第10話 連携!熊退治!
「いたね」
『ああ、あいつだな』
草陰に隠れるルリとヤナギ。その視線の先、森に囲まれた畑の、休耕地の真ん中に茶色い熊が1匹彷徨いている。
あの休耕地は、ルリが今日向かっていた場所だ。広さはほかの畑と同じくらいで、柵に囲まれた正方形。広さは20平方メートルほどだろうか。
裏手には森が面しており、子熊はおそらくそこからきたのだろう。
ルリは「私の場所がっ!」となんだかショックを受けている。
ルリのことよりも、ヤナギは率直な疑問がある。たしか、おじさんから子熊だと聞いていたのだが。
『なあ、あれほんとに子熊?』
「うん」
『4メートルくらいねぇか?』
茶色の毛むくじゃらは、ゆっくりのそのそと歩き回る。体調は確かにデカい。縦も横も、ルリの4人分ほどある。
ヤナギはあの大きさの成体の熊など見たことがない。いたとて、もはやあれは怪物と語られるだろう。
「あれが子供サイズだね。大人だとあれの1.5倍くらいはあるかな」
『マジかよ。ヒグマでもアンナでけえの居ねえっての』
暫く子熊を眺めていると、疲れたのか、その場にちょこんと横になり、目を閉じた。
「寝たね」
『だな。でもよ、あんなにでけえの、行けるか?』
「そのための力でしょ?」
『なるほど。それじゃあ、さっそく使うか!』
すると、ヤナギはルリの体のほうへ走って突っ込むと、煙のようにその場から消えた。
『よし、じゃあ始めるぞ!』
途端に、ルリは体中が研ぎ澄まされたような感覚に陥る。指輪のほうから、力が流れ込んでくる。以前ユフィに身体強化魔法を施してもらったが、それとはまた違う。あの時は体中がオーラをまとっていき、体が軽くなる感覚があったが、今回はオーラを感じない。ただ、内部から独特な感覚がするだけだ。
「わあ、なにこれ?!」
『……うーむ。なかなか、最大で使うにはまだ馴染まないかな』
「難しいの?」
『ああ。ルリが寝ている間にいろいろと探っては見たが、やっぱり能力をフルで使うにはボクが体を借りるしかなさそうだ』
「でも、いつもそういうわけにはいかないもんね」
『ああ。変換は体の表面から2㎝が限界だな。出力も手足4本のうちのどれか1本ってとこだ』
「……よくわかんないんだけど?」
『入力や出力の調整はボクがやる。だから、ルリは好きに暴れてくれればいいはずだ!』
「よーし!それならよくわかる!」
ルリは草むらから出ると、右手でナイフを抜きながら、全速力で走る。
そこで、ルリは違和感を覚える。走っているはずなのに足音が聞こえない。草をかき分け、土を踏みしめる音ましてや、風を切る音すら聞こえないのだ。
また、普段なら走るたびに押し返してくるような逆風という感覚がない。だから、ルリは走っていくうちにぐんぐんとスピードが増していく。
さらに不思議なことに、走るたびに自分の中に魔力が入っていくのを感じる。本当に少しずつではあるが、1歩踏みしめる度に1滴ずつ体の中を満たしていく。
「ナニコレ!音がしないし、風もない!それに力があふれてくるような感じがする!」
『ああ。音と空気抵抗を吸収して、そのエネルギーを魔力にしている。これがボクの力、エネルギー変換。どうだ?なんとなくわかってきたか?』
「うん!全然わっかんないや!」
『……そうか』
ヤナギがあきらめたような声でつぶやく。一方のルリは、魔力の高まりを感じながら、あっという間に子熊の目の前まで来ていた。子熊は目を覚ますそぶりを見せない。勢いよく走っているのにもかかわらず、ルリが近づく足音は全く聞こえていないからだ。
もはや子熊は目前。ナイフを両手で持ち、力強く構える。
走った少し柔らかい土から音のない狼煙が上がる。
身体中に、魔力が溢れている。今ならどこまでも飛べる気がする!
