§019 二人の軍師

 全てを終えた私とウィズはエディンビアラの王都へと戻っていた。


 戦争の結果は、エディンビアラ王国軍の勝利。

 サマルトリア軍は、海洋艦隊の壊滅の報を受け、明らかな劣勢を悟ったのか、早々に敗走した。

 戦死者はエディンビアラ側が五百、サマルトリア側は三千。

 こうして数字で見ると、かなり多く見えるが、仮に陸と海からの挟撃となっていた場合、更に多くの死者が出ていたことを考えると、さすがに血を一滴も流さないというわけにはいかなかったが、まずまずの結果と言えるのではないだろうか。


 例のワイバーンの一件だが、ウィズが正確に翼を撃ち抜いたことにより、ワイバーンは地上に落下。ちょうど下に控えていたエディンビアラ軍によってどうにか仕留めることができた。

 ドラゴンの出現例が少ないエディンビアラになぜワイバーンが現れたのかは未だに謎であるが、持ち帰った死骸を確認したところ、ワイバーンの首に呪術のような紋章が刻まれていたとのことであった。

 これが何を意味するのかは不明だが、決して見逃すことができない事実であることに違いはない。


 とまあ、難しい話はこれくらいにして……。


『ウィズ! 国家軍師の復帰おめでとう!』


 私はそう言うと盛大にクラッカーを打ち鳴らした。

 そう、今日はウィズの部屋で、国家軍師への復帰祝いをしようということになったのだ。

 テーブルには肉や魚などの豪華な料理が並び、私の希望で部屋には色とりどりの装飾を施した。


 さっき料理を運んできたメイドさんが何やら怪訝な顔をしていたけど、ウィズが一人で部屋に飾り付けをして、一人で豪華な料理を食べる、寂しい子みたいな扱いにならないことを祈るばかりだ。


 私は料理は食べれないし、お酌もできないけど、今日は精一杯、ウィズの労をねぎらうつもりである。


『それでは、ウィズの正式な国家軍師の復帰を祝して、かんぱ~い!』


「乾杯!」


 ウィズは軽くグラスを掲げると、クイッとブドウジュースを飲み干す。

 なお、ウィズはまだ16歳のため、当然、アルコールは入っていない。


「国家軍師に返り咲けたのは、全てクルミのおかげですよ。私ではあのような方法は思いつきませんでしたからね」


 ウィズはバカ王子にうまいことを言って、「国家軍師の罷免」が演技だったと証言させたことを言っているのだろう。

 まあ、真っ直ぐなウィズでは、ああいう「せこい」方法は思いつかないよね。


『あ、性格悪いって言った! でも、ウィズだって最後にはノリノリでバカ王子にあることないこと言ってたじゃん。それにしてもウィズが『私が海洋艦隊を壊滅させました』って言った時のバカ王子の顔ったらなかったね~。『お、おう、僕の指示どおりよくやってくれた』とか、しどろもどろになりながら言うんだもん。笑いを堪えるのに必死だったよ。ウィズはどういう気持ちだった?』


 私はいつぞやのやり取りを思い出して、ネタを振るかのように言ってみる。

 すると、ウィズも私に合わせてニヤリと笑って言う。


「ざまぁみろ、ですね」


 そんなくだらない会話をしながらひとしきり笑ったところで、私はベッドに腰掛け、ウィズは私に向かい合うように、椅子を動かした。


 なんだか前世で経験した修学旅行のような感じで、少しだけわくわくした。

 これから恋バナでも始まるのかなと、期待に胸をときめかせていると、ウィズがゆっくりと口を開いた。


「クルミ。ワイバーンの時は力を貸してくださり、ありがとうございました。あの時、クルミの力がなければワイバーンの翼は撃ち抜けなかったものと思います」


『またウィズはそうやって謙遜するんだから。ウィズの悪いくせだよ。あれは全てウィズの力。だって私は幽霊だよ? 確かに私も弓を引っ張るとかはしたけど、私の力なんて……あくまで心理的なものであって……』


