第8話 学園の2人

「なあ、メイルス?何であたしたちが今回の任務を受けたんだ?」

「さあ?まあ、いいじゃないですか。改良したオーバークロックの実践もかねられて、いい機会ですし」

「まあ戦闘ならそれでいいが、あくまで調査って言われてっからなぁ」


 晴れた空の下、林道を闊歩する二人の少女がいる。

 1人は左右の腰に剣を携えた、膝くらいの長さの紺のプリーツスカートをはいた少女。水色の外はねしたサイドテールと1本の大きなアホ毛、そして見えているのかわからないほどの糸目の少女は、肩にかけているカバンから竹でできた水筒を取り出すと、ゆっくり飲んだ。

 もう一人は、背中に体よりも長そうな太刀を背負った、紺のスラックスをはいた少女。長くサラサラなベージュの髪と、先端がとんがった耳が特徴的な少女は、気だるげな目を細めてあくびをする。

 大きく腕を上に上げて伸びをすると、彼女の持つ大きな胸がどかっと揺れた。

 両者とも左胸に校章の入った制服を着ており、中に着ている水色のブラウスの襟元には、剣と弓、そして杖の文様が施されたネックレスを下げていた。


「にしても遠いな。メイルス、あとどんくらいだ?」


 耳の尖った胸の大きい方の少女が尋ねる。

 すると、メイルスと呼ばれた少女は水筒を鞄にしまうと、入れ違えて丸まった地図を取り出し、投げ渡した。

 耳の尖った少女はそれをキャッチすると、開いてじっと見つめる。


「……そんで、あとどんくらいだ?」

「あと1時間くらいですね。ローナもそろそろ地図を読めるようになってくださいよ」

「あたしゃこういうめんどくせぇのは苦手なんだ。そのためのエイリスだろう?」

「私は雑用ではありませんからね」


 話しながらしばらく話していると、段々と春の実りが増えてきて森が彩られていく。


「わお!良いじゃねえかこの辺。なあ、なんか1個くらい食べてこうぜ?」

「ダメですよ。この辺のものは村の人のものですから。それに、校長の娘に会うんですから、チクられたら怒られますよ?」

「へいへい。全く、食わんと成長しねーぞ。そんなんだから胸が小せえんだ―」


 ローナはヘラヘラと呟いていたが、刹那に首筋に冷たい感覚がよぎる。

 剣の平たい部分を首に押し当て、優しい笑みを浮かべるメイルスがいた。


「なんか、言いましたぁ?」


 少しずつ、刀身が回転していく。このままでは刃の方が首に向いてしまうっ!

 エイリスは笑顔を崩さないまま、細い目の本当に小さな隙間からギロッと眺めている。


「……おいおい、冗談だってぇ!」


 は、ははは、と渇いた笑いをしながらゆっくりと両手を上げた。


「全く、ふざけてないで行きますよ。次行ったらそのご立派な山を消し飛ばしますからねぇ」


 剣をしまいながら、作業のようにメイルスは呟く。

 

「……わーったよ。ちゃっちゃと終わらせちまおう」


 ローナはやれやれと首を振ると、大きく深呼吸をした。

 2人はまたゆっくりと歩き出す。村までは後1時間だ。



 ――――――――――



 一方、ルリとエイリスはリビングに向かい合って座っていた。


「……大丈夫ですか?」

「私の父親って、やっぱりおかしいよね」

「手紙はおかしいですね間違いなく。話す時は普通なのに、どうしてでしょうね」


 今までにも4回ほど、手紙が送られてきてはいたが、今回は今までで一番の気持ち悪さだった。


「私のほうの手紙は普通なのですが……。一種の愛情表現ってことなのでしょうか」

「エイリス、ずいぶんとポジティブにとらえるね。とんでもない代物だよこれ」


 手紙をひらひらと空になびかせると、ポイっと放り投げる。

 

『うはーっ、おじさん構文って本当に使う人っているんだ!しかも手紙で!』

「もう!」

「まあ、手紙の構図がどうであれ、内容が大切ですから」


 エイリスは席を立つと、キッチンでコップにミックスジュースを入れてルリに手渡した。


「ありがとう」


 ルリは受け取ると、一気に飲み干して机にコップを置いた。


「とりあえず、ルリのほうにも私の方にも書いてあった、学園の生徒についてですね」


 手紙には、今日中に2人の学園の生徒が村へと視察をしに来るという。

 視察内容は、特殊個体の魔獣の調査について。それについては、ルリにも覚えがある。


「……サーベルラビット」


 先日、初めての狩りで出会ってしまった硬質化するサーベルラビット。あれは間違いなく今回の視察で指摘されている特殊個体だろう。


「そうです。学園には生物研究をする人たちもいますから、きっと森の動向にもいち早く気付いているのでしょう」

「なるほどねー」


 あのサーベルラビットと出会ったのは、村から1時間ほどの近隣。もしサーベルラビットなんかより危険度の高い魔物の特殊個体が現れれば、村は危険にさらされてしまうだろう。

 そうすれば、エイリスやユフィ達、それにルリの日常すらも破壊されてしまう。


『……故郷が破壊されてしまうのは、悲しいものだしな』


 ヤナギの声が聞こえる。


「まあ、気負っても仕方がありません。何もなければいいのですからね。それよりも、ルリ」


 エイリスはかしこまった様子で尋ねる。


「学園の2人を案内するように、お父様に頼まれていますが、どうするのですか?」


 ルリは先日、サーベルラビットに襲われて生死をさまよったばかりだ。森に対して恐怖心を持っているかもしれない。

 しかし、ルリは考える暇もなく笑顔で答えた。


「行くよ!だって特殊個体に出会ったのは私なんだし、私が行かなきゃ!あ、あとユフィもね」


 ルリは屈託のない笑みを浮かべていた。

 エイリスも、ルリがそう言うとは想像していたが、まさかこんなにも即答だとは思わなかった。


「私は行くよ!自由を駆けるのが私だから!」


 エイリスは思い出した。ルリによく似た、1人の女性を。

 ああ、そうだ。やっぱりこの子はアリス様の娘なんだ。


「では、ユフィ君を呼んで、学園の2人を村の入り口で待っていましょうか」


 エイリスは椅子から立ち上がると、キッチンへと向かい、そこにおいてあったルリのナイフを手渡した。


「はい、これ。刃こぼれがひどかったですから、研いでおきましたよ。これで切れ味は元通り、いえ、2倍です」

「わあ!ありがとうエイリス!」


 ルリはナイフを受け取ると、鞘を取りに部屋へと駆け上がっていった。

 エイリスは机に置かれたコップを片付けると、外へ出る準備を進める。

 洗い場のすぐ脇にある窓を除く。太陽が差し込み、青空が広がっている。今日もいい天気だ。

 貴女と初めて会った日は、雨でした。冷え切った心は、ずっと雨でもいいと思っていました。

 でも今は、晴れた日を見るだけで、温かい気持ちになれるのです。それはきっと、貴女と、そしてルリのおかげなのでしょう。

 自分の部屋から戻ってきたルリは、今度は猛ダッシュで玄関へと向かうと、靴を履く。


「そんじゃあ!迎えに行くついでに試し切りに行ってくるよ!それじゃあ!」


 エイリスの返事も待たないまま、ルリは外へと駆け出していった。

 自由に生きることに背を押され、少女は駆けて行く。

 その侍女は苦笑を浮かべる。


「全く、あの娘はどこまでも貴女に似ていますね」

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