Capture 6.5 補填

⚠️グロ、流血表現が入りますので注意!



事件は静かに幕を閉じた─────ように思われた。


いま、ソラは堕落者アン·シーリー、葛西が事件を起こした都市から直線距離で8km離れた田舎町にいた。

葛西の気配を拾いつつ来たが、面倒なことに気配が広範囲に散在し、しかも新しいものと古いものが混在しているため撹乱されていた。


「……ハア。だから堕落者アン・シーリーは嫌いなんだ」


忙しなく明滅する切れかけの街路灯から、ソラはゆっくりと凭れていた背中を離す。


「……他を当たるか……」


葛西が張りぼてを身代わりに置いたせいで、その死肉にありつけなかったソラは、空腹に唸る腹部を撫でながら浅い溜息をついた。

だが、そのアテは幸いにも堕落者アン・シーリーを含めた雑多なモノが溜まる吹き溜まりを偶然見つけたので、(よその呪術師の)邪魔さえ入らなければ問題は無い。


「まあ……そこならば、ゆっくりと美味いメシにありつけるかもしれないな…」


ゆるやかな歓喜を腹の底に懐きながら、ソラは青い巨大な梟へ形状を変容させると、夜空へと舞い上がった。


現状、ソラの本性を的確に認識できるのは呪術師でも極限られた呪力値レベルの一握りしか存在しない。

それでも、術師自身の目と呪力を凝らして漸く「巨大な怪異」と認識できる程度である。

だがその程度の呪術師ならば、たとえ居合わせたとしても己の身の程に適わない怪異を前に震えるしかできないだろう。

宵闇の中を音もなく、群青の翼が静かに、緩やかに風を切る。

本性を晒しても誰に咎めを受けることもない今、ソラの心は「自由」に充たされていた。


「ふ…っ、ふふふ…」


生温かい夜風に、青い燐光を帯びた魔力が鮮やかに燃え上がる。

千切れ滲みだす魔力は、瘴気に濁った闇の中を滑るように漂っていく。

麝香にも似た甘く癖の強い香りをもつ魔力は撒き餌の効果を発揮し、ソラの「お目当て」を誘き寄せる格好の簡易罠だ。


「さて、楽しい夜の散歩といこうか…」


上空から海岸線を辿ってきたソラは、地区の境界線で再び地へと降りると、人型に容姿を戻した。

「通行禁止」の標識が錆びた鎖にぶら下がる橋の向こうには、無味の闇が澱んでいる。

過疎の末に滅びた廃墟群…いや、彼岸の離島と現世うつしよを画した丹塗りの橋は正に“境界線”だ。

鉄橋の半ばから見渡した対岸は蒼く燃え盛る瘴気を立ち昇らせ、夜の海は嘲笑うかのように蒼鈍色あおにびいろに逆巻いていた。


「ふむ、酷いものだな」


吐き出した息が淀む闇に白く漂って揺れる。

それほどまでに、この一帯に漂う霊気が強いのだろう。

隣街とその対岸を繋ぐ境界線の赤錆びた橋を越えた時、明らかに体感温度が3度下がった。


「この辺り一帯…殆んどが低級霊の巣窟になっているのか…」


無人の土地が醸し出す独特の空気に、ソラは鼻の頭に皺を寄せてみせた。


「中級怪異が5体と、低級が20匹…こんなものか。ひどく不味そうだが、この際ワガママも言ってはいられない…」


恐らく威圧され動けないのだろう、夜の底で漂うモノ達は申し訳程度の境界を形作るチェーンの向こうで微動だにせず、此方の動向を警戒している。

どれくらいの時間を拮抗していただろうか、ふいに「通行禁止」の表札がぶら下がるチェーンを黒い爪先が越境し──地を蹴った。


唐突に始まった襲撃を受け、鹿に酷似した中級怪異たちは蜘蛛の子を散らすかのように一目散に逃げ惑う。

唐突な侵入者の出現に、小さな低級怪異らは機敏な動作で木々の洞や幹へと逃げ込んだ。


「ふふふ、やはり上位捕食者とはこうでなくてはな…。うん?」


群れをなして逃げ惑っていた中級怪異であったが、唐突にその内の一体が踵を返すと、頭の双角を振り翳して体当たりを仕掛けてきた。


「仲間、か。なるほどな」


踊るように軽やかな跳躍で回避するソラに対し、雄鹿に酷似した中級怪異は大きく頑強な角を振り回して蹄を搗ち鳴らす。

その双眸には、突然降って湧いた闖入者への明らかな怒りと憎悪があった。


「すまないが、こちらにも事情があるのだよ。この容姿かたちを保つにも何かと魔力チカラを消費してね。補填にはお前たち怪異の血肉を喰わなければならないのさ。……悪いけど、そういうことだから」


ソラは手指のみを巨大な梟爪に変化させると、何度も突進を繰り返す中級怪異の双角を受け止めた。

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ダークサイド・クロニクル 冬青ゆき @yuki_soyogo

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