第6話 植物図鑑 裏


 主人が何の仕事をしていたのか、なぜそんなことをしていたのかは知らない。ただ、植物の分類が変更になったり新しくなったりしたときには、色々と付箋を貼り付けたり、図鑑に直接書き込んだりしていた。そうして、やや分厚くなった植物図鑑になった。主人は植物図鑑に色々なことを教えてくれた。

 なんでも大きく分類が変更になったという。メモや付箋がぐんと増えた。新しい分類の表とかも冒頭のページに挟み込まれた。

植物図鑑に元々なかった植物や、新規の帰化植物などは写真を撮ってきて、写真の裏に様々な情報を書き込んで、小さなファイルを作って、植物図鑑にくくりつけていた。


なぜ、新しい図鑑を手に取ることなく、この植物図鑑に色々と手を加えているのか、それは主人でなければ判らないことだろう。だが、植物図鑑は自分が選ばれた本なのだと感じていた。



 主人が死んだという話を夫人がしていた。そして、古本屋としてやって来た男が植物図鑑を見て

「いや、これは値段が付かないな」

そう言って、植物図鑑を手に取った。初めて、自分の感情があらわになった。その時、植物図鑑が感じたのは怒りだった。主人が丹精込めて色々と工夫をした自分に価値がないとは!この男の目は節穴に違いない、と。


そして、植物図鑑はその古本屋に他の本と共に引き取られた。

なぜか古紙リサイクルに回されることなく、不思議な男の手に渡ったのを覚えている。そして、その男の手に取られたときに、本当の自分として目覚めた気がする。

しかし、植物図鑑の怒りはその男の元でも収まらなかった。かの図鑑は、古本屋という者に対して不信感の塊になっていたのかも知れない。


そして、出奔した。



 現在は、新しい弟子を得た。我が身も新しく再編し直している。主人が我が輩を育ててくれたおかげである。決して、かの古本屋ごときのおかげではない。

新しい弟子は未熟者ではあるが、まあ育て甲斐があるというものだ。いつか、主人と再会する機会があったならば、いかに主人の行なっていたことが偉大であったのかについて、語れるように新しい弟子を育て上げる所存である。


これ、弟子。それはニラであって、スイセンではない。葉を少しとって、匂いを嗅いでみろ。あー、そっちにあるのはノビルじゃ。ここが違うじゃろう。図を見てみい!もっと良く観察をせい。良いか、スイセンは毒だからな、食うてはいかんぞ。

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入り口の本屋さん 凰 百花 @ootori-momo

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