夢見たのは……

 セキさんの正義

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(一言 いいわけ)

今まで、関川さんの企画「ハーフ&ハーフ」にのっとり、「お題」と「回答」を書いてきましたが、ここからは、企画から外れて伏線回収です。

最後のお題キャラクターその⑥『ひとこと余計なお嫁さん』は、『夢をみるのは』のあとになります。筆者の都合ですみません。

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「ヒロさん!」


オフィスのドアを開けようとしたところで、後ろから声をかけられた。振り返ると、セキさん。ここ数日、避けられていたと思っていたから、僕は驚いて目を瞬かせた。


「……、今は、オフィスに入らない方がいいっすよ」

「?」


「イヤミンが荒れに荒れているから……」とセキさんが耳打ちをする。


 イヤミンというのは、キツネ目の上司のこと。


「何かあった?」


 僕も思わず声をひそめる。


「……、ヒロさん、昨日、誰のところに行きました?」

「トモゾウ シンカワ氏のところだよ。ちゃんとドールも回収したし、1か月分のリース料ももらってきたけど?」

「かなりダメっすね」


 セキさんがとても残念そうな顔をする。


「?」

「今日、シンカワさんの息子さんが怒鳴り込んできて、お客様相談室がクレーム対応中です」


 (シンカワ氏の息子さんがクレーム???) 

 

 僕は首をひねって昨日のことを思い出す。ガールズバーや高級レストランの飲食が問題になったのだろうか。


(あれは、シンカワ氏が行きたいからって行っただけで、僕は悪くない……よな?)


 僕は心の中で言い訳をする。セキさんは、そんな僕を見透かすように、話を続けた。 


「まあ、クレーム処理はお客様相談室の仕事ですから、問題ないっす。でも、イヤミンがそのクレームのせいで、余裕がないというか、若干パニック状態?ってやつ? いつも以上に、みんなに当たり散らしていて……。だから、少し時間をずらしてからオフィスに行くことをオススメします」

「そっか」


 確かに、荒れているキツネ目の上司に、昨日の出来事を話したら火に油を注ぐようなものだ。


(いなくなってから、オフィスに行くことにしよう)


 身勝手な僕はそう結論づけて、気持ちを切り替える。


「……、じゃあさ、セキさん、時間つぶしにお茶でも飲みにいかないか?」


 ここ数日、無視していたのに、僕に声をかけてきたんだ。単なる親切だけじゃないと考えた僕は、セキさんをお茶に誘う。セキさんは口角をきゅうっとあげた。

 

「迎えのカフェで、新発売のチョコレートコーヒーのピスタチオクリームマシマシと新作のパンケーキとプリンアラモードをおごってくださるのならいいっすよ?」


 甘くて胸焼けしそうなセキさんのリクエストに、思わず、僕は苦笑いをうかべて、頷いた。




 まるで宝石のようにキラキラと輝いているフルーツがどっさりのったパンケーキ。生クリームまで添えられている。セキさんは、どのフルーツにフォークを刺そうか、フォークを握りしめてパンケーキにくぎづけだ。


「それで、この前のナパージュ氏のとこのドールなんだけど……」


 僕はさりげなく、話しかける。


「ああ、あいつね。あいつはイヤミン、そっくりな顔に仕上がっていたでしょ? オレと師匠で作ったんですよ! 師匠は天才っす」


 セキさんは、イチゴに狙いを定めて、フォークを刺した。


「なんで?」

「意趣返しっす。意趣返し。いっつも、イヤミンに嫌味ばっか言われているから、あれと出かけて、ソーシャル・ネットワーキング・サービスにさりげなく映り込ませるっす」

「どういうこと?」

「自分が行っていない場所に、いたらしいよって誰かに噂されると気持ち悪いっしょ? ちょっとした意地悪っす」


 もごもごっとイチゴを咀嚼すると、セキさんがニヤリと意地悪くわらった。そして、黄緑色のピスタチオクリームがたっぷりのったチョコレートコーヒーを一口飲む。


「なにそれ。わけわからないんだけど」

「ふふ。イヤミンって、エゴサしてるから、効果テキメンでしたよ。もう、顔を赤くしたり青くしたり、ほんと、見ていて面白かったす」

「でも、それじゃあ、ドールをリースする理由にはならないんじゃぁ……?」

「はあ? ヒロさんは、ドールに何を求めてるんすか? 単なる機械人形っすよ? 」


 今まで担当してきた顧客は、ドールに誰かを重ねていた。それなのに、セキさんはドールを単なる機械だという。なんだか、よくわからないけれど、心がざわざわする。僕は心を落ち着けるために、コーヒーを一口飲んだ。なんだかさっきよりも苦い。


