第3話 フグ吉君さらに頑張る(2/2)

 ここの所、巷を騒がせているのが連続幼児誘拐事件だ。打ち続く事件に多くの子供たちが犠牲になっている。この行為は許せないし、俺がその犯人の頭をポカリとやって地面に埋めてしまえば善行を行ったことにもなる。これは善い。大変に善い。

 さっそく俺は聞き込みを始めた。人間の警察に比べて有利な点は、俺は桜だから現場の周囲の樹木に聞き込みをすることができるってことだ。目撃者を出さないように気をつける人間でも、目撃樹を出さないようにする人間はいない。

 ケヤキにも聞いた。プラタナスにも聞いた。トチノキにも聞いた。だが決定的な情報を持っていたのはあのいけ好かないイチョウの野郎だった。

 かなり遜った態度で聞いたお陰で、いい気になったイチョウから重要な目撃情報を手にいれることができた。犯人は何とこの辺りの幼稚園に勤める手伝いの男だ。休日になると車で回り、獲物を物色している。

 その後は少し苦労したが男の住処を探し出した。

 いよいよそのときが近づいている。今回のミッションは複雑だ。単に男を攫うだけではいけないのだ。男が犯人だという明確な証拠を後に残さねばいけない。犯罪がばれなければ彼はただの男であり、有名な犯罪者にはなりえない。うん、実に合理的で論理的で合目的的だ。

 まず男の頭をポカリとやり、彼の家の中に隠されているに違いない証拠品の数々を誰かの目に付くところに置くのだ。警察に電話して男のことを垂れ込むことも大事だ。最後にこれまでのすべてを記した文書を遺書として残すことも必要かも知れない。となると男はしばらく生かしておいて遺書を書かせねばならない。

 このために俺は男を閉じ込めて置ける穴倉を用意した。筆記用具とペン、それに灯りとなるロウソク。生かしておくのは遺書を書く間だけなので食料の類は要らない。後は縛るためのロープと猿轡。

 よし、準備は完了だ。今こそ死体を手に入れるとき。俺は男の家へと向かった。


 何台ものパトカーが男の家の前に止まってサイレンを鳴らしていた。大勢の警官が怒号を上げながら家の内外を出入りしている。手錠をかけられた男が頭の上からジャケットをかけられて連行されていく。

 遅かった。植え込みの桜の木に化けながら、俺は歯噛みした。お陰で木質の歯が少し欠けてしまった。

 警察も無能ではない。以前から男を内偵し、犯人と断定していたのだ。

 お陰で俺はまたもや死体を手に入れることはできなかった。



 泰巌じいさんは俺の話を聞いて笑い転げた。思わず俺は睨んでしまった。

「いや、すまんすまん。あまりにもオヌシの運が悪いのでなあ。呆れてしもうた」

「笑いごとじゃないですよ」俺は文句を垂れた。確かに運が悪い。どうしてここまで立てた計画がことごとく潰れてしまうのだろう。

「そうだな。実はオヌシに良い話がある。儂もそれなりに伝手を辿って探してみたのじゃ。フグ吉よ。ヘブライ村を知っておるかな?」

「へ?」

 じいさんは話してくれた。それは耳よりな話であった。



 青森県まで移動するのは大変だった。桜の木は電車や飛行機に乗ることができないからだ。それでも一歩一歩大地を踏みしめて進む。期待で胸がはち切れんばかりだ。

 途中で園芸店のトラックに拾って貰えたのは幸運だった。園芸店組合は人間の中では俺たち桜の木の真実を知っているただ一つの組織だ。持ちつ持たれつということだ。俺たち樹木が反乱を起こしたら園芸店は立ち行かなくなる。俺たちの正体を漏らしでもしたら誰も草木を買おうとはしなくなるだろう。

