ギルド長会議

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 王都で知らぬものはいないSSランクの冒険者ギルド『レッドマーカス』の会議室には、重苦しい空気が漂っている。各地を代表するギルド長達が集まる年に一度の会合が開かれ、今回の主たる議題について語り合ってはため息をついていた。


 皆の頭を悩ます主題とは『追放した者がことごとく成功して、自分たちは落ちぶれる』ことであった。そして追放者達は必ずSSランクのギルドから出て、戦闘にも探索にも、ましてや運営にすら貢献しない、いわゆるハズレスキルを持っていた。


 追放とは、ギルド内で最も重い処分である。罪を犯したもの、大きな損失を与えたもの、協調性に欠けるものなどが対象になり、ギルド長が直々に処分を下す。

 それだけに取り返しも効かず、余程のことがなければ覆らない。構成員の幸福と利益が最優先される故に厳しく定められているのである。


 大抵の追放者は協調性が無いか、あるいはハズレスキルで不利益を招いたのでギルド長達の判断は概ね正しいものであったが、何故か追放後にハズレだったはずのスキルが覚醒して追放者達が成り上がっていき、反比例するように依頼の受注率や評判が下がり、所属しているだけで罵られるようなこともあったと皆口々に語る。


「まったく困ったもんだ!!!! わけのわからないスキル持ちの小僧を追放したら、とんだ目にあった!!!」


 左目に大きな傷を負った男が、身体に負けないほどの大声で言う。彼は南の大陸の海に浮かぶギルド『ブルーオーシャン』の長、カイ・レヴィアタン。荒っぽい海の男達を束ね、海底に眠る金銀財宝を手中に収めてきた者だ。


「どんなものだ?」と議長を務めるレッドマーカスの長、フィリップ・クリムゾンが聞く。


「えーと……なんだったか、随分耳心地の悪い言葉でな。確かち、ち、チートコード生成、とかいうふざけたものだった!!!」


 朧気に思い出しながらのカイの発言に場の空気は凍りついた。お互いに顔を見合わせるばかりで、言葉を出そうにも悩んでいる様子だった。


 何故なら『チートコード』などというものは彼らの知識の中に存在しないからだ。


「…………なんだい? その、変なスキルは」


 水を打ったように静まり返った会議室で、ようやく静寂を破って声を上げたのは、ギルド長の紅一点。西の大陸の魔法使いや賢者が多数在籍するギルド『マジックフォース』のマダム・ルビィだ。魔術や知識に長けたものを束ねる彼女ですら知らないということは、全くもって未知のスキルということである。


「聞いただけでは効果すらわからないな。生成と名がつくからには、何か生み出すものだったんだろう?」

 とフィリップが聞く。


「使わせてみたがなーんにも起こらんかった!! それで追放したら、どういうわけだかあいつはあっという間に一国の城主にまで上り詰めおった。今じゃ冒険の度にいちいち出向いて許可を取らにゃあならん始末だ! 腹立たしくて堪らんわ!!」


 カイが円卓に思い切り拳を叩きつけ、会議室にはまた静寂が訪れる。そのうちに実はと、他のギルドからも自分たちには聞き馴染みのない名称のスキルを持った追放者がいた事をポロポロ話し始めた。


 成り上がった追放者は自分達を執拗に陥れ、悪評を吹聴し、嘲り笑う。悔しさから立ち向かった者もいたが、強力なスキルの前に成す術なく倒れた話も出た。


 しかし奇妙なことに、下位ランクのギルドからそのようなスキルを持つ者が出たという話は一切上がってこなかった。


 そしてもう一つ、ギルド長達は話し合ううちに気づいた。追放者がいつから在籍していたのか、誰も思い出せないのだ。ハズレスキル持ちなどそもそもSSランクのギルドに入れるはずがないというのに。


「正直な話お手上げだ、未知のスキルは対策のしようがないし、皆の話を聞いて俺自身も欠落している記憶があると気づけた程だ。真実を知るには、知恵の泉か賢者の石でもなければ……」


 フィリップは頭を抱えた。何故そのようなスキルが存在するのか、持つものがSSランクのギルドから覚醒しないのか、所有者がいつ、どうやって入ってきたのか。聞けば聞くほど、解せない事が増えていく。


