(回答)トモゾウ シンカワ(2)

「ん?……あれは?」


 シンカワ氏が見つめる慰霊塔の先の事故現場に何となく違和感を覚えた僕は、じっと目を凝らした。


(人?)


 でも、事故現場は、ドームの外だ。人間は装備をしっかりしないと歩けない。もう一度、目を凝らすと、人らしきものは消えていた。


(錯覚かな……。そういえば、事故現場に幽霊がでるって噂を聞いたような……)


 幽霊なんてものは信じないけど、僕はふるりと肩をふるわせた。


「……なぁ……、ヒロロン……、ヒロロンは一人で寝るのは怖くないか?」


 慰霊塔にむかって頭を下げていたシンカワ氏が少し淋しそうな顔をして、僕の方に振り返った。


「わしはな……、誰の気配もない中では、うまく寝れなくてな」


 シンカワ氏が、自嘲気味に小さく笑う。


「年寄りのくせにと思うだろうが、死んでいった者たちがわしのところに来るかもしれんと思ってしまって眠れん。暗闇の中で耳をそばだててかすかな物音を探してしまって眠れん……。……それに、朝、目が覚めなかったらと思うと寝れん……。眠れんと思ってしまうとなおさら眠れん」

「……」

「別に死や幽霊が怖いわけではないのだがなぁ……」


 そういうと、シンカワ氏は慰霊塔の方を振り返り、小さく首をふった。


「ミサエにその話をしたら、寝るときに歌を歌ってくれてな。しかし、所詮、ドールはドール。目をつぶると人としての気配がなくなって、独りぼっちな気になる」

「……」

「それでも、昼間、ミサエと話をしているのは楽しくてなぁ……」

「……」

「……、人工知能は人間が潜在的に求めている結果を先回りして出す機械にすぎないのに、なぜ、人は心を揺さぶられるのじゃろうか」

「……、人工知能に感情があって、人に共感するからでは…?」


 僕は先日のルチルさんのドールのことを思い出して口にする。


「まさか。人工知能には、学習機能はあるが感情機能はない。感情があるように思えるのは、学習して人の感情に寄り添うような情報を提供するからじゃ。刺激に対して『快』『不快』のような瞬間的な判断は、生物しか持っていない。それは、生物の歴史上『生きる』ために必要じゃからな。しかし、…………なぜ、ALICは事故を起こしてしまったんじゃろうなぁ……」

「? ……、それは、磁気嵐と偶発的なミスが重なったからと聞いていますが」

「ん? ……そうじゃな。ああ、……そうじゃった、そうじゃった」


 シンカワ氏は一人で納得したようにうんうんと頷いた。そして、にかっと笑って僕の手を取った。


「よし! 帰るぞろりん」

「はぁ?」


 さっきまでのシンカワ氏はどこへやら。

 へへへっと頭をぺしり、ぺしりと叩いている。


(相変わらず、よくわからないご老人だ)


「ヒロロンは、このあと、予定ありとぞうか?」

「いえ、僕はシンカワ氏「ノンノン、トモロンと呼びたまえー」」

「いやいや、それはさすがにできません」


 僕はぶんぶんと大きく手を振って拒否する。


「じゃ、トモ様」とシンカワ氏は妥協案を言うけど、「それも、ちょっと……」と僕は断った。


「じゃ、じっちゃん」

「じっちゃん?」

「わしにもな、ヒロロンくらいの孫がいるんじゃが、もう15年会っていない。だから、じっちゃんって呼んでっちゃ、ちゃ、ちゃわんむし」

「…………」


「お・ね・が・い♡」と両手を胸のあたりで組んで、にかっとシンカワ氏が笑う。


 状況に耐え切れず、「……おじいちゃん」と小さくつぶやけば、「うほほーい」と小さくステップを踏んで喜んでいるシンカワ氏。


 (本当に、よくわからないご老人だ。さっきまでの態度から、シンカワ氏の軽薄さは演技かと思ったけど、……、やはり、軽いのは素?)


「ヒロロン! 次はな、ガールズバーじゃ。ガールズバー!!」

「はい??」

「第六セクターには、ガールズバーがあるらしいぞ。素人の女子を集めていて、おさわりし放題という評判じゃ。ぬしししし♡」

「それはできません」

「金はわしが払うから気にせんでいい。今日、ここにつき合わせた礼だと思えばいい。それに、わしの言うことを聞いてくれたら、帰りにドールを回収して帰っていいぞ? しかしな、聞いてくれなかったらドールは返さん。金も払わん。どうじゃぁ? 行きたくなったじゃろ?? 」

「しかし……」

「なんじゃ、その顔は? 今という時間は今しかない。明日は生きていないかもしれないのじゃ。少しでも楽しいことを探して生きなくては損じゃろ? それとも、じっちゃんの頼みを聞いてくれないというのか?? ヒロロンはじっちゃんのささやかな願いも聞いてくれないほど、ヒエヒエマンなのか? というか、ヒロロンだからヒエヒロン?」






 結局、シンカワ氏は、行きたいとごねたガールズバーに僕を連れていき、それから、第ニセクターにある超高級レストランで地球食をごちそうしてくれた。つまり、僕はいいようにシンカワ氏に振り回されたというわけだ。


 そして、シンカワ氏は延滞していたからと言って1か月分のリース料、5万リーブラを支払い、ドールを返却してくれた。


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