「………、イヤミンに似たドールをリースするなんて理解できない」


 僕の小さな独り言をセキさんがひろう。


「ああ。それな。それは、師匠にも師匠なりの理由があるんすよ」というと、セキさんは、パンケーキの上にのっていた生クリームだけをすくうとペロリと舐めた。おいしかったのか、少しだけ口角があがる。


「理由?」

「師匠は、ALICの事故原因にスコティッシュ・フォールド社が関与していると思っているみたいです。あいつを使って、内部調査をして、……、コホン、そんなことより……、そうだ! ヒロさん、昨日、シンカワ氏と慰霊塔とガールズバーに行ったんすか? どーでした? ガールズバー」


 今度は、ふんわりとしたパンケーキにフォークをつきさすと、セキさんが聞いた。


「え? なんで、それを知ってる?」


 僕はぎょっとして、持っていたコーヒーカップを思わず落としそうになった。


「ふふふっ。情報の出どころは内緒っす。真面目そうなヒロさんが、未成年と同伴喫茶や、爺さんとガールズバーに行ったなんて会社にばれたら、大変そうっすね」

「いやいやいや。それ、全部、仕事だから!」


 悪いことをしていないのに、変な汗が出てくる。


「いいっす。いいっす。人間、いろいろあるし、たまに息抜きも必要ですから」


 セキさんが、わかっていますよと言わんばかりのセリフを言うと、残りのパンケーキを口の中に放り込んだ。僕は、セキさんが咀嚼する間、コーヒーカップをじっと眺めるしかできない。


(全部仕事だし。別にやましいことは何もしていないし!)


 僕のざわざわした心を無視するように、セキさんはパンケーキを食べ続けた。そして、チョコレートコーヒーを飲みおえたセキさんが、唐突に話を切り替えた。


「そーいえば、ヒロさんって、ALICの事故んとき、ALICのセントラル棟にいたって聞いたんですが、なにしてたんすか? やっぱり、スコティッシュ・フォールド社かがらみ?」

「?」


 僕はその時の記憶がごっそりとないから、回答のしようがない。


「全然、覚えていないんですか?」

「ああ」

「何も?」

「ああ」

「これっぽっちも?」


 セキさんが目を大きくする。僕は首をふり、「ああ」と答えるしかできない。


(脳が思い出したくないと拒絶しているんだ。それでいいじゃないか)


 僕の心の声が聞こえたのか、セキさんの口調ががらりと変わり、僕をなじるような口調になった。


「……、ヒロさん、それって、ずるくないですか? セントラル棟にいて、生き残ったのはヒロさんだけ。事故を目撃し、本当の事故原因を知っているのはヒロさんだけなんです。だから、ヒロさんには真実を語る義務があるはずです。思い出そうと努力をしないのは、あの事故で亡くなった方に対して無責任です。ヒロさんは生きているんですよ? 生きていることにもっと真摯にむきあうべきです」


 セキさんが、じっと僕の目を見る。自分の正義を疑っていない、そんな目つきで。


(それは、そうかもしれないけど、……、でも……)


 僕は、セキさんの視線に耐え切れず、視線を外すと立ち上がった。


「……、ごめん。僕はセキさんの正義にはついていけない。悪いけど、僕は僕のことで精いっぱいなんだ。…………、そろそろ、オフィスに行くよ。シンカワ氏の息子さんが何を言ってきたのか気になるしね」


 


 まだ、何かいいたそうなセキさんを無視して、僕は逃げるようにオフィスに向かった。



 


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