第9話 子熊がでた?!

 よく晴れた日の正午。磨かれたナイフをこさえて、ルリは村の中を歩く。

 向かうは休耕している畑。そこであれば誰もいないし、ナイフを振り回しても安全だ。

 歩いていると、その横をヤナギが並ぶ。


『なあ、どこ行くんだ?』

「どこって、試し切りに行くんだよ。、特訓も兼ねてるけど」

『ほーう。特訓かぁ』


 ヤナギは聞くや否や何かを思いついたような表情をしていた。


「……なに?」

『なあ、初めて会った時に話そうと思ってたこと、ボクの能力について、知りたくはないか?』


 ヤナギはニヤリと笑顔を浮かべると、ルリの顔を覗き込む。

 能力。しかも、謎多きヤナギの能力。こんな面白そうな話に、ルリが食いつかないわけがなかった。

 それに、ルリの身体を借りた時、どうやってサーベルラビットを倒したのか、力の話を聞けばわかるかもしれないと思った。


「知りたい!なにそれ!」


 ルリは食いつく。ヤナギは予想通りの反応を見ると、得意げに話し出す。


『ボクの能力はね』

「うんうん!」

『それは、「エネルギー変換」っていう。あらゆる力を魔力に変換させて、すぐに違う力に変換する能力だ』

「……?」


 ルリは全くわかっていなさそうな表情をしている。ヤナギもそれは予想していたようで、ゆっくりと解説する。


『まずさ、この世の中にはありとあらゆるエネルギーがあるのはわかるでしょ。光とか、熱とか、逆に冷たいとか。もしくは音もそうなるな』

「……えーっと、確かに炎を出したり凍らせたりする魔法はあるよね」

『ああ。そう言ったエネルギーを1度魔力に変換する。そして、そのエネルギーを使ってまた別のエネルギーを作り出す。これがボクの能力』


 ヤナギはこれならわかっただろう!とルリを見る。

 ルリは口を開けたまま停止していた。


『……だめかぁ』

「ごめん。でも、ヤナギといるなら使いこなさないといけないよね」


 今、ルリとヤナギは文字通り一心同体。ヤナギの能力を体の持ち主であるルリが使えるに越したことはないのは事実だ。

 

『いや、この能力の操作はボクにしかできない』

「ええっ!私はエネルギーなんちゃらは出来ないの?」

『そう。だからこそ連携が大切なんだ』

「なるほどっ!」


 そう話し終えると、2人は再び歩き出した。休耕地まで後少しだ。

 道なりに歩いていると、前の方から誰かが懸命に走ってくる。肩に鍬をかけ、腕を大きく振ってルリの方へと走ってくる。

 だんだん近づいてくる。麦わら帽子をこの被った、農家のおじさん。

 白髪がちらりと見える細い体のおじさん。

 ルリは彼を知っている。


「あれ、ナーヴェのおっちゃんだ!」

『知り合いか?』

「お隣さん。この先の畑を持ってるひと。今から行く休耕地もおっちゃんのだよ」


 ヤナギに解説していると、おじさんはもう目の前まで来て、ルリの前で立ち止まるとゼーハーと息を整えている。


「……どうしたんです?」

「……ま、……く」

「……え?」

「……くま!……熊が出てん!」

「熊?!」

「ああ。ちっちぇえ小熊だけんど、あっぶねえから近寄らんといてや」


 神妙な面持ちでルリを見るおじさんに対して、ルリは落ち着いて考える。

 せっかくここまで歩いてきたのに、今から引き返すのは何だか負けた気がする。

 あと、もし熊がこのまま村まで降りていったら、他の村の人が被害に遭うかもしれない。であれば、今のうちに退治した方が良いのではないか?

 ルリは考えをまとめると、おじさんに言う。


「おっちゃん!私がそいつやっつけてくるよ!」


 笑顔で答えたルリとは裏腹に、おじさんの顔はさらに青ざめていく。

 

「……はぁ?!むちゃいえぇ!やめときって!1人じゃ無茶だべ!」

「大丈夫!村の人が襲われたら大変でしょ?それに今の私は1人じゃないから!」

「そうがもしんねぇけどよぉ」


 「じゃあ!そういうことでー!」とルリはおじさんの引き留めを聞くまでもなく、おじさんが走ってきた方向に走り出した。


「……1人じゃないってぇ、ありゃあ?」


 おじさんは1人でぽかんとしていた。



 ――――――――――――



 ルリの横を並走しながら、呆れた表情でヤナギは聞く。


『なぁ、おい。おっちゃん可哀想じゃねえか?』

「……でもさ、村に降りてきて誰かが被害にあってからじゃ遅いじゃないの!」

『そうかもしれんが……』

「それにね」


 ルリは呼吸を整えてから、続ける。


「せっかく能力を試すいい機会!」

『......いやぶっつけ本番かよ』


 ヤナギはボソリと呟く。その時、空から声が聞こえた。


「いい、ヤナギ。貴女がいいと考えたなら、貴女自身がそれに従わなきゃいけないの。自分で決めたことを自分がまず信じるの」


 ちらりとルリを見ると、そこにいたのは、あの時のアリス。ヤナギが出会って1週間も経たないくらいの、あの時のアリスだ。

 そんなわけはない。ヤナギは目を瞑ってまた開くと、そこには走るルリがいる。

 なるほど、忘れていた。お前もそんな奴だったな。


『全く、やっぱりルリはアリスの娘だな』

「……え?なにを今更!」

『……そうだな。そいじゃあ、ボクの能力の練習がてら、チャチャっとやっつけちまおうぜ』

「うん!2人なら、大丈夫!」


 1人は新しい友達と共に。

 1人は新しくも、懐かしい相棒と共に。

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