Case6 鼠谷 銀子 40歳♀【回答3】

 わたしは、再び鼠谷さんの家に向かった。

 真実を追及し、魂を絶対に回収し、これ以上の悪行を阻止しなければならない。


「ごめんください。『スピリッツ・エージェンシー』の恋塚です」

 呼び鈴を鳴らすと、しゅうとめらしき高齢の女性が登場した。「あ、銀子さんなら、さっき出てったわよ」


 しまった。勘付かれて行方をくらまされたか。

「どちらに行かれましたか?」

「さて、私には何も言わなかったからねぇ」どこか白々しい。何か隠しているのではなかろうか。

 魂魄貸付システムが、ありとあらゆる悪事に利用されている。表沙汰にならなかったもの、未遂で終わったものなど、いろいろあるが、今回は極めてに近いのだ。何が何でも阻止しなければならない。

「本当は、お心あたりがあるのではないでしょうか?」

 我ながら、顧客(の家族)を疑うような嫌な聞き方をした。

「え?」

「銀子さんには、本日どうしても返していただかないといけないのです。事情は深くは言えないのですが、何でもいいので、教えてください」

 姑は観念したように目を瞑った。

「……分かったわ。あなたの目は真剣なようだから、教えたげる。たぶん、故・美根みね碧瑚へきごさんの家に行くって言ったわ。今日は、碧瑚さんと、私の息子、健瑚けんごの命日ですもの」


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 何が起こっている? 銀子さんの夫は死んでいるというのか。しかも、美根夫人の夫である碧瑚さんと同じ日に死んでいると? 

 わたしはパニックになりながらも、まずは鼠谷銀子さんともう一度会って話すことが先決だと思った。


 何が起きているか全容が掴めないが、とんでもないことが起こったことは確かだ。


「ごめんください!」

 ここは、以前、田中係長と訪問した美根夫人の邸宅。

 インターホン越しのやり取りの後、「やはり、あなたは侮れないわね」と出てきたのは、あのとき会った年齢の割には美しい老婆、美根藤夜夫人だった。


「先日は、お世話になりました。でも、人聞きの悪い言い方をしますが、わたしたちを欺いていましたよね? 鼠谷銀子さん」

「ふふふ、あなたには敵わないわね。よくぞお分かりで。わたしは鼠谷銀子です」

 そう言うと、目の前の老婆の姿が急に光り始めた。眩しさのあまり目を背けると、30秒ほど経って光が止んだ。そして、現れたのは先程の銀子さんだった。


「美根藤夜さんはもう亡くなられているという情報を入手しました。鼠谷さんの身体に藤夜さんが取り憑いていると……」

「書面上はね」

「書面上?」

 どういうことだ。実際は違うというのか。

「正確には、死んでいるのは鼠谷銀子の方。鼠谷銀子の魂が美根藤夜の身体に取り憑いている。でも、実際には、一つの体に複数の魂が共存していて、意思一つで簡単に姿かたちを変えられる。だから、どっちが憑依者でどっちが被憑依者の区別なんて、もはやなくなっているけどね」

「何が起こっているのですか? わたしは何か良からぬことを、あなたが企んでるんじゃないかと思って、失礼ながら追いかけてきました。お姑さんに居場所を伺いましてね」


「わたしがここにいるのは、美銀堂の美根碧瑚の命日だから。私、ここの家政婦だったから。こんな平凡な専業主婦のわたしが、何か悪いことなんてできようがないわよ」


「いや、あなたは、アルセーヌ・ルパンやシャーロック・ホームズの魂も憑依させてるはずです。失礼ながら、職務上必要なことと思い、特別に調べさせていただきました。何が企んでるとしか考えられません」

 世界の怪盗の魂と身体能力、頭脳を借りて、珍しい宝石を盗み出すのが目的ではなかろうか。


 しばらくの沈黙。わたしは銀子さんをしっかりと見据えた。絶対に悪用されてはならない。


「あーあ。あなたにイエローアパタイトを示したのが間違いだったかな? あの宝石の石言葉『欺く』。だから、あなたは私のことを疑っていたのね」

 独り言のように銀子さんは呟いた。

「イエローアパタイトは関係ありません。わたしは、このシステムを悪いことに使われたくないだけです」


「分かったわ」そう言うと、銀子さんは軽く両手を挙げた。「いいわ、すべて白状します」

 銀子さんは、一度深呼吸をしてから続けた。

「わたしは、さっきも言ったとおり家政婦として働いてたんだけど、ご主人、碧瑚さんと、奥様、藤夜さんの2人にいたく気に入られてね。子どものいなかった2人の娘のように可愛がられた。家政婦ながら。そして藤夜さんには弟がいて、弟の息子である健瑚を紹介され、結婚した。3人の子どもにも恵まれてね……」

 一見すると幸せ満点な家族ではないか。それなのに、身分を偽って、複数の人間を憑依させるという不可解なことをしているには、きっと理由がある。


「でも、そんな絵に描いたような幸せも、永くは続かなかった。それどころかごく一瞬だった」

 しかし、次に銀子さんから語られたのは、わたしの予想とはまったく違うことだった。


「今回の私の目的は、小林こばやし蒼汰そうたたちが安全に暮らせるようにするためです」

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