第11話 連携!熊退治!その2

「これ、どうしようかな」

『まあ、とりあえずはこのまま放置でいいんじゃあねえか?先に大人に報告した方がいいだろう』


 粉々の肉片を前に、並んで会話する2人。

 ヤナギのお陰で、子熊は肉片と赤い血になった。身体の内部から爆裂させると言う惨い攻撃の結果である。


「なにがともあれ、無事に倒せてよかったよ」

『怪我なく終わってよかったな』

「そうね。怪我……あーっ!」


 ルリは不意に大きな声を出す。どうやら何かを見つけたようで、一目散に走る。細かい肉片を蹴り除けて、そこにあったのは、根本からへしおれ(というよりも溶けて)、柄だけになったナイフだった。

 ルリは拾い上げると、ヤナギの方を見る。


「あー!どうしてくれるの!ナイフが壊れちゃったじゃん!」

『あー、すまん。鉄のナイフじゃああの魔力濃度には耐えられないよな』

「せっかくエイリスに研いでもらったばかりなのに!」

『そうはいってもだな……』


 このハッピーなお嬢はどうしたものかと、ヤナギは頭を抱えた。ルリは折れたナイフを手に取ると、左手に持った。


『さあ、家に戻るぞ』


 ヤナギはナイフをまじまじ見つめるルリに呆れたように声をかける。

 

「……直せるかなぁ」

『難しいとは思うがな。そんなに大事なのか?そのナイフは』

「こないだもらったばっかりだからさ」

『でもまあ、ナイフのお陰で命が助かったんだ。そのまま帰るぞ』


 ルリは柄をじーっと見て、なかなか動こうとしない。呆れたヤナギは、畑の周りを見るぐるりと見渡した。

 爆発は大きかったものの、隣接する畑には被害が及んでいないようだ。

 畑の裏手を占める森も大して異常はない。とにかく静か。そりゃあ子熊が現れたのだから、静かになるのも仕方がない。動物たちはみんな逃げてしまったのだろう。

 ヤナギは先に、畑の入り口の方へと向かうと、柵に寄りかかる。

 

『ほら、ルリ。ここに居てもナイフは直らないぜ。戻るぞー』


 ヤナギの声かけに、ルリは仕方がないか、とため息をこぼすと、ヤナギの方へと歩き始めた。


「わかったよ。今行くってー」


 ルリはヤナギに向かって歩く。ヤナギはその背後に、ルリの背中から音もなく白く巨大な物体が這い出てくるのを見た。

 高さは6メートル程だろうか。真っ白な巨体は冷気を放っているのか白い霧に包まれ、2本の腕と太い足で身体を支えている。

 毛皮に覆われた身体。その上頭部についた赤い目が、ルリを見下ろす。

 熊だ。さっきの子熊より巨大な熊だ。しかし、さっきの熊とは比べ物にならないくらいの力強さ、魔力、そして威圧を感じる。


『ルリ!後ろだ!にげろぉ!!!!』


 ヤナギは必死に叫ぶ。焦って後ろを振り返ったルリは、驚愕の表情を見せると、瞬時にヤナギへと走り出した。ヤナギもルリの方へと走り進む。


『まずいっ!今、ボクは指輪に入っていない!これじゃ力が使えない!早くこっちへ来るんだ!」


 ヤナギの力は、ヤナギが指輪にいなければ動作しない。指輪こそがルリとヤナギをつなぐパーツなのだ。

 呆れたルリをよそに距離を離したことは失態だった。子熊を倒してヤナギは完全に油断していた!

 ルリは懸命に走る。しかし、白熊はたった1歩の踏み込みでルリへ迫ると、ごおおおおお!と方向をあげ、強烈な冷気を放った。

 口から霧散した冷気が1点に纏まり、ルリの方へと矢の如く射出される。


「これは、避けないとっ!」


 ルリは矢を避けるために体を右へと急旋回する。しかし、間に合わない。ルリの見積もりよりも氷の矢はずっと速く飛んできた。旋回によって体の中央は外したものの、ナイフを持っていた左手の付け根に着弾した。


「ぐぅぁっ!!!」


 ナイフの柄が吹き飛ぶ。左腕の肘から先が凍りつき、感覚が消える。だが、ルリは足を止めない。急激に重くなる左手を引きずるようにヤナギへと走る。

 ヤナギまであと少し。ヤナギが指輪にさえ戻れれば能力を使うことができる。そうすれば、逃げられる確率は上がるはずだ。

 あと10歩。走れ!走れ!と身体に鞭を打つ。

 あと5歩。あと少し!