「よーし!いけるよ!」
『オーケー!いくぞ!』
ルリは、走る勢いをそのままにナイフを突き立て、熊へ突撃する。
子熊まであと10m。どうやら子熊もルリの存在に気がついたようだ。音がなくとも、野生動物は鼻がいいから匂いで気づかれたようだ。
しかし、もう遅い。子熊のあげた頭の先にはすでに、ルリのナイフが迫っていた。
「ていやぁ!」
掛け声と共にルリのナイフは頭を狙う。途端に、身体中に溜まっていた魔力が右手に集まっていく。その魔力は手全体を覆うようにまとわりつくと、前への推進力に変わり、ルリは右手に引っ張られるように熊の頭へ差し込む。
子熊は迫るナイフに気付き、一瞬で右へ首をふって刃をギリギリでかわした。しかし、躱わせたのは頭だけ。ルリのナイフは躱した先、子熊の左前脚の付け根を捉え、深く突き刺さった。
「グオおおおおっ!」
ザクりとささった感触と同時に、熊の大きな咆吼が耳元で轟く。しかし、ルリは怯むことはない。ナイフを離さず、更に強く握り込んだ。
「よし!刺さったぞ!」
『ああ。そんじゃあ、とどめいくぞ!』
ヤナギの掛け声と共に、ルリの右手に集まった魔力が、指先からどんどん抜けていく。
青いオーラのような魔力は、指先からナイフの柄を辿り、刃を駆け上がる。
すると、肉を焼いた時の香ばしい匂いが漂ってきた。
「……なんかいい匂い!」
『溜めた魔力をナイフに流して熱に変えている。体内から焼いている』
「えっぐいなぁ!」
子熊は涎を垂らし、絶叫を上げながら暴れる。首をブンブンと振り回すと、ルリの横っ腹へ頭をぶつける。
「ぐっ!」
『くそっ!暴れられたか!』
ルリは握っていたナイフが滑るように手から外れ、体が真上へと打ち上げられてしまった。
「いってー!今の攻撃もエネルギーなんたらでガードできないの?」
『すまん。今のボクじゃあ入力と出力を同時にできない』
「よくわかんないけど、無理ってことね!」
宙を舞うルリ。両手になにも持たぬまま20mほど飛んでいき、空の頂点に達すると自由落下が始まった。
服がなびき、強風が体を包む。
「うおおおお!空飛んでるよー!でもこのままじゃあ死ぬよねぇ!!!」
『大丈夫だ。ルリ、落下した瞬間に子熊に刺さったナイフを掴めるか?』
「ええ?!落ちた瞬間にってこと?!結構スピードあるし難しいと思うけど……」
『そこは能力でサポートする。とにかく、刺さったナイフを掴め!』
「……わかった。頼んだよヤナギ!」
下を見ると、ナイフを刺された子熊は二足歩行で飛んでいったルリを見ている。牙を剥き出しにし、威嚇するように巨体を更に大きく広げている。
ルリは腕と足をたたんで、より勢いをつけて落下する。その先には待ち受ける子熊。
『よし!この勢いのまま熊に突撃しろ!』
「ほんとに行ける?!ねえ!頭から突き刺さって死ぬよ!というか、突き刺さる前に脳みそぶちまけて死ぬよ!」
『連携だ!ボクを信じろ!』
「……もう、どうにでもなれ!」
ルリは決心すると、勢いのままに子熊に突撃する。
もはや目前。もう地面まであと少しだ。
ちらりと子熊を見ると、右前足をかまえている。その先端にはルリのナイフほどの長く鋭利な爪がこさえられている。
いざぶつかろうとする直前、子熊は構えた右足をルリの方へと振りかぶった。タイミングは完璧。ジャストミートでルリを捉える位置。
ルリは確信した。地面落下に飽き足らず、どうやら引き裂かれてからの地面落下で死ぬのだと。
「ああああああ!地面の前に爪がぁ!」
腹からの絶叫。右足はルリを掻っ攫うように降り出される。
『よし!』
絶叫するルリとは裏腹に、ヤナギの嬉しそうな声が聞こえた。なにが良いのかわからないルリだったが、声を聞いた途端に体に猛烈な力が蓄えられる感覚がした。それはさっき走っていた時に覚えた感覚に近い。しかし今回は徐々にではなく、一気に体中を満たしていく。滝のように流れ込む魔力の感覚。
そして、さっきまでジャストミートで振られていた子熊の右腕攻撃を、体が寸手の所でかわしていた。
「あれ?!躱した!」
そしてもう1つ気づく。ルリの体はさっきまで自由落下のままに地面へとダイブしていた。しかし今は、空中に固定されたようにふわりと浮いている感覚がする。
「浮いた!なにこれ!」
『もうすぐにまた落下を始める。その前に早くナイフを掴め!』
そう言われて、ルリはヤナギに言われていたことを思い出した。
しばらくすると、また体はゆっくりと落下を始める。ルリは体を起こすと、振り抜かれた子熊の右足を踏み台にして、左前足の付け根に刺さったナイフへと飛び込んだ。
そして、今までで1番の力で握りしめる。
「よし!とったぞ!」
『そんじゃあ、今度こそトドメ行くぞ!』
先ほどの熱攻撃の時と同様に右手から、しかし今度は左手からも身体中の魔力が流れ出ていく。しかし、今回は流れ出る魔力の量に際限がない。というよりも、先程身体が浮いたと同時に入ってきた魔力が膨大すぎるようだ。
溜まっていた魔力が、全てナイフの方へ流れ出る。
『よーし!じゃあ、芸術だ!』
「……え、何で芸術?!」
ヤナギが楽しそうに言う。すると、先ほどまで暴れに暴れていた子熊の動きが止まる。そして、顔や体がだんだんと浮腫んでいく。
「ぐぉ、ぐぁつ、」
「……なにごとだ?!」
子熊は苦しそうな声をあげる。尚も、子熊の体はどんどん膨らんでいく。鼻や口から血を吹き出し、今にも倒れそうな雰囲気。
『イグニッション!』
ヤナギの掛け声。同時だった。
ドカァァァァァン!!!
子熊が、内側から、爆裂四散した。
辺り一体に血の雨と、子熊を形成していたパーツが飛び散っていった。
ルリもその勢いに押されて吹き飛ばされる。しかし、またどんどん魔力が貯まる感覚がして、飛んでいく勢いが止まったかと思うと、着地の際に子熊の爆裂音と同じくらいの着地音をかまして停止した。
休耕地に残ったのは、ルリと、子熊だったものだけだ。
「ええ……」
『ひゃっはー!やっぱ位置エネルギーはとんでもねえ!』
呆然と立ち尽くすルリの横にヤナギが現れると、ルリの右肩に手を置いて笑い飛ばす。
『まあ、何とかなったな!ボクの力、わかってくれたか?』
「うん、何したのか全然わからなかったけど、やばい力だってことはわかったよ。にしてもこれは……」
『……そうだな、一撃でやらなければと思っていたから爆裂にエネルギーを変えたが……やりすぎたな』
口をぽかんと開け、呆然と惨状を眺めるるりの横で、ヤナギはしまったな、と頭を掻いた。
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