そうなんですか」

「彼女がついつい言ってしまう、余計なひとことが原因だと思うのですが、彼女自身は口が悪いとは思っていないようなんです。先日も、こんなに頑張っているのだからツバメが欲しいのよねと言って、ドールをリースなさいました。まだ6週間しか経っていないのですが、旦那さんからリースを解約したいとの連絡がありまして……」

「ドールのことで家族で揉めているのですか?」

「まあ、そんなところでしょうか。まだ無料期間なので、様子を見てきますとお答えしています。なので、ヒロくんには一緒に行ってもらおうと思っています」

「僕なんかでいいのですか?」

「はい。君と行きたいと考えていました」


 そう言われて、断れるほど、僕の心は強くなかった。


 かくして僕は憂鬱をずるずると引きずりながら、上司と一緒に会社を出ることになった。

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