 新郷村の近くで降ろして貰った。この村の昔の名前は戸来村。そう日本のキリスト伝説で有名なヘブライ村だ。

 救世主は世界各地をさ迷った挙句に日本の温泉が気にいってここに定住したという話だ。

 俺は泰巌じいさんから教わった場所へと急いだ。人間がまだ知らない場所。

 かって海の向こうから来た救世主が埋められた場所だ。


 夜の闇に紛れて枝に持ったシャベルで隠された墓を掘る。

 村の古い墓地の一角。もはや墓碑銘も摩耗して読めない古い古い墓の一つ。

 それが目的の墓だ。

 シャベルの先端が朽ち果てかけた大きな木桶にぶつかったときに俺の頭の中に声が響いた。

『フグ吉よ。そうまでして私の遺骸が欲しいのか?』

 俺は気づいた。それがこれから掘り出す相手だと。さすがに救世主。他の亡骸とはわけが違う。

 俺は自分の希望を述べた。

『欲しい。それで俺はようやく一人前になる』

 答える代わりにその声は俺の頭の中を隅々まで見て回った。

 それから軽やかな笑い声で俺の中を満たした。

『いいだろう。しばしの間、お前の物となろう』

 棺桶の蓋が自然と開き、中から光り輝く骨の集積が浮き上がって来た。

 それは宙を漂って俺の下に来ると、俺が差し出した枝の中に納まった。

 さっそく俺の木の下に埋め込む。この聖なる行為に感動した地面が独りでに開き、骨を受け入れる。

 俺の木が光に包まれた。葉っぱの全てから後光が差し始めると、何か素晴らしいものが俺の木の芯を通り抜け、深い洞察と自信と力が心の底から湧き上がって来た。

 凄い。これが救世主の力か。

 そして俺は今や死体持ちの桜だ。それも偉大なる人の。


 再び園芸店のトラックで故郷の桜並木に戻ってきた。送ってくれた園芸店の人は別れ際に涙を流しながら讃美歌まで歌ってくれた。

 他の桜たちは最初は驚きの目で、続いて畏敬の目で俺を迎えた。

 木の葉の最後の一枚まで神々しく光り輝く俺の噂を聞いて、遠くから多くの桜たちが俺を訪れた。訪問客はそのままこの地に留まり、毎日を俺への崇拝と畏敬を捧げることに時間を費やすようになった。

 俺は彼らを迎え入れ、その悩みを聞き、これからの人生の指針を示した。俺の信者はたちまちにして膨れ上がった。


 三日目の夜。俺の足下の地面が勝手に盛り上がり、その中から一人の男が這い出て来た。

 月桂樹の冠を被り、ボロ布一枚を体に巻き付けた痩せぎすの男だ。その額から輝けるオーラが吹き出ている。

 頭の中に声が響いてきた。

『復活の時が来たのだ。フグ吉よ』

 俺は慌てた。せっかく死体持ちの桜に出世したのに、その肝心の死体が俺の下から出ていこうとしている。

「待て、待ってくれ」

『そうはいかない。私はもう二千年も待ったのだから』

 救世主は桜の木たちが見守る中、両手を大きく差し上げて叫んだ。

「見よ! 今や最後の審判が始まる。死者たちよ蘇り来たれ。天国の門を潜るがよい」

 居並ぶ桜たちの足下の地面が盛り上がった。その中から蘇った死人たちが這い出てくる。

 どこからか讃美歌が流れて来た。しかもオーケストラの伴奏付だ。

 はーれるや。はーれるや。主を称えませ。主を称えませ。

 その歌に包まれて、ふわりと救世主は空中に浮きあがった。

「いさや行かん。父の御許へ。すべての死者は我に続け」

 蘇った死者たちも救世主に続いてふわりと浮き上がった。

 止める間もなく救世主と無数の死者たちは夜空の彼方へと消えて行った。


 後に残されたのは今や全員が死者持たずとなった桜の木たちだ。彼らの怒りに燃える目が俺に集中した。

 もちろんタコ殴りにされた。

 あまりの騒ぎに公園の管理人たちが駆け付けなければ俺はそこで枯れてしまっていただろう。

 管理人たちが着くとすべての桜の木の動きが止まった。人間たちの目の前で動くのは一番重要なタブーだ。

 俺はもうそんなことは知ったこっちゃない。今を逃がしたらもう脱出の機会はない。死んでたまるか。

 目を剥いている人間たちの前を全力でドスドスと駆け抜けると、その場からトンズラをかました。



 いま俺は故郷から二つ離れた県で暮らしている。

 桜たちの間に手配書が回ったので、実に心苦しいことだが名前は変えた。今の俺は福吉と呼ばれている。人相書きも一緒に回ったが、何、桜の木の顔なんてどれも似たようなものだ。

 今でも俺は死体持たずだ。あれ以降も色々と頑張ったのだが、どれもうまくいかなかった。

 ある日、変装して一度故郷に帰ってみた。

 バレるのではないかとドキドキしながら街を歩いていると、例の男がジムに通っているのを見かけた。その目的はもちろん俺との再戦に備えてだ。

 そこでようやく俺にはすべてが理解できた。

 そうか、俺の試みがことごとく失敗したのはこの男の心意気を俺が無にしてしまったからなのだと理解した。

 神様はどこかで俺とこの男を見ているのだ。俺は深く反省した。


 俺もトレーニングを開始した。枝を鍛え、必殺技の開発に余念がない。

 来年の桜の季節、俺とこの男は再び命を賭して戦うのだ。

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短編:フグ吉くん頑張る のいげる @noigel

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