茶会での出来事 前編

 宮廷で開かれる、王族主催の茶会。そんなイベント、逃す貴族はいないだろう。うまく取り入れれば、と考える人が多い。王子にも王女にも婚約者はいない。中枢貴族なら内情は知っていれど、大勢が玉の輿を夢見てお近づきになろうとするだろう。


 ジェームズはマーガレットと入場し、しばらくして別行動をとった。あのご令嬢は気が強い。エレナが気に入るのも納得の自我の強さだ。そして、男好き。婚約者はいらないと豪語し、宮廷や城下で男をとっかえひっかえ。いつかは結婚するのかしら?もしかしたら遠縁から養子を取ったり、父親と結婚せずに子をもうけそうね、とエレナが言っていた。エレナとしては、それは全く構ったことではないらしい。


 ジェームズは会場を見回した。とてつもなく広い会場で、知っている顔はちらほらといる程度。爵位を持っていれば、男爵でも子爵でも参加が許される会だ。学園の生徒は知っていれど、その親たちをすべて知っているわけではない。情報として把握はしているが。


 中心の方に、ひときわ目だつ黄色のドレスを着た女とそれに合わせた服を着た男がいた。レジーナとカークライトだ。取り巻きに囲まれている。


 まったく、あいつはどれだけの金をドレスに費やしているんだ?ジェームズはあきれを通り越して、感心してしまった。父親がよく許したものだ。しかし、あのランヴァルド侯爵も金銭感覚の壊れた、愚かな貴族だった。婚約破棄をしてよかった。あんな女お断りだ。欲深すぎる。あの程度のドレスなら妹が普段着で使う値段だということは、ジェームズの頭から抜けていた。それほど、ストラン伯爵は裕福なのだが。


 黄色のドレスとは。富をひけらかすような派手なデザインだ。悪くはないが、品はない。中枢貴族の夫人、令嬢を見ればわかる。彼らはレジーナの数倍金のかかったドレスを着ながら、品がよく、悪目立ちなどしない。普通の学園に通う伯爵、子爵、男爵令嬢には違いも判らないだろうが。


「あら、ジェームズさま」


 レジーナがジェームズに気づいて近寄ってきた。取り巻き達もぞろぞろとついてくる。そういえば、この娘の父親はどこだ?見渡してみると、遠目でざまあみろといった様子の侯爵を見つけた。逆恨みか。婚約破棄の書類にサインしてから、ジェームズはきっぱりと連絡を絶っていた。父親には、予定をしていた婚約破棄が早まりましたが、心配はありません。とだけ伝えてある。放任主義の父が介入してくることはないだろう。情に負けて婚約に応じた自らを恥じている節もある。そこに関してジェームズはまったく恨んでいないのだが。


「わたくしに婚約破棄されたといいますのに、随分なご様子ですのね。このような場に堂々と姿を現しまして、あなたに恥というものはありませんの?」


「そのお言葉、そっくりそのままあなたにお返ししますよ。婚約破棄をした挙句に、すぐに男を乗り換えるなど、体裁悪いことこの上ありませんね。父君からは何も?」


「まあ、失礼ね。仮にも格上の侯爵家の人間をバカにするなど。いい機会だわ。王太子殿下と王女殿下にご意見をお聞きいたしましょう。そうすれば、あなたも少しは反省なさるのではなくて?」


「あなたのためを思ってご忠告申し上げますが、それはやめたほうがよろしいかと」


「わたくしのためですって?あなたが王族の裁きを恐れているだけでしょう?」


「そうではありませんが…」


 その時、入口の方がざわついた。グランフォードが入場したからだ。当代きっての有望株。そのくせ、婚約者はおらず、女遊びを繰り返している。王子と王女の幼馴染で親友。社交界での注目度は随一だ。そして、彼の今日の同伴者はジェームズの妹だった。