 そう。あれは全てウィズの力なんだ。

 風を起こした点などについては確かに私の知謀が活きたと言わざるを得ないから、それまでをウィズの手柄にしてあげようとは思わない。

 でも、ウィズが頑張ったことは、素直に自分の功であると認めてほしい。


 そんな気持ちから言った一言だったが、ウィズはどういうわけか鳩が豆鉄砲を喰らったかのようにキョトンとしている。


『あ、あれ? 私何か変なこと言った?』


「……クルミは本当にわかっていないのですか?」


『え? 何を』


「だから、バリスタを引くとき、確かに私とクルミの手が触れあっていたことを」


『ん、ん? 何言ってるのウィズ。そういう冗談はやめてよ。だって……私は』


 幽霊だよ、ウィズに触れられるわけが……そう言いかけた瞬間には、ウィズは既に椅子を立っていた。

 いや、立ったどころか、私が座るベッドに向かって勢いよく向かってきたのだ。

 ウィズは私に触れられない。

 そうわかっていても、これだけの勢いで迫られると、どうにも腰が引けてしまう。


『ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って! ウィズ! どうしたの!』


 ウィズの形相に私は尻込みをしながら、ベッドの上を後ずさる。

 それでもウィズの勢いは止まらず、私は迫り来るウィズをどうにか躱そうとするが、その抵抗は虚しく、私はそのままベッドの上に――


『え、』


 一瞬、私は何が起きたのか理解できなかった。

 ただ、腕に強い力を感じ、両腕は万歳をするような形で、ベッドに押さえつけられた。

 そして、今にもくっつきそうな距離に、ウィズの人形のような綺麗な顔があった。


 私は何が起きたのかを把握しようと、ほんのり痛みすら感じる腕の方に視線を向ける。

 すると、私の腕は確かにウィズの手によって押さえつけられていた。


「ほら、ね?」


 そこで私は気付いた。

 ウィズが普段は見せないようないたずらっぽい表情を浮かべていることを。


『ウィズが私の腕に触れてる?』


「ええ」


『ほんと……に?』


 私は緩められたウィズの手に指を這わせ、人肌の感触を確かめる。


 ……温かい。


 その懐かしさに、私の瞳からは涙が零れ落ちる。


「クルミは本当に気付いてなかったのですね。バリスタの時は二人の力で弓を引き、維持し、そして、放ったのです。あのとき、私は確かにクルミの手の温かさを感じていました。だからあれは決して成功確率20%を引き当てたわけではありません。クルミの力が加わったから、私の計算を上回る結果を得られたのですよ」


 ウィズの言っていることはわかった。

 確かにウィズは私に触れられている。

 そして、成功確率20%はウィズの力だけで弓を引いた場合の確率。

 そこに私の力が加わっていた場合は、その成功確率は跳ね上がるだろう。


 でも……そんなことって……。


 私が未だに信じられないという顔をしていると、ウィズが私のに向かって手を伸ばしてきた。

 私は身体が熱くなり、胸が勢いよく脈打つのを感じて、咄嗟に目を瞑ってしまった。


 ウィズの腕が数センチずつ距離を詰めてくるのがわかり……。


「……やっぱりまだ触れられるのは手だけのようですね」


 ウィズはこの結果がわかっていたのだろう。

 私の胸を透過した自分の手を見つめながら言う。


『ウィズも十分性格悪いよ……胸を触ろうとするとか、何されるのかと思ったじゃん』


 私は思わず涙声になりながら、情けない声を上げる。

 一方のウィズはそんな私の反応を楽しむかのように微笑む。


 ……ウィズにこんなサディスティックな一面があるとは思わなかった。


 私が恨みがましくウィズを睨み付けると、ウィズは意地悪が過ぎたと思ったのか表情を正して言う。


「確かに今私がクルミに触れられるのは手だけのようです。これがどういう原理かはわかりませんし、どうして今回触れられるようになったのかはわかりませんが――こうやって二人で力を合わせて困難を乗り越えていけば、いつかは私とクルミは、真の意味で抱き合える日がくるのではないかと思っています」