 ゴツっ!



 なにかに、背中を押される。硬い何かが、ルリの背中を捉え、ルリの身体を前へと押し倒す。


「……えっ」


 前へと転ぶ過程で、体が捻られる。ヤナギは見ていた。背中に当たったのは、白熊が投げた子熊の頭だった。

 ルリは空中に弾き飛ばされ、ヤナギの真横を通り過ぎた。

 振りかぶった右前足の勢いのまま、白熊は右足を一歩前へと進める。地面についた右足から冷気が溢れ出てくると、先ほどまで柔らかかった休耕地の土がみるみる凍っていく。

 畑全体が白く固まった瞬間、ルリの身体は打ち付けられるように凍った硬い地面へと落っこちた。


「ぐはっ!」

『ルリ!』


 最初は背中、次に頭と足、最後に両腕が硬い地面に叩きつけられる。

 衝撃に氷が割れたピキピキッという音が聞こえる。

 背中も頭も腕も血が流れ、猛烈に痛むが、左腕は痛くない。凍りついていたからか、どうやら痛みを感じていないようだ。

 ルリはスルスルと滑っていき、畑の入り口に到着していた。吹っ飛ばされて痛みはするが、出口には1番近くなった。


「……痛っ、……けど、ここから走って何とか逃げるしかない!」


 ルリは体を起こすために両手を地面につけ、立ちあがろうとする。

 しかし、ルリは立ち上がることができず、左肩からまた地面へと転んでしまった。


「ふぐっ!……なんで?!確かに両手をついて……」

『……ルリ!落ち着いて右手で立ち上がれ!左手は見るな!』


 ヤナギはこちらに向かいながら、必死に叫ぶ。ヤナギの忠告、しかし、ルリには逆効果だったようで、すかさず左手をみる。


 膝から先が、水色にギザギザ。


 つまり、肘から少し先で、砕けるようにして腕がなくなっている。


「……えっ」


 瞳孔が開いたまま、冷気で寒いはずなのに汗が止まらない。

 ヤナギはやっと追いつくと、ルリの指輪へと飛び込んだ。


『ルリ!しっかりしろ!左手だけで済んでるうちに早く逃げるぞ!』

「……」


 瞳孔が開き、冷や汗が止まらない。ルリにヤナギの声は届かない。

 こうしているうちにも、白熊は距離を詰めて先ほどと同じ様に口から白い冷気を放出する。

 冷気が一点に集まり氷の矢が作られると、また例の如くルリへ向けて猛スピードで射出された。


『おい!……くそ!体借りんぞ!』


 吐く様にヤナギがいうと、ルリの茶色い右目が青く変化する。右手を氷の矢に向けて突き出す。ただ矢はそのまま右手へと吸い込まれる様に飛んでくる。


『砕けろぉ!!』


 右手に当たるか当たらないかのところで、氷の矢は霧の様にバラバラに砕けた。それとともに、一気に何十枚ものガラスを割ったかの様な轟音と、煙の様に舞う白い冷気が放たれる。

 氷の粒が砕け終えると、ルリの瞳は元の状態に戻った。


「……わた、しは……」

『くっ!おい!しっかりしろ!』

「……はっ!」


 目に精気が宿る。ハッとしたルリは右手をついて立ち上がると、畑の入り口の方へと逃げた。そのまま村へ向かう道を全速力で走る。


「……ごめん、ヤナギ。私っ!」

『反省はあとだ。まずは何とか逃げるかこいつをぶっ飛ばすかだ。だがまあ、武器もない今、倒すのは無理だ。逃げろ』

「今ヤナギと入れ替われば戦えないの?」

「片腕がないから身体のバランスが崩れている。エネルギーの計算が難しすぎる」


 ルリは畑の外へ向けて走り出す。後ろは見ない。とにかく全力で走った。そのうち、白熊の冷気を感じなくなってきた。ヤナギは後ろを振り向くと、そこには何もいない。どうやら白熊は追ってきていない様だった。嫌な揺れと、地面を抉る様な音が聞こえるが、姿は見当たらなかった。


