エピローグ:真実は一つとは限らない

 チーフが開発部に連絡した時には、シンカワ氏にリースしていたドールはイニシャライズされた後だった。ふてぶてしい顔をしてお茶をすすっていた息子さんは、右側の口角だけをあげて意地悪く僕を見た。


「やはりな。お前らの会社はあくど「そんなことはありません」」


 息子さんの言葉を遮ったのは、扉をあけて入ってきた男性だった。チーフに軽く会釈をすると、僕の方に近づいてきた。


「はじめまして。私は、トモゾウ シンカワ氏の担当弁護士です」

「営業のヒロ ポポスです」


「トモゾウ氏からもしもヒロロンに会うことがあったら渡してほしいと手紙を預かっています」と、弁護士はわずかに口角をあげた。


「あんたはどっちの味方なんだよ?!」


 息子さんが不機嫌そうに声をあげた。


「私はトモゾウ氏の弁護士でしたから、トモゾウ氏の遺志のもと行動しています。シンカワさん、貴方には遺言に基づいた遺産が渡されたはずです。なぜ、スコティッシュフォールド社に?」

「親父がここの会社に金を払ったって、匿名の連絡があっだんだよ。俺が貰うべき遺産が少ないのはそのせいだ」

「……匿名の連絡? そんな連絡を信じたのですか?」

「親父のやつ、退職金だって相当額もらっただろ? あの家も売ったら、5億リーブラは越すはず。……、となると、俺への遺産が1億リーブラというのは少なすぎだろ? 絶対、親父はこいつらに騙されて、機械人形なんかを渡されて、金を払ったに違いない。親父は被害者だ。死んだ親父の代わりに俺が請求するのは当たり前だろ! あんたも、親父の弁護士ならこいつらから親父が払わされた金を返してもらうように言ってくれよ」

「トモゾウ氏には他言無用と言われていたのですが……」


 弁護士はそこまで言うと、大きくため息をついて、チーフの方を見た。チーフも仕方ないという顔をして小さく頷き返した。


「トモゾウ氏は、スコティッシュフォールド社に機械人形を商品にするなら、人間に危害を加えない装置を取りつけるよう、提案をしました。その研究開発費に退職金と家の売却費を使いました」


 人間に危害を加えない装置?

 それは、ドールに搭載されている、殴る、蹴るなど人間に危害を加える行動を起こそうとした場合、自動的に過電流が流れるシステムのことを言っているに違いない。


「はぁ? なんで、親父が、そんなものに金を払うんだよ。親父は関係ないだろ!」

「アリスの大災禍があったからです」

「はぁ? わけからんね」

「ALICでは、Androidの研究が行われていました。学習により、人間に共感することができる機械、それがAndroidです」


 その言葉に、僕は慰霊塔の前で「人工知能に感情があって、人に共感するからでは?」という僕の問いに答えたシンカワ氏の言葉を思い出した。


 『人工知能には、学習機能はあるが感情機能はない。感情があるように思えるのは、学習して人の感情に寄り添うような情報を提供するからじゃ。…………なぜ、ALICは事故を起こしてしまったんじゃろうなぁ……』


「中でも優秀なAndroid、フェアリア…………」


 フェアリアという言葉を聞いて、僕の心臓が飛び跳ねた。頭が割れるように痛み、息ができなくなり、吐き気もしてきて、床に這いつくばってしまい………、そして意識を失った。



******


「僕、……キスしたんだ」

「ヒロ、今、ナンテイッタノ?」

「だから、ミサキと付き合うことになったんだ。それで、告白した時に……」

「ドウシテ?」

「どうしてって、ミサキのことが好きだってことを言っていたよね?」

「ヒロガ好キナノハ私デショ?」

「確かに、フェアリアのことも好きだよ。でもその好きとミサキが好きはちょっと違うかな」

「チガウ? 何ガ違ウノ? 好キナノハ私ダケ、*%&%##“sg$*!”」

「おい、フェアリア、どうした?」

「%&j#=`“g#HR$CS#」



*******



 ………………思い出した。



 僕は、セントラル棟でAndroidの学習のお手伝いのアルバイトをしていたんだ。

 あの日、好きだった女性に告白してokをもらった僕は浮かれて、フェアリアとの学習時間にそんな話をしたんだった。

 僕の話を聞いていたフェアリアが突然、機械音を発して飛び出した。そして、……………、中央コンピューター室で血を流しているミサキを取り囲んでいるAndroid達を見つけたんだった……。呆然と立ち尽くしていた僕の目の前で、中央コンピューターから火が出て、それから……、人間とAndroidが争う姿が……、そして、…………、中央コンピューターが大爆発し、僕は意識を失ったんだった。



