第12話 連携!熊退治!学園の2人編

 村と畑をつなぐ、馬車一台がギリギリ通れるほどの道。片側が収穫前の植物が育っている畑で、もう片側がうっそうとした森になっている。

 普段は踏み固められた土の道。しかし今は、アブソリュートベアーによって真っ白に凍り付き、銀の道へと変貌している。


「おうら、よっとぉ!」

 

 ローナの声とともに炎で真紅に染まった刀身がアブソリュートベアーへと差し込む。逆にアブソリュートベア―は防御するように爪を突き出し、両者は激しく激突する。衝撃波と金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響きわたった。

 ローナの攻撃は、白熊の氷の爪によって受け止められた様に思われたが、アブソリュートベアーの硬い爪はみるみる溶けていき、ローナは刃を進めていく。


「ぐおおおおおっ!」


 アブソリュートベアーは左手を横へ大きく振り回した。その遠心力で、ローナは空中へと投げ出されていく。


「おぅわっと!」


 回転しながら飛んでいくローナだったが、その先に生えていた木を見つけると、その幹へと受身を取った。そして、その木を踏み台にしてもう一度アブソリュートベアーへと飛び込む。

 踏み台にした木が枝のように薙ぎ倒れる。ローナは勢いを殺さない様に左肩側に刃を構えた。


「居合炎刀」


 ローナの持つ刀の、その刀身が再び炎で包まれる。その炎は先ほどの炎とは違う、黒と赤を混ぜたような色。刀全体にまとわっている炎が集約され、刀身の熱が集中する。

 言うなれば地獄の炎、纏った刀は、アブソリュートベアーの首元へと猛進する。ぶつかる直前、ローナは体を右へと払い、体を中心に太刀がコマのように回転する。

 火花を放つ爆炎のコマ。しかし、突如として白い霧の中があたり一帯に立ち込めると、アブソリュートベアーの姿が視認できなくなってしまった。。


「……なっ!」


 ローナは勢いのままに霧の中へ猛進する。しかし、刀は空を切り、白い霧を超えた先には、ただただ畑があるだけだった。だ。

 ローナは空中で回転をピタリと止めると、太刀に溜めた黒炎を斬撃波にして畑へと飛ばした。凍りついた収穫時期の稲が一瞬にして炭となり、さらには一気に燃え炭化し、結局白い灰だけが残った。

 ふかふかの灰の中心にローナは着地すると、背後へと振り返る。やはりそこにはアブソリュートベアーの姿はなく、あたり一帯を立ち込める白い霧だけだった。


「霧の中へ隠れやがったな。流石はSランクだ」

「ローナ!前!」


 霧の中からメイルスの叫ぶ声が聞こえた。ローナはふと霧のほうを眺めていると、ローナが立っている場所から左、そこから突如として氷の爪が現れ、ローナの体を薙ぐように振りかざされる。


「はっ!まずいっ!」


 腕は霧の中からもうすでに勢いがついていた。また、氷の爪は、ローナの初撃を受け止めた時よりも長く伸びており、後ろへ回避しようにもリーチが届いてしまう。

 ならば、受け止めるしか無い!

