エピローグ2

 それから、3週間後、私たちは一斉に退職届けを出した。

 当然、慰留されたが、それには応じず、最終的に管理課長がこの利益優先の会社のあり方を批判して、意図的に物別れをさせることによって、退職という運びとなった。


 さらにその5週間後、美根藤夜(鼠谷銀子)は、病魔によって亡くなった。

 亡くなるまで間に、私は児童養護施設の運営について、引き継げるだけのすべてを引き継いだ。半強制的(?)に田中係長も引き連れて。


 一方の管理課長(今までの習慣から、退職後もそう読んでしまう)は、内部告発の準備を着々と整えていた。田中係長がありとあらゆる不祥事の証拠書類の写しを揃えていたので、準備はスムーズに済んだと言う。

 かくして『スピリッツ・エージェンシー』は倒産に追い込まれることになる。魂魄貸付のあり方は、政府を巻き込んで協議されることになった。どうやら、法整備も検討されているらしい。


 他方、児童養護施設は、私の想像以上に、過酷で恵まれない少年や少女が多く暮らしていた。

 小林少年は、まだ恵まれたほうかもしれないと思うほど。多くは、実親や継親ままおやから虐待を受けてきた子たちだった。


 いたたまれない気持ちを抱えながらも、前向きな少年少女たちは、実に輝かしく見えた。

 逆に、わたしたちが、彼らに励まされそうになった。


「田中係長」といつもの癖で、先輩を呼ぶ。

「俺はもう係長じゃないぞ」

「じゃ、田中先輩」

「先輩っていうのもな、同時に転職してるんだからおかしいよな」

「じゃあ、田中一郎さん」

「俺の名前フルネームで呼ばれるのは、恥ずかしいな。平凡な名前だから」

「じゃ、何て呼べばいいんです?」

 わたしはふくれた。

「そ、そーだな……」ちょっと困り顔でいる田中係長も珍しい。

「まぁ、何でもいいです。とにかく、今夜、ご飯食べに行きません」

 職場なのに、思い切りデートに誘う。いかにもオフィス然とした前の会社では、間違ってもそんなことは言えなかったけど、児童養護施設に移ってから、距離が近く、気持ちも晴れやかになったような気がする。


「え、あ、いいけど……。どうした? 突然」

「もう、鈍いですねぇ~。こんな可愛い女の子が、デートに誘ってるんですよ。気持ちを察してくださいよ」

 そう言いながらも、田中係長が、二枚目なのに遊び慣れておらず、女子の気持ちを読み取れないのは、榛葉さんの回収のときに確認済みだ。

「自分で可愛いなんて言うなよ……」と、今度は係長が顔をしかめた。


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 夜ご飯は施設からほど近いごく普通の、ちょっと古めかしいレストランで。別に洒落たお店ではない。

「で、わたしの気持ち察してくれましたか?」

「え、あ? その、仕事でそれどこじゃなかった」

「もう! じゃ、私からいいますよ。田中係長……じゃなくて、田中先輩……じゃなくて、田中一郎さん! わたしと付き合ってください!」


「え!? こんなとこで?」

「でも、一郎さんはこーゆー、レトロな雰囲気のお店、好きなんでしょ?」

「ん? ま、別に特にそういうわけでもないけどな」

「で、どうなんです! 私の気持ち」

「待って、唐突なんだよ」

「待たないと、一郎さんに憑依してやりますから。憑依して乗っ取って、あんなことやこんなこと……」

「悪用しようとしてるじゃんか」

「冗談ですよ……。真面目だなぁ。そんな真面目なとこ、嫌いじゃないですけどね」

「ま、この際だから言うけど。俺、めちゃめちゃ嬉しぃょ……」

 田中係長は、横を向いて、ものすごく小声になる。でも、わたしは聞き逃さない。

「はっきり、言ってください! こんな美女に告白されて嬉しい。喜んでお付き合いしましょう、って!」

「ちょっと、盛ってるぞ」

「ええい。いちいち水を差さないでください。もう彼氏と彼女なんです。わたしが決めました! いいです?」

「は、はい……」

 奥手すぎる田中係長。これくらい強引になってもいいかもしれない。


 正直言って、児童養護施設に移ってから、生活はつましくなったけど、それでもここには、菅管理課長も田中係長もいる。

 小林蒼汰くん兄妹も他の子どもたちもなつきつつある。


 早くも転職したけど、わたしはこの仕事が好きだ。

 美根さんと銀子さんの遺志を受け継いで、この子たちが楽しく健やかに暮らせるように、一緒に頑張っていきたいと、わたしは胸を張った。


(了)

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魂のコレクター【関川二尋さま企画『ハーフ&ハーフ3参加作品』】 銀鏡 怜尚 @Deep-scarlet

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