Case6 鼠谷 銀子 40歳♀【回答4】
「小林!? 蒼汰!?」
ここで、何で小林少年の名前が出てくるのか。わたしがはじめて回収に行った顧客。正確には田中係長についていったわけであるが。
「そう。あの子たち兄妹の母は、旧姓小林銀子、つまり私のことなのよ」
だとしたらおかしいことがある。
「だって、蒼汰くんの両親は事故で亡くなったんじゃ……」
そう、蒼汰くんは言っていたはずだ。
「亡くなったわよ。夫、鼠谷
襲撃? 事故を起こした、と蒼汰くんは言っていた。
胸の内を読んだように銀子さんはニヤリと笑った。
「悪徳宝石商『パラダイスジュエリー』に雇われた狙撃犯に、走行中の車のタイヤを狙われて、スピンして、全員死んだのよ」
「じゃあ、今、美根夫人に取り憑いているのは、死者の魂?」
「いや、旦那と社長は即死だったけど、わたしだけは、即死じゃなくてしばらく意識があった。それを知った瞬間、美根夫人が大金をはたいて、わたしを救うために、意識があるうちに鼠谷銀子の魂を自分の体に憑依させる手続きをした。そして、程なくして、鼠谷銀子の肉体が出血多量で滅びたあとに、その死体を美根藤夜の死体と偽って処理させた」
想像以上に複雑な話に、わたしの頭は混乱を極めている。
「な、何で、美根藤夜の死体と偽ったんですか?」
「簡単なことよ。『パラダイスジュエリー』は、美根碧瑚と藤夜の2人を抹殺しようとしてたからよ。
そう言って、軽く両手を挙げた。お手上げと言わんばかりに。
「まさか、そんなシナリオが隠れてたんですか……」
わたしはしばらく茫然としてしまった。失礼ながら、てっきり、宝石や貴金属を完全犯罪で盗み出すと思い込んでいた。
「さぁ、どうするの? 窃盗未遂罪で逮捕するの?」
「わたしに逮捕の権限など……」
「じゃあ、私に憑依している魂を強制的に差し押さえるの?」
「事情が本当であれば、アルセーヌ・ルパンとシャーロック・ホームズの魂は、強制的に回収することになります。そして、二度と魂を借りられないようブラック・リスト入りすることになるでしょう」
「美根藤夜に憑依してる、鼠谷銀子の魂は?」
「正直な話、憑依して抜き取られた生者の肉体が滅んでしまったとき、その魂を死者として滅んだ肉体に戻すことが技術的に可能らしいとは聞いたことがありますが、前例がありません。しかしながら、正直なところ、美根藤夜さんの死亡届があるにも関わらず、この問題を放置してきた我々の落ち度もあります。また、小林蒼汰くんのお母さんであるあなたの魂まで亡きものにはするほど、非情にはなれません。だから、鼠谷銀子さんの魂の憑依については不問に処すよう、上に提案するつもりでいます」
銀子さんの話から、嘘や偽りは感じられなかった。きっと、彼女の言うことは本当だ。蒼汰くんたちのためにも、銀子さんの魂だけは、そのままにしておきたい。
しかし、銀子さんから意外な言葉が告げられた。
「その必要はないわ。一つ条件を飲んでくれたら、潔く私の魂を捧げるつもりよ」
「どういうことですか?」
「あのね、蒼汰が、銀子の魂をレンタルしたでしょ? あのとき、実は、手続きがうまくいかなかったと思うの。だって、蒼汰は死者である鼠谷銀子の魂を、寮母さんに憑依させようとした。でも、実際の魂は美根藤夜の中に宿ってる。それを聞いて、無事にレンタルができたふりをして、私は蒼汰たちの前に現れた」
そうだ。蒼汰くんは、死者から魂を抜き取る手続きをしたはずなのに、その死者の身体に眠っている魂がないのだ。いっこうに被憑依者に魂が憑依しなかったはずだ。
「蒼汰たちに再会して分かったのよ」銀子さんは続ける。「蒼汰、賢汰、穂香は、母親の死としっかり向き合っている。だから、これ以上、あの子たちの前に私が現れてはいけないんだということも悟ったわ」
「……」
「本来、死んだはずの人間の魂が、他の人に取り憑くのは、自然の摂理に背くこと。それは、あの子たちに間違った自然法則を教えることになってしまう。だから、悲しみを堪えて、
「えっ?」
思ってもみない発言だった。
「だから、条件は、あの子たち3人の安全を、確保してもらいたいの。本音を言うと、恋塚さん、あなたに母親役を担ってもらいたいの」
「母親役!? で、できません!」
唐突な申し出にまごついている。
「そうかな? 悪くない提案と思ったけど。私の見立てじゃ、失礼ながら、あなたの会社は遅かれ早かれ、経営は傾く。だって、こんな犯罪スレスレなことが簡単にできてしまうような危険なシステムなんだもの。国が、魂の憑依技術の使用を禁ずるが先か、会社の信用が失墜するのが先か……。いずれにしろ、この会社から早く足を洗った方がいい」
うすうす、対策を講じなければ未来はないことは分かっていた。でも、いち顧客である銀子さんに指摘されては、一層心配になる。というか、時間の問題かもしれない。
「で、勝手ながらだけど、前、美根藤夜の回収のときに来た、上司の男性……、確か田中さんだったわね。あの
「えっ、えっ!?」
わたしは、田中係長のことを意識していないと言えば嘘になる。でもそんなにあからさまだったとは。急に顔や身体が
「でも、聡明なあなたと、いかにも責任感の強そうな田中さんは、蒼汰たちの里親にぴったりじゃないかと思うの。ごめんなさいね、こんなこと言うなんて。私は、もともとお節介で一言余計なの」
「いや、こちらこそごめんなさい。さすがに急にその提案を提示されても」
「半分は冗談。でも半分は本気よ。考えてもらえるといいな」
「考えてみます。即答はできかねますので」
「でも、ありがとう。私は、最期にあなたに会えて良かった。このままわたしが犯行に及んでいたら、蒼汰たちは、犯罪者の子どもになってしまう。それが子どもたちのためだと分かったら、余計に悩み苦しむでしょう……。あなたが思いとどまらせてくれたのよ」
最期? 銀子さんは死期を悟っているというのか。気付くと銀子さんは涙を流している。
「最期って……」
「実は隠してたけど、美根藤夜の身体は、
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