「あら、グランフォードさまがいらっしゃたわ。でも、あの女は何?地味なドレスに、メリハリのないからだ。あんなのが今のお相手なのかしら?」


 レジーナと周りがバカにする。レジーナは美人の類に入る。しかし、兄のひいき目を抜きにしても、エラは美しい。レジーナよりもずっと。


「あら、こっちにいらっしゃってよ。まあ、あれ、あなたの妹ではなくて、ジェームズさま?」


「ええ、そうでしょうね」


 ジェームズは淡々と答えた。正直、エラが何をしでかすかの方が、レジーナが何を言うかよりも恐ろしい。


「ご機嫌麗しゅう。グランフォード様にストラン伯爵令嬢」


「ごきげんよう」


 身分が下に当たる、エラだけがそう答えた。グランフォードはなんだこいつ、という目で一歩引いてみている。当然だ。彼は公爵家。格下の侯爵家が勝手に話しかけていい相手ではない。マナー違反だ。


「ランヴァルド侯爵が娘、レジーナにございます。どうぞお見知りおきを」


 レジーナの気取った自己紹介に、グランフォードはやっとジェームズに目をやった。こいつがおまえの元婚約者か、と面白そうに問いかけてくる。軽くうなずいてやれば、さらに一歩下がった。賢い。


「それにしても、エラ嬢、あなた随分なご立場ですのね。グランフォードさまのエスコートに与りなさるなんて。でも、それにしては貧相なドレスではなくて?公爵様がおかわいそうですわ。伯爵家ごときではその程度の物しか用意できないのかしら?」


「あら、レジーナ嬢、失礼なことを申しますのね。このドレス、あなたのものの倍以上の値段がかかっていることは、見る人が見れば一目瞭然ですのに」


 エラの反撃に、ジェームズは傍観を決め込んだ。レジーナが思いきり顔をゆがめる。周りの取り巻きも、カークライトも同じだった。


「随分と気位が高いんですのね。伯爵令嬢のくせに、そんな嘘をおっしゃって」


「嘘ではございませんわ。わたくしのドレスの生地、これはゴールデンフォールから取り寄せた特別な絹です。それに、仕立ては宮廷お抱えの仕立師が最新流行であつらえたもの。レースはフローレル王国の王家御用達の物です。宝石は小ぶりですが、カットが特注で、希少価値からしても、値段は桁違い。あなたが城下の一番の仕立屋に頼んだであろうそのドレスも高価なものですが、わたくしの物には足元にも及びません」


「何を!」


 レジーナの金切り声が会場に響く。この女は自分が場の品位を落としていると気が付かないのか。父親も止めればいいものを。王子と王女もこの場にいるはずなのに、こちらへはやってこない。最も、あの二人は気づいていないはずがないので、いいタイミングを見計らっているのだろう。


「伯爵家のくせに、どうしてそんなものを?あなたたち、見栄を張らずに相応なお金のかけ方をしないといつか破産してよ。こんな家と縁を切っておいて本当によかったわ」


「伯爵家のくせにとおっしゃいますが、レジーナ嬢、わたくしの家はあなたの家よりもよほど裕福ですわよ。領地の経営は上々、その上、父は全権大使としてゴールデンフォールに滞在しておりますので」


「全権大使!?」


 レジーナの叫び声と、取り巻きたちのひそひそ声が入り混じる。彼らも形勢を読んでいるのだ。全権大使は、中枢貴族に継ぐ地位に当たる。交易のパイプも太く、収入もよく、地位もある素晴らしい役職だ。伯爵家がなれることは少ないが、例外もある。ストラン伯爵が全権大使なら、たいした役職もない侯爵家よりかは断然権力も金もある。


「ありえないわ。きっと、あなたたちが嘘を言っているのね。そうだわ、みんなのことをだましているのよ」


 レジーナの的外れな断罪が続く中、周りの人だかりがぱっと割れた。


「随分な騒ぎを起こしてくれたわね、わたくしの茶会で」


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