茶会での出来事 後編
「殿下」
人々が頭を下げる。エレナはエラと似たデザインのドレスを身にまとい、兄王子の腕を取って歩いてきた。エラのドレスをバカにしたのはレジーナにしてもまずいな。ジェームズは思う。あいつはエレナとおそろいでドレスを作ったのだ。親友ゆえに。つまり、このドレスは王家や中枢貴族ほどの財力がなければ賄えない高級品。ストラン伯爵家にはそれと同じくらいの財力があるから痛くはないが。
「殿下、わたくしの言葉をお聞きください」
ルール違反にもほどがある。ジェームズはため息をついた。エレナが冷たい瞳でレジーナを見つめる。
「わたくしはあなたに発言を許可した覚えはありませんが。しかし、今回は特別に咎めはしません。何ですか。言ってみなさい」
「ストラン伯爵の令息が、父が全権大使だなんて嘘を言うのです。婚約破棄されたわたくしを恨んでいるのですわ」
「ストラン伯爵が全権大使なのは事実です。政治を知る貴族の子女ならば知っていることですが?」
「そんなこと…」
「それに、この男があなたに婚約破棄をされて恨むとも思えません。彼にはすでに十分な地位と財力がありますから」
「何をおっしゃっているのですか?」
「ねえ、ルーク。あなたの従兄弟殿が困っているのに、あなたは傍観を決め込んでいたの?ほめられたものじゃないわね」
「こんな面白いこと、見ない手がない」
ルークと声をかけられたグランフォード公爵令息は、一歩前に進み出て、王女に跪いて手にキスをした。その流れるような動きに令嬢方がため息をつく。
「ばかね。ジェームズが可哀そう」
「どこが?」
「もういいわ」
二人の親し気な会話にレジーナがわなわなとしだした。王女がジェームズと呼び捨てにしている。つまり、彼は王女と面識があるのだ。
「殿下。ストランさまがグランフォードさまの従兄弟殿というのはどういうことでしょう?」
カークライトが進み出た。愚か者。この男は発言を許可されていない。変なところでしゃしゃり出て、実家の立場をどれだけ悪くしたいのか。
「あなたに発言を許可した覚えはありません。レジーナ嬢ともども常識のない方々ですわね」
「殿下、お許しを」
カークライトが慌てて頭を下げる。
「ルーク、このバカたちに説明してあげてちょうだい」
「わたしの母、グランフォード公爵夫人がフローレル王国の王女だということは、誰もが知っている話でしょう。さて、彼女には妹王女が二人おりました。一人は他国へ嫁いでいますが、もう一人は、なんと駆け落ちをしたのです。その相手がストラン伯爵。彼女は二人の子どもを産み、彼らが幼いころに病気で亡くなりました。ストラン伯爵が駆け落ちの顛末を話したのは、子どもたちが社交界に上がったころ。亡き王女の兄で現国王にも認められ、二人は伯爵の子どもでありながら、王族だと認められています」
周りにざわめきが一気に広がった。ストラン伯爵の駆け落ちの話は、中枢貴族以外には広まっていない。彼らが王族などと、誰が思っただろうか。
「なんてこと。ジェームズさま、どうかご無礼をお許しを」
レジーナが頭を下げた。だが、ジェームズは冷たい一瞥をくれてやっただけだった。
「エラ、そんな顔をしていないでこっちにおいで」
それまで黙っていた王子がジェームズの妹を呼んだ。ウィルはエレナの腕を解き、エラの腰に手を回す。
「全く。相手の鼻を明かしてやった気持ちはわかるけど、そういうのは控えめにしなさい。まあ、そういうところも可愛いんだけどね」
兄がいちゃつく様子をエレナが眉をひそめてみる。けれど、その彼女の横にもルークが腰に手を回して立っているのだから、たいして変わりはしない。
「さて、この馬鹿者たちの処遇をどうしましょうかね?」
エレナが冷たい声で言った。
「殿下。お許しを。わたくし共は彼らが王族だと知らなかったのです」
レジーナが言った。
「たとえ伯爵家の者に対してでも、あなたの驕った態度は許されるものではありません。その上の暴言。彼らを嘘つき呼ばわりしたこと、それはいかがなものかと思いますよ」