 ローナはニヤリと笑みをこぼすと、炎を纏う刀を爪がやってくる右側へと構える。


「おうらあ!力比べと行こうぜぇ!!かかって来いやあ!」


 威勢よく構えた刀。しかし、薙ぎ払われる氷の爪は刀に一切当たることはなく、刀とローナにはまばらに飛び散った赤い液体が降りかかるだけだった。


「ごおおおっ!」


 アブソリュートベアーの方向と共に、白く立ち込めていた霧が晴れていく。

 その先には、右腕と左手の指全てから血を流し、苦しむアブソリュートベアーの姿があった。


「爪切り、ですよ。爪が長いと不衛生ですから」


 構えと炎を解き、呆然としていたローナの横にメイルスが着地する。

 メイルスは腰に携えていた双剣を抜き、右手には青、左手には白の剣を持っていた。

 ローナは呆れたような笑顔で言う。


「なぁ、爪切りにしちゃあ、深爪どころの騒ぎじゃなさそうだが?」

「あら、確かに刃の通りは良かった気がしたけれど。指ごと行っちゃったのね」

「いや、指ごと斬るにもだいぶ硬ぇぞあいつ!」


 アブソリュートベアーしばらくジタバタと地団駄を踏んでいたが、傷口が凍りつき血が止まったところで落ち着きを取り戻したようだ。

 そして、ギロリとローナとメイルスへ向けて強烈な威圧を送る。


「ヤベ、めっちゃ怒ってね?」

「まあ、そりゃそうでしょう。ローナ、トドメ、いけるかしら?」

「おう!任せろ」

「じゃあ同時に」


 メイルスは両手に持った剣を逆手に持ち、姿勢を低く構える。

 ローナは刀を鞘へとしまうと、目を瞑り集中する。


「グオオオ!!!!」


 爪による攻撃手段を失ったアブソリュートベアーは、口元から強烈な冷気を発すると、それが氷の塊になっていく。

 3度目の氷の矢。しかし、今回が1番大きな氷の塊になっている。

 それはアブソリュートベアーの身体を覆えるほどのサイズになっていた。口からの冷気を止めたアブソリュートベアーは、雄叫びと共に氷塊を射出した。


「いくよ!ローナ!」

「……応」


 メイルスとローナは同時に地を蹴った。前を飛ぶのはメイルス。飛んでくる氷塊へ速度を落とすことなく突っ込んでいく。

 進むほど氷塊は粒から壁へ変わっていく。強烈な圧迫感、しかしメイルスは怯むことなく突進する。


「100連斬」


 メイルスは氷塊の手前で剣を振るう。残像か、剣が分裂し、アブソリュートベアーほどあった氷塊全体へ斬撃が見える。

 無駄のない。剣舞とでも言うべき青と白の斬撃。

 メイルスは持っていた剣を鞘へと収める。そのカチン、というやけに響いた音と共に、氷塊にピキピキと亀裂が入る。

 木っ端微塵に斬られた氷塊が、雪の様に降り注ぐ。地面にぶつかり、雪崩の様にあたり一帯を染め上げた。


「防御は、やりましたよ?」

「応!」


 メイルスが着地すると、そのすぐ後ろについたローナが抜刀する。

 赤黒い煉獄の炎が等身に包まれ、降り注ぐ雪を溶かし、その水をも蒸発させながら突っ込んでいく。

 空中で身体を捻る。狙うはアブソリュートベアーの首。

 雪を超え、そこには満身創痍のアブソリュートベアーが呆然と立ち尽くしていた。


「獄炎斬!」


 ローナに気がついたアブソリュートベアーだったが、両腕の負傷でもはや反撃する余裕はなかったようだ。ローナが刀を振るうと、まとわっていた煉獄の炎が黒の衝撃波へと変化する。先ほどまで銀世界だった地面を炎で抉りながら進んでいき、アブソリュートベアーの首を捉えた。


「グオオオァァァァァァァ!」


 断末魔も長くは続かない。気管を切ればもはや声は出ない。

 アブソリュートベアーの首が空を舞う。その断面は焼き切られ、固まってしまったのか、もはや血すら出ていない。

 巨大な首と元々の体が、ドスンと音と土煙をあげて倒れ込んだ。

 ローナは落下したアブソリュートベアーの前へ着地すると、太刀を鞘へと納めた。

 そこへメイルスも駆け寄る。


「……ふぅー。お疲れさん」

「ええ、お疲れ様。流石ですね、別名氷王とも呼ばれる魔物の首を、一刀両断なんて」

「いや、あの氷塊を粉々に切り裂いちまったお前の方がよっぽど怖えわ」

「えー。怖くないですよー」

「……まあいい。ところでよ、なんか忘れてねぇか?あたしなんか引っかかんだよなぁ」

「……!」


 メイルスはハッとした顔をすると、焦った様に言った。


「あの子!左腕が凍っちゃった子!戦闘を気にしすぎて忘れてましたよ!」

「……ああ!派手にやりすぎたよなぁ?生きてる、よなぁ?」

「……どうでしょうか?」


 引き攣った表情で顔を見合わせた2人は、恐る恐る首を少女が座り込んでいた方へと向けた。

 雪と土煙の混ざった霧が晴れると、そこには少女が膝を崩して座っていた。

 右手を前へと突き出し、青い瞳でローナとメイルスをじーっと見ている。


「良かったぁ!生きてたよぉ!」

「……ごめん!嬢ちゃん!」


 2人は安堵の息を吐く。そして再び少女の方へと見ると、彼女の周りの霧が完全に晴れていた。

 そして同時に2人は驚愕した。

 少女の周囲、円状に丁度2メートル程だけ完全に雪がなくなっているのだ。また、彼女の凍っていた腕は溶け、その断面が焼かれているのか血が止まっている。

 ローナもメイルスも今まで戦闘に夢中。つまり、少女は自分たちの戦闘に目を向けつつも自分の腕を治療していた?

 一体、どうやって?


「……あの子、只者ではないね」

「あたしもそう思う。あの年齢で痛みに耐えて腕を焼けるか?」

「よくよく考えてみれば、あのアブソリュートベアーから逃げ延びてきた時点でおかしいですよね」


 しばらく少女を観察していると、開いていた眼の、その瞳の色が青と茶色でチカチカと変化し出し、体がふらつき出した。瞼も震え、徐々に閉じられていった瞼が完全に閉じきると、少女は倒れ込んだ。

 その時、「おーい!」と、メイルスとローナの背後から男性の声が聞こえた。大きく手を振りこちらへとかけてくる。背が高く、片手には鞘に収めた騎士剣を持っていた。

 ローナとメイルスの元へとくると、男性は息を整えた。


「はぁっ!はぁっ!」

「……あのー?」

「あっ!すいませんね。本当に急いできたものだから。ところで、この辺りに、少女を見ませんでしたか?」

「少女?なら、そこに……」


 メイルスとローナは道を除けると、そこには倒れ込む茶髪の少女がいた。男性は少女へと近づくと、みるみる顔が青ざめていく。


「……ルリちゃん!腕は?どうした……。嘘だろ、間に合わなかったっ!ルリちゃん!」

「さっきまで起きていました。今すぐに治療しなければ傷口から感染症にかかる可能性があります。私がお運びしますから、どこか治療できるところに案内をお願いします」


 メイルスは端的に説明すると、男性は剣を腰に下げ、ルリをお姫様抱っこで持ち上げる。

 

「……ご丁寧な説明とご厚意ありがとうございます。村までご案内いたします。行きましょう」

「はい。わかりました」


 男性は来た道を急いで引き返していく。ローナとメイルスもその後ろを追う。

 

「……なぁ、メイルス」

「何よローナ」


 ローナが走りながらメイルスに話しかけると、もしかしてだけど……と続けて言う。


「今の子、ルリって名前だよね」

「……そうらしいわね。それがどうかしたの?」

「いや、ルリって名前の女の子でしょ?思い出さない?」

「……何がよ。早く言ってくださいな」


 訝しそうなメイルスをみて、ローナは口ごもりつつ、小声で言った。


「ルリちゃんって、だよね?」

「……あ」


 ローナの言葉に、メイルスは口が空いたまま冷や汗が止まらなかった。

 その反応を見たローナもまた、同じように背中に嫌な汗が流れる。


 2人は男性の後ろを、吐きそうな体に鞭を打って走った。

 

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