『……抱き合う?』


「ええ、そうです」


 静かに頷いたウィズは、言葉を選ぶように一拍置くと、再度、ゆっくり口を開く。


「これは私のわがままなのですが、私は世界の皆にもクルミの存在を知ってほしいと考えています」


『私の存在を?』


「はい。最初は幽霊であるクルミの考えを私が体現していけばいいと思っていました。でも、今、状況は変わりつつあります。そうです、こうやって私とクルミは触れあうことができたのです。私はこれを、クルミがこの世界に根付いてきた証拠なのだと思っています」


『……根付いてきた証拠』


「ええ。クルミは異世界の人間です。なので、クルミは自身の中で『自分はこの世界の人間ではない』、『この世界の理から外れている』という意識があったのではないかと思います。でも、今回の戦争を通して、クルミにもこの世界への帰属意識が生まれた。これはもしかしたら異世界人であるクルミにとっては不本意なことなのかもしれません。でも、私の……こんな私のわがままが一つだけ許されるのだとしたら――私はクルミと、この世界で生を全うしたい」


『…………』


「幽霊のクルミではなく、生身のクルミと、一緒に食事と摂り、お風呂に入り、一緒に寝る。そんな生活を想像したら、心がぽかぽかしてくるのです。だから、これは私のわがままで、自分本位で、身勝手で、自己中心的なことを言っていることは百も承知ですが、私は今後、クルミの肉体をこの世界に根付かせる手段が存在したならば、必ずそれを選びます。だからクルミは覚悟してください。私はクルミを……誰にも渡すつもりはありませんから」


 私はその言葉に胸が詰まりそうになった。

 私自身が感じていたわだかまり――この世界を未だゲームとしか見れていなかった懺悔の心が、全て溶け出していくような気持ちだった。


 私の当初の目的はウィズとドミノを出会わせることによって、私が元の世界に戻る手がかりを見つけることが目的だった。


 でも、今のウィズの言葉を聞いて……前世を捨てる覚悟もできた。


 私だってウィズとずっと一緒にいたいよ。

 ちょっと前まで一緒に寝るのだって恥ずかしいって頬を赤く染めてた子が、一緒にお風呂入りたいとか、一緒に寝たいとか、一生一緒にいて欲しいとか……。


 でも、そんな気恥ずかしいこと……急に言われたって……反応に困るよ。


 しかも、こんな両腕をベッドに押しつけられて、その上に馬乗りに乗っかられちゃってるこの状況で……こんな迫られ方したら……さすがの私だって……。


 私は真っ直ぐにウィズを見つめると、たくさんの想いを込めて言う。


『……あの、私も同じ気持ちだよ。だから……ありがとう、ウィズ』


 普段こんな改まって感謝を伝えることはないから、顔から火が飛び出そうになる。

 私のキャラじゃない。私ならもっとおちゃらけて返せばいいのに、何、「……あの」とか言ってかしこまっちゃってるの。マジで恥ずかしい。


 でも、これが私の素直な気持ちだから。


 そうして私は指を交わらせて恋人のように手をつなぎ直す。

 すると――ウィズの顔が真っ直ぐこちらに近付いてくるのがわかった。

 私はそれを受け入れ、ゆっくりと瞑目する。


 そして、二人の距離はいずれ0となり……すり抜ける。


 ベッドに顔を埋める体勢になったウィズは、静かな寝息を立てて、


『え?』


 私は想定していなかった状況に、思わずベッドから身体を起こす。


『ど、どうしてあのタイミングで寝られるわけ?』


 私はしどろもどろになって周りを見回すと、先ほどまでウィズが座っていた椅子の横にの瓶が置かれているのが見えた。


 私はその光景を見て、唖然とした。


 そうして、私は独りごちるのだ。


『この私を欺くとは……さすが天才軍師令嬢』


 私、早乙女クルミは、この日の過ちを、決して忘れることはないだろう。

 二人が世界最強の軍師になる、その日まで。



(了)



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天才軍師令嬢の軍略無双 ~ゲーム世界に《意識だけ》転生した私、前世のゲーム知識で世界最強の国家を作ります~ 葵すもも @sumomomomomomomo

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