『よし、そのまま逃げきっちまうぞ!』

「うん!何とか頑張る!」


 ヤナギの掛け声のままに、ルリは全速力で走る。ヤナギも指輪の外から出て並ぶ様に走り出した。


「……指輪入ってないと力が使えないんじゃないの?」

『ああ。だが、身体のバランスが崩れた状態ではエネルギーの供給が安定しない。速力強化をしたところでバランスを崩して倒れかねないだろう。なら今は後方を確認できる目になるくらいしかできない』


 ルリとヤナギは並んで走り進む。丁度畑から100メートルほど走ってきた頃、ヤナギが青ざめた顔をして言った。


『おいおいおい!嘘だろぉ!』

「なに?!」

『後ろを見ろ!』


 ヤナギは急いで指輪の中に戻る。それと同時にルリは急ブレーキをかけ、後ろを振り向く。

 まだ、白熊の姿はない。しかし、代わりに爆速で追いかけてくるものが一つ。それは若干白く凍りついた広葉樹の丸太だった。その丸太が、氷の矢と同じ速度で迫ってきているのだ。


「ええええ!」

『避けられるか?!』

「なんとか!ヤナギが気づいてくれてたからね!」


 迫る丸太。ぶつかる直前に、ルリは空中へと飛ぶと、身体を翻して丸太を背面跳びで避けた。

 しかし。


「よし!何とか……ああっ!」

『くそっ!間に合うか?!』


 丸太を躱したすぐ後ろに、もう1本の丸太。空中へと避けるのをわかっていたかの様に一直線でルリへと迫る。

 さらにその背後には白熊。まさに絶体絶命とはこのこと。


「ヤナギ!力でどうにかならない?!」

『丸太のスピードが速すぎる。ルリの体から半径1cm単位でのエネルギー演算がいる。今の状態じゃ間に合わないっ!』

「そんなっ!」


 ヤナギがお手上げならば、もはやここまで。ごめんなさいお母さん。少し早く、逢うことになりそうです。

 ルリは空中で走馬灯が浮かぶ。もはや避ける手立てはない。自由落下に身を任せ、丸太がぶつかるその刹那を待つ。

 丸太はルリへと吸い込まれる様に接触する……ことはなかった。



 ジャキンッ!!!



「……ふぇっ?」


 気の抜けた声を放つルリ。走馬灯スローモーション空間から抜け出すと、そのまま地面へと落下する。


「ふんげっ!」

『……なんだ?!』


 尻餅をついたルリがゆっくりと目を開けると、目の前には、炎を纏う刀を持った1人の女性が立っていた。

 そして、ルリの左右の耳へほぼ同時にドォン!と、真っ二つに割れた丸太が地面を穿つ音が入ってくる。


「……ふぅ。アブソリュートベアーが何でこんなとこに沸いてんだかなぁ。あたしらが派遣された理由がわかってきたぜ」


 上下紺色の服を纏った女性は、背中の鞘へ大太刀をしまうと、腕を組みやれやれと首を振った。

 そしてルリの方へと振り向くと、驚いた表情を見せ、駆け寄ってきた。


「嬢ちゃんっ!手が!やられたのかこいつにっ?!」


 驚いた表情でルリへと歩み寄ると、左腕を掴んでその容態を見た。


「……くそっ、砕けちまってる。すまねぇ嬢ちゃん。あたしたらがもう少し早く助けに来れれば良かったのだが……」

「えっと、あの……助けにきてくださったのですか?」

「いや、たまたまここらに用事があってな。デケェ音がしたから走ってきたんだよ」

「そう、でしたか」 


 ルリへと真剣な表情で応対する女性。ベージュのサラサラな髪ととんがった耳が特徴的な美しい女性だった。首にはリボンをつけ、ブラウスにジャケットを羽織っている。大きな胸の先端には、校章だろうか、紋章の入ったパッチがついている。


