第13話 家にて

「……そう、ですか」


 一通り説明を聞いたエイリスは、座っていた椅子へさらに深く腰掛けた。


「ごめんなさい。あたしらがもう少し早く気付いていれば……」


 テーブルをはさんだその向かいに座っているローナとメイルス。

 ローナの言葉に、エイリスはゆっくりと首を振る。


「いいえ。もしもお2人がルリを助けてくださらなければ、あの子の命はないでしょう。アブソリュートベアー相手に腕だけで済んだのです」

「それでも……」

「私がその場にいたとて、どうしようもなかった相手です。あなた方だから、ルリの命は助かったのです」


 エイリスは椅子から立ち上がると、2人へ深々と頭を下げた。


「ルリを助けていただき、ありがとうございました」


 深々と頭を下げるエイリスを、2人は何も言えずただ呆然と見ていた。

 アブソリュートベアーを倒した後、青年と出会い、彼の案内のもとルリの暮らしている村へと向かったメイルスとローナ。

 2人はここで、校長に頼まれた事はルリの護衛であったのだと確信した。

 エイリスはこう言ってくれているが、2人はひどく落ち込んでいる。任務は失敗した。


「……ところで、お2方が学園よりいらっしゃった生徒さんということで、」


 暗い雰囲気から話題を変えようと、エイリスは2人へ尋ねる。


「はい。学園長より調査を承りました。自己紹介が遅れました。わたくしが魔道工学科2年所属、メイルス=エンリアスと申します。そして」

「同じく、ローナイア=エルフォーデです」

「メイルスさん、ローナイアさん。遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。私はエイリスと申します。アイルーン学園長の娘である、ルリの侍女でございます」


 お互いに挨拶を終えると、階段から1人の男性が下りてきた。

 青髪短髪、背が高い好青年は神妙な面持ちで口を開く。


「とりあえず、傷口へ魔力治療をしました。そのうち傷は塞がるはずです」

「ありがとうございます、ゼ―ミル君。助かりました」

「いえ、そちらのお嬢様方のおかげです。俺はただルリちゃんを担ぎ込んだだけですから」


 柔らかい笑顔を浮かべる青年は、ローナとメイルスの前へと進むと、お辞儀する。


「先ほどはありがとうございました。私はゼ―ミル=シュラインと申します」


 青年ゼ―ミルは自己紹介を終えると、エイリスに促されその隣の席へとついた。


「怪我の具合からして、腕の傷がふさがるのは早くて1か月と言ったところでしょう」

「そうですか」

「にしても、ルリちゃん、傷口を焼いて塞いでいたようで、普通じゃあ1か月なんかじゃ治らない怪我ですよ」


 ゼーミルに続いてローナが言う。


「と、言うよりもあの子はあの年で魔法が使えるのか?!とんでもない才能だ」

「ええ、私も気になっていました。彼女には何か特別な能力があるのかもしれません」


 メイルスの言葉に、ローナも「全く、出鱈目だ」と頷いた。

 

「……指輪、でしょうか」


 神妙な面持ちでエイリスがつぶやく。


「……?エイリスさん?」

「あ、いえ、何でもありません。ところで、ゼ―ミル君はどうしてルリの所へ?」

「ああ。実はユフィに稽古をつけている間にナ—ヴェさんが畑から走ってきまして。アブソリュートベアーがでたんだがルリちゃんが向かってったって聞きまして。引き戻しに向かったらお2人に会った、といったところです」


 ゼ―ミルは状況を淡々と説明した。

 

「なるほど。それと、メイルスさん、ローナイアさん」

「はい」

「私は学園長からのお手紙で、あなた方が5日後にいらっしゃると伺いましたが、どうしてこんなに早く?」


 エイリスはそれを一番不思議に考えていた。まだ手紙が来て1日もたっていない。

 

「それなんですが、あたしらも当初は4日後に学園を出るつもりでした。ただ、学園長から呼び出しがかかって今すぐに向かうようにと言われまして、大急ぎで来たところです」

「それはまたどうしてでしょう?学園長は何かおっしゃられていましたか」

「そりゃあ、あたしも気になって聞いてみたんですが、学園長は『なんだか、嫌な予感がする』としか」


 大真面目に話すローナをよそ目に、エイリスはぽかんとしていた。

 しかし、その予感は的中してルリの命を守るきっかけになったのだ。父親とは、すごいものだとエイリスは妙に感心してしまった。

 それに比べて、私は……。

 暗い顔を浮かべていたエイリスをみたローナは、軽くテーブルをたたくと、立ち上がって言った。


「……とにかく!ルリちゃんが目を覚ますまでは何が起きたのかはわからんってことっすね」

「そうですね。とにかくお2方共、ルリをありがとうございました。まずはルリの回復を待ちましょう」


 エイリスもまた立ち上がると、メイルスとローナへ部屋の案内をする。


「しばらくご滞在されるとのことでしたので、2階のゲストルームをご用意しています。ご自由にお使いください。少し狭いかもしれませんが」

「お気遣いありがとうございます」


 2人は荷物をもって2階へと上がっていった。

 リビングに残ったのはゼーミルとエイリス。

 しばらくの沈黙ののち、エイリスが口を開く。


「ユフィ君は、大丈夫ですか?」

「……ええ、まあ。アブソリュートベアーが出た、ルリちゃんが危なってなってからは、僕も行くって言ってやまなかったですが」

「ルリの騎士くんですから」

「いや、まだまだダメです。ルリちゃんのほうが勇敢で才能が有ります」


 遠くを見るような、達観めいた目でぼそぼそという。


「でもね」


 一瞬の間が開いたのち、ゼーミルは続ける。


「あの子は努力家です。ルリちゃんに負けないところと言ったらそこでしょうかねぇ?」

「あと、真面目で健気なところですね」

「それはどうでしょう?ルリちゃんの前だといい風に見せているようですがね」


 ゼ―ミルは失笑する。


「……あなたは良いお兄さんですね」

「いいえ。全くそんなことはありません」


 ゼーミルは吐き捨てるように言うと、立ち上がり、大きく伸びをした。


「では、そろそろ俺も小屋に帰りますよ」

「まだ、ご両親とは別の場所に?」

「ええまあ。お堅い親なんでね。お互いにこのほうが楽なもんでね」

「それでもどうして、この村に居続けるのですか?」


 素朴な質問。エイリスは深く考えずに淡々と聞いた。

 一度、兄弟稽古をルリと共に見に行ったことがあった。そこでユフィに稽古をつけるゼーミルの剣技をみたエイリスは、彼から卓越した才能を感じていた。

 この剣技を持っていれば、王国でもやっていけるはずだと考えていた。

 親とも仲が悪く、村の中でも別居している。だからこそ、なおさら村に留まる理由がわからない。

 しかし、ゼーミルは当たり前かのように軽い口調で答えた。


「まあ、あいつの居場所がなくなっちまうんでね」


 やっぱり……。エイリスは何か言おうとしたが、ゼーミルの「それではそろそろ」の言葉に遮られるように口を閉じた。


「介抱、ありがとうございました。ユフィ君にもよろしくお伝えください」

「ええ。こちらこそよろしくお願いします」


 ゼーミルは帰路についた。

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(旧)オーバークロック 井上巧 @TakInoue089

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