第7話 手紙

「ルリ……ルリ」

「んぬぁーっ!」


 朝日が指す。白いベッドを明るく染め上げ、暖かな光がルリの体へとかかる。


「もう朝ですよ。起きてください」

「ぬわぁぁん疲れたもぉぉーん!」

『……朝からやめてくれよ……』


 ヤナギが苦虫を噛んだかの様な声色で呟く。


「あ、おはよー」

「おはようございます。ほら、着替えてくださいね」

「ふぇーい」


 エイリスは部屋の窓を開けると、階段を降りていった。

 ルリは体を無理やり起こすと、パジャマを脱ぐ。そして、机の上に置かれた服へ着替える。


「あ、今日は狩りの日に着て行った服だー!」


 ルリはおいてあった白いワンピースを羽織る。袖を通し首から顔を出すと、ベッドに腰をかけるヤナギが見えた。

 真上へとグーンと腕を伸ばし、外の空を見つめている。


「おはよーヤナギ」

「ああ、おはよう」


 朝日に照らされるヤナギは愛も変わらず真っ白だった。昨日と来ている服も変わらない。


「服、着替えないの?」

「え、着替える必要ないじゃん」


 ひらひらーと、着ているだぼだぼのシャツをなびかせる。確かに、汚れているわけでもないし、第一、ルリにしか見えないのだからおしゃれに気を使う心配もない。

 着替えを終えると、ルリはベッドのほうへと向かう。上に乗っかっているヤナギをしっしと部屋の端まで追いやると、バサッと引っ張ってシーツと掛け布団を直した。

 

「ところでヤナギって寝るの?」


 ふいにルリは尋ねる。ルリが布団で寝ている間に、指輪の中にいるヤナギはどう過ごしているのだろうか疑問に思ったのだ。

 

「まあ寝てはいるよ。ただ別に寝なくても大丈夫」

「へー良いなあ。時間が倍じゃん!」

「いやぁー?夜は暇だぜ?」


 少し考えた後、ヤナギはニヤリとした表情を浮かべた。



――――――――――――



 ルリは1階のリビングへと、階段を降りる。エイリスが朝食の準備をしており、家中にいい匂いが漂っている。


「おっはよーエイリス!」

「はい。おはようございます」


 ルリは、ダイニングテーブルのいつもの席に座って、朝ごはんを待つ。

 エイリスは全体にまんべんなく火が通るように、フライパンを前後に振る。中で焼かれているスクランブルエッグが空中でキラキラと輝いて見えた。

 ダイニングテーブルには、出来立てのパンが2つ、バケットに入っておいてある。

 すると、コンコンと玄関をノックする音が聞こえた。


「……おはようございます!メール便です!」


 外から女性の叫び声の様な大きな呼びかけが聞こえた。


「ルリ、申し訳ないのですが、出てもらえますか?」


 エイリスはフライパンからスクランブルエッグを盛り付けている最中だった。手を離せない。

 

「はーい」


 ルリは立ち上がると、足早に玄関へと向かい、扉を開けた。

 そこには、紺色の制服にツマ入りのこれまた紺色の帽子を被った少女がいた。

 巨大なショルダーバッグには、はみ出んばかりの手紙が入っている。


「あ、朝早くにすみません!送り主さんが朝指定でしたもので」

「いえいえ!お仕事ご苦労様です」


 少女はショルダーバッグをゴソゴソと漁ると、その中の1つ、白い封筒をルリへと手渡した。


「あれま。こんな日に誰が手紙を?」


 ルリが尋ねると、少女は封筒をひっくり返して送り主を確認する。

 

「ええっと、送り主は、ムラウグ=アイルーンさんですね」


 少女がそういうと、ルリは少しぎょっとした。その送り主をルリは知っている。

 