「とりあえずだ、嬢ちゃん。ここから動かないでくれ。あたしはまずはこのクソ熊さんをやっつけてくるからよ」


 後方を親指で刺しながら、ニヤリと笑う女性。しかし、その刺した後方のすぐ。いつのまにか白熊は距離を詰めできていたようで、鋭い氷の爪のついた右前足を女性の背中へと振りかぶろうとしていた。


「う、後ろ!」

『まずいぞ!こいつ、呑気すぎんだろぉ!』


 ルリとヤナギの悲鳴。振り向いても、もう遅い。彼女へと向けられた強靭はもうすでに動き出していたのだ。

 このまま振り返る暇もなく、爪によって引き裂かれると思っていた時だった。


「……全く、よそ見ばかりして。いつか死にますよ?」


 ゆるりとした、優しい少女の声が後方から聞こえた。と同時に、振り上げられていた白熊の右腕が赤いしぶきをあげて地面へと落っこちた。


「グオオオオオオ!」


 白熊は悶絶しながら後退りしていく。

 白熊の血だらけになった地面。そこへコトンと優雅な音と風貌で1人の少女が背を向けて下りてきた。彼女もまた、先ほどの女性と同じジャケットを羽織っており、下は紺のプリーツスカートをはいていた。水色の左側にまとめられたサイドテールの髪とアホ毛が、背中しか見えていないにもかかわらず特徴的だ。

 そして、彼女の両手には、全くの穢れのない、美しい青と白の剣があった。

 少女は剣を可憐な動作で左右の腰についた鞘へと納めると、ルリのほうへと振り返った。

 色白の綺麗な少女。人形のような端正な顔立ちで、特徴的なのが、瞳が見えないほどの細目。

 少女は耳のとがった女性のほうへと、見えているのかわからない糸目を向けると、続いてルリの方へと顔を向ける。

 

「……けがしているのですね、彼女。でも、ローナがやられたら意味がないですよ?」

「全く、気づいてたっての。ま、剣出すのメンディーし助かったわ」

「ありがとうが言えないの?全く素直じゃないですねぇ」

 

 ルリは2人の緊張感のなさに驚いていた。彼女たちの態度は、たった一撃で腕一本を弾き飛ばすようなバケモノが近くにいる状況とは思えない。さっきまで死の狭間にいたルリは変に気が抜けてしまい、体に力が入らなくなってしまった。


「グオオオオオオオオオオ!」


 白熊が叫ぶ。片腕を失ってはいるものの、大きくダメージを受けたような様子はなく、また口に冷気を集めると、氷の矢を少女へと射出した。

 至近距離の矢であったが、少女にぶつかることはなかった。いつ刀を抜いたのかわからなかったが、氷の矢は少女にぶつかる直前で砕け散り、白い霧を振りまいた。


『今のは、剣を抜いたのか?いや、何か引っかかる様な……』


 心の中で、ヤナギが驚いている。と、同時に今の攻防でヤナギは、彼女たちにこの場を任せれば問題ないと確信した。彼女が何者かはわからないが、剣技、間合い、見ているところが、完全に強者の動きであったからだ。


「……さてと、どうしてアブソリュートベアーがここにいるのかわかりませんが、それはおいおい彼女に聞くとしましょうか。ローナ」

「だな」


 ローナと呼ばれた耳のとがった女性は、立ち上がり際にルリの頭を優しく撫でる。


「ちょっと待っててくれよ。ちゃちゃっとやっつけちまうからよ」


 そしてローナは背中の太刀を抜くと、その刀身が見る見るうちに炎に包まれていく。


「さあ、やっちまうかエイリス!防御は任せたぜ!」

「何を言っているの?防御はあなたでしょう?」


 暢気な会話と共に、両者同時に地を蹴った。

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