「そうだな」
「しかし、王女殿下、あなたには何の権利もないのでは?国王陛下にお伺いしなければ」
「父にはあとで報告しておきます。わたくしと兄の判断には全幅の信頼を置く父ですので、何かが覆るとは期待なさらないでくださいね。これはここにいらっしゃるすべての方が覚えておいて損はないと思いますわよ」
つまり、自分には国王と同等の力があると示しているのだ。逆らったら後はないと。エレナの声が会場に響いた。レジーナは見せしめになる。ジェームズは瞬時に悟った。カークライトともども。
「ランヴァルド侯爵、こちらへおいでください」
成り行きをにやにやと見守っていた侯爵は、顔色悪く王女の前にやってきた。
「殿下」
「侯爵、あなたは騒ぎが聞こえるところで、自分の娘の失態を止めもせず、傍観していましたね。事実を知っておられたというのに。何か申し開きはありますか?」
「わたくしは、娘がしでかしたことは存じ上げません。婚約破棄も娘が勝手に騒ぎ立て、伯爵家には謝罪も受け入れてはいただけませんでした。そして、今日のことも同じです。騒ぎは見ておりましたが、内容は知りません」
「残念ですが、あなたの背後には影がおりました。影によると、あなたのいた場所からははっきりと会話が聞こえたそうですよ」
「それは…」
「王女に嘘をついた罪は重いですよ。それに、娘の失態の責任を父がとることは当然です。ランヴァルド家の家格を二つ降下し、子爵とします。」
「では、娘を勘当します。ですので、それはお許しを」
お父さま!レジーナの悲痛な声が響いた。侯爵も非情だ。しかし、情に惑わされては、家まですべて潰れてしまう。
「それでも、責任はあります。しかし、あなたのその犠牲に対して、降下は伯爵にとどめましょう。しかし、あなたの宮廷への出入りは今後一切禁止させていただきます。わたくしどもの宮廷にわが身可愛さのために嘘をつく者は必要ありません。しかし、あなたの嫡出子殿の出入りまでは禁じませんので、家格を戻したい場合は彼の働きにかかっているとお思いください」
「感謝いたします」
伯爵家と子爵家の間には大きな差がある。伯爵家の嫡子ならば、挽回は可能だ。レジーナの兄は妹とは腹違いで、妹を嫌っていたという。賢いとも評判の男だ。それならば、ランヴァルド家の未来は明るい。金食い虫がいなくなるのだから。
「お父さま。わたくしを勘当などなさらないでしょう?」
「うるさい。おまえはわたしの娘などではない。修道院に入るか、市井に暮らすか選びなさい。餞別だけはやる」
「そんな」
レジーナが崩れ落ちた。衛兵が彼女を連れていく。父親は威厳を保ったまま自ら退出した。
「カークライト殿。あなたの無礼にも何らかの処遇が必要ですわね」
カークライトがうなだれた。こいつの方がまだ、常識がある。しかし、それでも愚か者には変わりはない。
「金輪際、あなたの宮廷への出入りは禁じます。あなたのご家族に今回の非はありませんから、そちらには咎めがないことを感謝しなさい。後のことは家族で話し合うことを勧めますわ」
「はい」
カークライトが退出した。
「あなた方はもう少し、態度を考え直しなさい」
取り巻きたちに咎めはない。エレナはそう言い捨てると、茶会の再開を宣言した。噂話が広まっていく。ジェームズはエレナとウィルたちと五人で輪の中心にいた。
レジーナは修道院送りになった。ランヴァルド伯爵は当主の座を成人していた嫡子に譲り、自らは田舎に引退したという。カークライト侯爵家が長男のウォルトを勘当し、市井へ放り出したという話も人々の口に上った。宮廷に伺候することを禁じられた貴族など、価値はない。弟が新たに跡継ぎの座に就いたという。
悪役令嬢……ではなく悪役令息的ポジですが王女という強力な味方がいます 築山モナ @Mona_Tsukiyama
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