しか知らない世界

「──ハッ! 夢か……」

 目が覚めて最初に感じたのはあるはずのない満腹感と、軽い顎の痛みだった。タレの香りの幻想が、覚醒に応じて消えていく。

「あれ、どこだったんだろ……」

 観覧席って。そんなの有隣堂の空いたスペースで撮ってるようなチャンネルに、そんなのあるわけないのに。

「まあそもそも網も火もないんだけど……」

 肉も……と呟いて、リビングへ向かう。テーブルでは、家族がもう朝食を始めていた。

「あら、起きたのね。おはよう」

「おはようパパ」

「うん。おはよう」

 ご飯に納豆、味噌汁と焼き魚。香り立つ健やかな朝食に、思わずニヤけてしまう。その顔を覗き込んで、笑いながら妻が言う。

「なぁに?」

 ブッコローは、ニヤけたまま、取り繕うように答える。

「なあ……今夜、焼肉にしない?」


(了)

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牛隣堂 玉手箱つづら @tamatebako_tsudura

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