エピローグ

エピローグ1

 かん管理課長に、鼠谷銀子さんの魂の回収の件の顛末を話したところ、管理課長には珍しく、涙を流していた。

「わたしも最近思っていました。魂を憑依させるって、すごい技術ではありますが、同時に、鼠谷さんの言うように、明らかに自然の摂理に反すること。唯一、1つの肉体に1つずつ平等に与えられた権利を、人間が勝手にもてあそんで良いものだろうか」

 目元をハンカチで拭いながら管理課長は言った。

「そうですよね。わたしも同感です。自分の会社を否定するようで、言うのを躊躇ちゅうちょしていましたけど、こんなことしていいのか、と。犯罪に悪用されるとか、モラルに反するとか、それ以前の問題で」


「恋塚さん。あなたは、至って正常な感性をお持ちだと思いますよ。実はですね、ここだけの話……」

 そう言って、管理課長は私の近くに来て顔を近づけて、耳打ちをしてきた。近くで見てもなお、美しい管理課長の顔とかぐわしい匂いに、同性ながらハッとする。

「ここだけの話、近々退職しようと思っています」


「え!?」衝撃だった。残される管理課の職員はどうするのだろうか。


「恋塚さんにその意向を伝えていなかったのは、謝ります。でも、この会社には未来はありません。というか、意図的に潰してやろうとさえ思っています。実は、田中係長を審査課に異動することを受け入れましたが、こっそり、彼には、社の不祥事をつまびらかにするための証拠を押さえてきて欲しいとも伝えました。わたしは、困っている人の支えになりたいとずっと思っていました。この会社だって、もともとは、小林少年のように離れ離れになった人の魂を一時的に誰かに憑依させることで、利用者の心を癒やすためにこの技術が開発されて、サービス提供が始まりました。でも、いつの間にか利益優先で、犯罪さえ看過するようなシステムに腐りきってしまった。もっと早く手を打っておくべきだったのです」

 気付くと、管理課長の目に、悪魔の炎が点っていた。

「遅かれ早かれ、会社は打撃を痛い目に遭うでしょう。その前に、管理課職員一斉に辞表を提出します。内部告発することによって報復してやろうと考えています。家宅捜索を受けることになるかもしれませんねぇ」


 普通に考えたら、組織の管理職としてあるまじき発言だが、不思議とわたしはその考えを支持していた。管理課長は耳打ちを続ける。

「田中係長には、その旨を伝えています。他の管理課職員もね。でも、就職して間もない恋塚さんのことが気になってました。どうします?」


 今度は、わたしが管理課長に耳打ちをした。

「その提案、乗ります。でも、転職先とかどうされるんですか?」


「そこで、さっきあなたの言った、小林蒼汰くんの児童養護施設の件が本当なら、話、引き受けようかなと」

「え?」

 いくら何でも、決断が早すぎるんじゃないかと思った。

「いや、さっきも言ったように、私は、困っている人の支えになりたいとずっと思っていました。それが、児童養護施設の職員として携わることでも構わないと思ってます」


 つくづく管理課長は優しい人だと思う。冷静沈着で若くして管理職となる優秀な人だから霞みがちだけど、人格的にも申し分のない、できた人だ。

「わたし、ついてってもいいですか? 田中係長も一緒に!」

 つい、大きめの声で言ってしまった。


「田中さんと? 彼が退職後どうしたいか、私聞いてないわよ」

 言ってから、「あっ」と恥ずかしさが込み上げてきた。

「ひょっとして、恋塚さん、田中さんのこと、惚れてるんだね」

「言わないでください。恥ずかしいですから……!」

 こうやって、管理課長が部下を茶化すことも珍しい。でも、このお茶目な性格が、かん里果子りかこ管理課長の本来の姿かもしれないと思った。

「良いわよ。田中くんにはこっそり伝えといてあげる。我が社でイチバン美人な恋塚さんの申し出だから、必ず気持ちに応えてあげなさいよ、と」

「課長ぉ、ヤメてくださいよ」

 恥ずかしさはあったが、同時に何だか清々しい気分にもなった。


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