第21話 20%

「悪いんだけど、あんたがここにいる理由がわかんないから、記憶消して元の世界に返すわ」

と、女神が髪をかきあげる。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 声を上げたのはユリヤだった。


 驚きすぎて空いた口が塞がらない俺の横で、ユリヤとロロルたちが一生懸命、俺がコールセンターに急に現れた時の様子を話してくれた。


「だ、だから私たちは、トールは女神様がつかわせてくださった、コールセンターの神様だと思ったんです!」

「トールのおかげで、私たちの受電応対が、すごく良くなった……、というか、なりそうなんです! 絶対に良くなります!」


 特に熱弁を振るうユリヤに、俺は図らずも感動してしまった。


 これにはさすがに女神たちも圧倒されたようだ。

 自分たちの決定に刃向かわれると思っていなかった彼女たちは、ムッとした様子だったが、目を見合わせて、なにやら視線でやり取りする。

 一人が代表して「ふん」と鼻を鳴らした。


「わかったわ。そんなに言うなら、こいつをあんたたちのコールセンターに置いといてあげてもいいわ」


 それを聞いて、みんなの顔が安堵の表情になる。

 ところが、話はそこで終わらなかった。


「ただし、例外を認めるからには条件があるわ」

と、女神たちはかわるがわるに言ってきた。

「明日から、センターに新しい機能をつけるの」

「顧客満足度メーターよ」

「そんなにその男の能力で電話応対が良くなるって言うなら、確かな数字として証拠を見せてもらわないとね」

「メーターの数字はゼロからのスタートよ」

「架電者には1から5点まで、オペレーターの応対に任意で点数をつけられるようにするわ」

「100人の受電をする間に、満足度を100点まで上げなさい」


 勝手な条件を課すと、女神たちはまた「ふん」と鼻を鳴らして店を出て行ってしまった。


 えっと……、彼女たちのお代は?

 まさかツケ?

 それとも女神様は飲み放題?


 店主のマダムも困り果てた顔をしている。


 いやいや、今はそれどころではなくて!



 振り返ると、ユリヤたちは勝手に安心しきっている。

「よかったー」

「ほんと、トールさんがいなくなっちゃうのかと思いましたー」

「ユリヤ偉いわ、よくあそこまで言ってくれたわよね」


 みんなユリヤの勇姿を讃えているが、俺はひとり真っ青になっていた。


「あれ? どうしたの? トール、顔色悪いぞ」

と、気がついたユリヤが声をかけてくるのに、やっと声を出して応じることができたくらいだ。


「た、大変な条件になった……」

「え、なんで?簡単じゃん。100人で100点なんて」

「そうですよ。ひとり1点ずつ貰えばいいだけじゃないですか」

「しかも1点から5点なんて幅があるし」


 楽天的なユリヤに、すぐ隣に座っていたウリアナが続き、そしてロロルもクイッとメガネを持ち上げながら余裕の笑みだ。


「トールが研修してくれたらあっという間にクリアだよ」

「そしたらあの女神たちの鼻を明かしてやれますね」


 そう言って、彼女たちはもう女神たちの悪口合戦になっている。


「私、女神様たちがあんな性格してるなんて思いませんでしたよ」

「なんかお高く止まってるって言うか」

「嫌な性格だよね」

「ちょっと偉いか知らないけどさー」

「あたしたち庶民の女を馬鹿にしてるのよ!」


 口々に言う彼女たちには悪いが、俺の顔色は悪いままだ。


「ね! だからトール! 見返してやろうね。トールはあたしたちの味方でしょ」


 ユリヤに肩を叩かれて、俺はやっと絞り出すように言った。



「何言ってんだ……。これは全然楽な条件なんかじゃない。むしろ、その逆だ」



 俺の真剣な様子に、彼女たちは詳細がわからないながらも、何かとんでもない約束をしてしまったことに気がついたようだった。


「え……、どういうこと?」

と、ユリヤが代表して聞いてくる。


 俺は答えた。


「聞いてなかったのか? 女神たちが言った『任意』って言葉を」

「任意?」

「つまり、『この応対を評価してください』って言っても、点数をつけるつけないは相手次第ってことだ」

「え、でも……、お願いすればしてくれるものなんじゃないの?」


 慌て始めたユリヤに、俺は緩く首を横に振った。


「顧客に満足度評価の回答をもらうのは、どんな大企業でも苦労していることなんだ。電話中に頼んだとしても、終わった後の評価なんか、まず期待できない」

「そんな……」

「幸い1点からつけられるから、文句を言いたい客がわざと低い点数をつけただけでも加点とされるが、それを狙ってわざわざダメな対応をしていって、中で数人が評価自体を拒否したらもうおしまいだ。高得点を狙っていくしかない」


「楽観視できない。回収率を20%と仮定して……」

「そんなに低いの?」


 俺の見積もりに、ガラドーラが驚いて割り込んできた。

 それを、真剣モードに切り替えたユリヤが真面目に制した。


「最低ラインで考えましょう。そのほうが現実的だわ」

「待って! 回収率が20%なら……」

と、今度は聞きながら計算していたロロルが気がついて声を上げた。


 俺は頷いた。


「5点満点。すべての応対に対して、パーフェクトで挑まなければダメってことだ……」



 

 おでん歓迎会は、一気に暗い雰囲気に包まれた。


 異世界コールセンター……、いったい、俺はどうなってしまうんだ……?





—————————

第1部 完


ご高覧いただきありがとうございました。

また機会があれば、第2部以降も続けたいと思っていますが、この物語はいったんここで終了します。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

別の小説も、ぜひよろしくお願いします。

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