息子の権利

「ヒロ!」


 オフィスに入るなり、誰かが僕の腕を掴んだ。


「??」

「お前、呼ばれてる」


 僕の腕を掴んだ人物が、そのまま僕を応接室の方に連れて行こうとする。


「?」

「ああ。シンカワさんの息子さんが、自分の父親の最期に会った担当者と話がしたいんだってさ――」

「え?」


 僕はその言葉に足を止めた。


(さい……ご? ……???)


 心臓がどくんとはねかえる。


「息子さんと相談せずに、ディグニティ・システムを使ったらしくて、息子さんはシンカワさんの最期に立ち会えなかったらしい。だから、死ぬ前に会った人と話をしたいらしい」


 ディグニティ・システムというのは、70歳以上の高齢者に与えられた死ぬ権利だ。「死にたい」と医師に申告すれば、いくつかの精神鑑定検査を受け、弁護士と医師の立会いのもと、その権利を行使できる。

 

 僕は足元が崩れて、僕の腕を握っている彼に縋りついた。


「……………、なぜ……、しん、くぁ氏……、な……、なく………だって……」

「大丈夫か?」


 体中に力がはいらない。


 昨日のシンカワ氏は、楽しそうだった。笑って、ダジャレを言って、おいしいものを食べて、……、それがなぜ? まだ、僕はシンカワ氏にブレスレットを返していない。

 

 気持ちを整理しようと、僕はうずくまったまま大きく深呼吸をする。


 すって、はいて、…………はいて、すって…………ふぅ……。


 僕は彼の助けを借りて立ち上がった。


「……、昨日、一緒だったんだ」

「ああ」

「………、何も知らなかった。あれが最期になるなんて……」


 もう一度、大きく息を吸った。動揺している場合ではない。ディグニティ・システムは親族とよく話し合ってから決めると聞いている。それなのに、息子さんに言わずにディグニティ・システムを使ったとなると、他人の僕でさえかなりの動揺をしたんだ。突然の父親の死に向き合った息子さんの気持ちは計り知れない。少しでも、僕の知っているシンカワ氏の話をしよう。

 僕は気をとりなおして、応接室に向かった。






「突然の訃報に、何と言っていいか……」


 応接室に入った僕は、唇をぎゅっと噛むと、頭をさげた。


「ヒロ ポポスか?」


 息子さんだと一目でわかるシンカワ氏の面影がある人物がぎろりと僕を睨みつけた。


「はい。昨日、ドールを回収するためにお父上にお会いしました」


「お前が!!」というなり、息子さんは立ち上がり、僕の首を締めあげた。僕は慌てて左手をあげて、右側に体をひねる。僕の首から息子さんの手は離れ、僕はゲホゲホっとせきこむ。


「シンカワさん! お父上の最期を偲びたかったのではなかったのですか!!」


 客様相談室のチーフが慌てた様子で、息子さんの腕を掴んだ。息子さんはつかまれた腕を大きく振り払い、ふてくされた顔をしてソファに座った。


「親父は勝手に死んだんだ。偲ぶとか偲ばないとか、必要か?? それよりも、俺はなあ、こいつに俺の権利を盗まれたんだ。そうだよ。親父の遺産を相続するのは俺の権利だ。こいつじゃない!」


 息子さんは僕の方を指さして怒鳴った。僕は息子さんの言った言葉の意味が分からず首をかしげるばかりだ。

 「それは、誤解です。彼は、昨日、シンカワ氏がわが社からリースしていたドールを回収しただけです」とチーフ。


「じゃあ、なんで、お前宛の手紙があって、俺がもらう遺産が少ないんだよ!? あの家も売却していたんだぞ! 会社役員をしていた親父に金がないなんてありえるかよ。それに、俺にはお前が奪ったという証拠がある!」

「手紙?」


 僕の言葉を無視して、息子さんは話を続けた。


「ふん。しらばっくれるな。昨日、回収したというスコティッシュフォールド社の若いころの母さんに似せた機械人形が、証拠だ!」

「あれは、シンカワ氏の希望にそってカスタマイズしたドールです。それより僕あての手紙というのは?」


 息子さんは一瞬、眉をひそめると、僕の言葉を無視した。


「俺は騙されないぜ。スコティッシュフォールド社は、機械人形を使ってあくどい商売をする会社だって親切に教えてくれた人がいるんだ」

「誰が、そんなひどいことを言ったんです?」

「誰でもいいだろ。それよりも、お前らは、親父から必要な金と情報を得たから、機械人形を回収して証拠隠滅するつもり予定だったんだろう? 親父はそれを憂いて死んだんだ!」

「なぜ、そんなことを!」


 僕は息子さんのあまりにもひどい言いように、顔を真っ赤にした。殴らなかっただけほめてほしい。


 息子さんはふんと鼻をならすと意地悪く笑った。


「どうだか。じゃあ、その機械人形を持ってこいよ。俺が信用できる奴に頼んで調べてもらうぜ」


「それは出来かねます。ドールはシンカワ氏と契約したわが社の商品です。回収後、イニシャライズする段取りになっています。ただ、人工知能が残っていれば、データを復元できる可能性があるので、開発部に問い合わせてみましょう」とチーフ。


「都合が悪いから、消したのかよ。ひでー会社」

「ひどいのはどちらでしょう? シンカワ氏はディグニティ・システムを利用したとお聞きしています。それならば、正式な公正証書を弁護士と作成しているはずです。担当した弁護士をここに呼んで、真相を聞きましょう。もし、貴方が話したことが単なる言いがかりだとしたら、スコティッシュフォールド社は貴方を名誉棄損で訴えます」

「な、なに???」


 息子さんに動揺が走り、さっきまでのふてぶてしい態度が一変した。


「俺はよぉ、親父が急に死んで、それで、取り乱してさぁ……。そしたら、電話があってよぉ……」

「話は、弁護士が来てからにしましょう」

「いや、それは……、言い過ぎたかもしれねぇ……、俺も……」


 もごもごと言い訳を始めて、ソファに投げてあったコートを手に取ると腰を浮かせた。


 (ここで息子さんが帰ったら、僕あての手紙を受け取れないんじゃないか??)


 慌てて、「あの……」と僕は息子さんに声をかけた。でも、なんて続ければいいかわからず、口ごもってしまった。すると、チーフがにっこりと笑みを深めると、息子さんに座っているよう促した。


「大丈夫です。シンカワさんも真実を知りたいでしょうから、復元したデータを聞いてもらって、納得してもらいましょう。それに、ポポス君宛の手紙もおそらく弁護士が持っているのでしょうから、受け取るといいですよ」











 

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