「あっ、お父さんから……」

「お父様からのお手紙ですか!なんと素敵なことで」

「えっ!ああ、まあー」


 ルリは愛想笑いを浮かべ答える。メール便の少女はルリの様子を見て首を傾げる。


「……あの、ここにサインをいただけますか?」

「ここですね。わかりました!」


 ルリは少女が渡したメモ帳に、黒ペンでサインをした。


「……はい、ありがとうございました!」

「こちらこそ!」


 では!と、メール便の少女は、後ろに止まっていた黒白柄の馬に飛び乗ると、はいやー!と鞭を撃った。

 馬は前足を上げながら鳴き声を上げると、土煙を立てて猛スピードで村から出て行った。


「馬、乗ってみたいなぁ」


 走り去る馬の様子を眺め終わると、白い封筒を片手に、ルリは家へと戻り、リビングへと向かう。

 ペラっとめくり、封筒の裏を見る。確かに直筆でムラウグ=アイルーンと書いてある。


「うわー」


 リビングまでの廊下で、ため息混じりに唸るルリ。

 普段は歩くのが速いルリだが、今は普段の半分以下の速度という、とんでもゆっくりに歩き進んでいた。


『そういえば、ルリの父親はこの家にはいないんだな』

「そうなの。今は王都にいるから」

『ムラウグ......。その人がアリスの父親かぁ、何してる人なの?』

「魔道学園の校長先生だよ」

『おー!凄いな!』


 ヤナギが歓声を上げる。ヤナギは、通りで家が立派なわけだと、納得した。

 でも、だとしたらルリが父親のこの手紙を若干嫌がっているのが不思議に感じた。


『じゃあ、その手紙は喜ぶべきことなんじゃないの?』

「え、あーまぁそうなんだけどね」


 ルリは苦笑いを浮かべながら渋々答える。

 王都にある父親。つまるところ、たまにしか会えない人からの手紙。それなのにルリはやけに浮かない顔なのだ。


『じゃあ、嫌いってこと?あんまりいない父親がうざい!とか、思春期少女の悩みだねえ』

「いや、全然嫌いじゃないよ。第一、今暮らしていけるのはお父さんのおかげだし」


 ヤナギは、なんで良い娘なんだ!と思いつつ、そしてますますルリの心情が理解できなかった。

 リビングに戻ると、食事の準備を終えたエイリスが椅子の横に立ってルリを待っていた。


「すみません、ありがとうございます」

「いえいえー」

「ところで、何が届いたのですか?」


 ルリは黙って封筒をエイリスへと渡す。エイリスはそれを受け取り、裏面の宛先欄を見ると、口元を手で隠し、目を細めて「うわっ」とちょっと引いたような反応を見せた。


『え、なに?エイリスにも嫌われてんの?』

「いや、まったくそういうわけじゃないんだけど......」


 ルリはエイリスに聞こえないように小さな声で答える。ヤナギはますますわからない。ルリはともかく、エイリスがこんな反応になるとはいったい?でも、嫌われてはいないという意味が分からない。

 エイリスは封筒を丁寧に開けると、そこから2枚の半分に折りたたまれた紙を取り出した。

 エイリスは軽く目を通すと、そのうちの1枚を取り、もう1枚をルリへと手渡した。

 

「こちらがルリ宛です」

「う、うん」


 ゴクリ、とルリの喉音が聞こえる。2つ折りにされた手紙を恐る恐る、ゆっくりと開く。


『……あら綺麗な字』


 手紙には、美しく並べられるように書かれた、それはそれは達筆な字。なんと読みやすい文字だろう、さすがは先生だなとヤナギは感心した。

 しかし、本文を読み進めていくと、ヤナギの目が、そして心が曇っていく。ヤナギが姿を見せていないにも関わらず、ヤナギが引いている感覚が、何故かルリにもひしひしと伝わった。


「……はぁ、読むかぁ」


 ヤナギの様子を尻目に、ルリは覚悟を決め1行ずつ読み進める。

 以下の文が、手紙の本文である。



――――――――――――

 

 

 ルリへ


 ヤッホーわが娘!元気カナ?このメールは朝届くようにしたけど、届いたときにはしっかり起きられていたのかな?

 トッチャマはおすぃごとが忙しくて、おうちに暫く帰れないケド、ちゃんと健康に過ごすんだよ!トッチャマとのヤクソク!

 ところでなんだケド、最近森の中から変異種の魔物が出没してるらしいカラ、超ヨー注意だからね!森の様子に気を付けて!

 それで、その調査のために学園から2人生徒をそっちに派遣してるから、5日後くらいにさ、ルリに案内をオネガイしたいんだけど、できるカナ?できるヨネ!

 もちろん、ユフィ君も誘ってあげてヨ!君たちより2つ上のお姉さん達との交流だから、せっかくの機会を楽しんで欲しいナ!

 とにかく、健康に安全に!今度王都に来たら一緒に飲もうネ!ナンチャッテ!ルリはまだ14チャイだからお酒は飲めないネ!


 敬具  


 ムラウグ=アイルーン



 

――――――――――――


 

「っ!はあっ!はあっ!」


 激しい動悸がする。ルリはやっとの思いで読み切ると、手紙を机の上に放り投げた。

 エイリスは自分の手紙を読み終えると、放り投げられたルリの手紙をちらりと見る。そして深くため息をつくと、やれやれと頭を抱えた。

 ルリはへこたれた体を正しながら、腹に力を入れる。そして大きく息を吸うと、本気で叫んだ。

 


「気持ち悪すぎてぇ!内容が入ってこねえよおおおおおおお!」


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