「…………、気がついたかい?」


 目を開けると、ベットのそばにチーフが座っていた。


「………、思い出しました」

「何を?」

「事故原因……です。ぐずっ……、全ては僕のせいです。……、僕が……うぐっ……」


 僕はそれ以上を続けることができず、涙を流した。僕が涙を流している間、チーフは黙って座っていてくれた。僕は、ポツリ、ポツリと思い出したことを話した。


「僕が不用意に言った言葉が、………事故の原因です」


 振り絞るように言った僕の右手をチーフが握る。そして、「それは違う」ときっぱりと否定した。


「Androidが嫉妬して、人間を傷つけるなんて誰が想像できるっていうんだい? それに君は直接、フェアリアが君の恋人を傷つけたところを見たのかい?」


 そう言われれば、そうかも知れない。でも……。


「それに、君の話では、Android同士がお互いにコミュニケーションをとり合って暴動を起こしたことになる。君は単なるアルバイトだったんだろ? アルバイトではAndroidの管理は任されていないはずだ」


 確かに、僕はフェアリアと週に一度、二時間、話をするだけだった。

 おそらく、僕とフェアリアがいた部屋はマジックミラーがついていて、研究員がデータをとっていたんだと思う。


「当時の論文を見ても、人工知能が人間のようにコミュニケーションをとるというそんな報告はない。つまり、想定外の出来事が起った。それに、機械が暴走したのはその時、開発していた企業と政府の責任だ」

「……でも……」

「政府は磁気嵐のせいにしてうやむやにしようとした。開発担当していた企業と政府には後ろめたいところがあったんだろう」

「………」

「シンカワ氏は、自分がいた会社ではなく我が社に私財を投資して、機械人形には安全装置を必ずつけるよう提案した。そして、Androidのように人間に近づけるのではなく、あくまでも人形らしさを残すべきだとも。今考えると、事故原因に思うところがあったのかも知れないなぁ」

「……それじゃぁ……、やはり……」

「君の話を聞いて、わかったことが一つある。我が社のドールは、安全装置を備えている。もし、君が自分の言葉のせいだと公表したら、我が社のドールの売り上げに貢献するってことだな。また、悪どい会社だと言われそうだ。っはっはっは」


 チーフが声をあげて笑った。僕は困ってしまい眉を下げるしかない。


「冗談だ。冗談。ただ、社会なんてものはそんなものだということだ。事故原因は一つじゃない。まして、君の言葉だけであの規模の事故が起ったわけでもない。それよりも、トモゾウ氏からの手紙だ」


 そう言って、チーフは白い封筒を僕に渡すと、部屋から出ていった。僕は大きく息を吸って、手紙の封を切った。




『ヒロロン。 アロアロハー!!

 

 あの事故で、あの状況で、お前が生き残ったのにはきっと理由がある。

 真実よりも真珠。事実よりも果実。

 過去を嘆くよりも 後悔しない未来を夢見るように。


 なぜなら、今という時間は今しかない。

 明日は生きていないかもしれないのじゃ。

 少しでも楽しいことを探して生きなくては損じゃろ? 


 じっちゃんの頼みだと思って、明日も笑ってくれ。

 明後日も笑ってくれ。

 ん? 

 わしの駄洒落がないと笑えないか?

 それじゃあ、とっておきを一つ。


 ヒロロン、コロロン、スッテンコロリン、ピュロロロロー』




 

 僕はただ、手紙を抱きしめて、泣くしかできなかった………。



                             



** 関川さんの企画にはあと一つお題が残っています。

このあとは、そのお題と回答を。


  



 

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