「すまない! 遅くなった」


 会議が平行線を辿り情報が出尽くした辺りで、重々しい扉を開けて入ってきたのは、大柄な男だった。ダンジョン攻略を終えて間もないその体は汗と土で汚れていたが、会場には歓喜の声が上がった。


「おお、クライン! 来てくれたか」

「不死鳥のお出ましだ!」


 曇天の空に一条の光が差し込んだように、会場には希望が満ち溢れた。

 彼は東の大陸にあるダンジョン攻略とスキル研究に特化した大型ギルド『クラインズギルド』の長、クライン・バース。


 彼のギルドからも追放者が出て成り上がり、落ちぶれたところを買収されそうになった。そこで対策を講じて追放者の復讐を見事跳ね除け、再興を果たしたことから不死鳥の異名を持つ。


「こいつを探すのに手間取ってしまってな」


 クラインが円卓に置いたのは、真っ赤な宝石の原石だった。手のひらに収まるほどのそれを見て、マダム・ルビィは驚嘆の声を上げる。


「賢者の石! アンタ、どうやって……」


「細かいことは後だマダム。こいつを使って、追放者対策を考えなくっちゃならない。奴らはどうして成り上がるのか答えよ!」


 クラインの声に呼応して、石は淡く光る。声を発する代わりに、円卓全体を使って文字を記した。


 "人の邪な心が歪なスキルを生み出した。与えられたものは、虐げられることで能力を覚醒させられると本能的に知っている。お前たちは利用された"


「わざと追放されるように仕向けたということか!!! 人を煽るだけ煽って後は知らぬ存ぜぬか、尚のこと許せん!!」


 激昂するカイを宥め、次はフィリップが賢者の石に問いかける。


「では賢者の石よ。いつ、どうやって追放者は我々のギルドに入ってきた? 何故ギルド長達の記憶から消えている?」


 "全ては世界の外からの干渉によるもの"


「世界の外!? 冗談も休み休みにして欲しいもんだね。もしそれが本当なら、アタシらには止めようがないじゃないか」


 マダムはどんなに高尚な魔術であっても、世界の外側に関しては観測することさえ不可能だと首を振った。未知のスキルを持つ追放者達であるならば或いは、と言いかけて口をつぐんだ。


 どこのギルドも、追放後に円満解決などしていない。むしろ、それみたことかざまあみろと落ちぶれていく様を鑑賞されている節すらある。


 追放者達は非常に感情的で、和解に赴いても話を聞くどころか長々と自慢話を聞かされ、あの頃はよくもやってくれたなと尊厳を踏み躙られ、虫の居処が悪ければ攻撃してくるなど、とても対話が出来るような状態ではないと、この場の誰もが知っている。


「我々が対抗しうるにはどうすればいい? 未知のスキルを打ち消す方法や、覚醒させないことは出来ないのか?」


 フィリップは続けて問うが、返ってきた答えは単純明快かつ残酷なものだった。


 "人には成せぬ"


 会議室にいた者は皆絶句した。人間にはどうしようもないという事実を突きつけられてしまっては、手の打ちようがない。自分たちはこれから転落していくだけなのかと諦め目を伏せる。


「いや、まだだ! 人には出来ないのなら、神なら出来るということか?」


 クラインは食らいつくように賢者の石に問いかけ、石は答える。


 "創造の神であるなら"


「なるほどな、それなら俺に考えがある。皆、聞いてくれ」



 それから二時間後、長く続いたギルド長会議は幕を閉じた。フィリップは自分の人を見る目が間違っていたわけではなかったことに安堵する一方で、これ以上の被害拡大を阻止できない悔しさに唇を噛んだ。


 成り上がった追放者の暴挙に対する粛清、スキル剥奪、世界の外からの干渉の制御。皆の願いはクラインに託され、彼は創造の神が眠る居城と呼ばれる山を目指して出発した。


 数年後、クラインの活躍によりこの世界にはスキルそのものが存在しなくなった。彼は神から与えられるのではなく、誰もが自分の人生を自分で切り開ける世界に変化させたのだ。


 今日もギルド長会議が開かれる。ギルド長達の顔は、憑き物が落ちたようにすっきりとした爽やかな笑顔だったという。

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