サクラ(Sacra)

文重

サクラ(Sacra)

 朝、娘を幼稚園に送り届けて仕事に向かう途中、美幸は初めて川沿いの桜に気づいた。


 夫の暴力から逃れ、母子生活支援施設に身を寄せたのが1年前。行政を初め弁護士やいろいろな人たちの手助けで、先月になってようやく離婚が成立した。老人介護施設での仕事を紹介され、1ヶ月前に見知らぬ土地に引っ越してきたものの、まだ日が短かった頃は、職場からの帰路、靴音が響くたび後ろを振り返っては影に怯えた。新しいスタートを切れたことに感謝しつつも、来し方行く末を思い不安に苛まれる夜もあった。しかし、春めくにつれ母娘2人の生活も美幸の心も少しずつ落ち着いてきたのだった。


 輝く水面に映る桜には神々しさすら感じる。その光景に見とれていると、肩にそっと手が置かれた。職場の施設長が傍らで微笑んでいる。

「サクラという言葉にはラテン語で“聖なる”という意味があるそうよ」

 心のうちを読まれたような気がして、美幸も思わず不器用な笑みを返した。

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サクラ(Sacra) 文重 @fumie0107

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