第20話 まさかのお客様

 おでんの味に感動して舌鼓を打っていると、ユリヤから衝撃的なことが聞けた。


「でもまあ結局、この辺りのものはみんな女神様たちが地球から持ってきたものなんだけどね」


「え?」

と、俺の箸が止まる。

 確かに、この箸だって日本でよく見る割り箸だけれど。


「だって考えてもみてよ。私たちの世界線におでんなんかあると思う?」


 そう言われたらそうなのかもしれないけれど、そんな身も蓋もない……


「福利厚生ってやつですよね」

と、ウリアナが耳をぴょこぴょこ動かしながら熱々のゆで卵を頬張っている。


 福利厚生……?

 それはなんだか違う気がするけれど……


 ますますこの世界への疑問が湧いてきた。

 しかし、それらの質問は棚上げさえることになった。


 このとき、ドヤドヤと店に入ってきた一団があったのだ。


 反射的にチラッとそっちへ視線をやって、俺は慌てて正面に向き直った。

 そこにいたのは全員女性で、なぜかみんな同じような白い薄手のドレス姿だったのだ。

 それがあんまりにも白くて薄いので、俺は透けて見えてしまうんじゃないかと思って焦ったのだ。


 彼女たちは別段その格好で問題はないようで、席に座るなり注文を取り付けてワイワイやりはじめた。


「みんなとりあえずビールでいいよね?」

「いいよー」

「あ、ごめん、私チューハイ」

「私も梅酒でいい?」

「じゃあビールの人! はい、いち、にー、さん……、六人ね。あとは個別で注文してね。すいませーん、こっちにビール六つ!」

「もうさー、ほんと疲れた。今日あたしんとこ何人だったと思う?」

「あたしだって大変だったよー」

「てゆーか、最近増えてない?」

「確かにー。増えてる増えてる」

「ここ何年かで何倍にも増えてる気がするんだよね」

「もう日本人男性、全員転送されんじゃね?」

「あはははは! 徴兵かよ!」


 賑やかを通り越えて最終的にちょっと不謹慎なネタで笑いをとりながら、彼女たちは続々と並べられる酒で乾杯した。


「それじゃあ、今日もお疲れ様でした!」

「かんぱーーーーーい」

「お疲れ様! 転生女神の私たち!」


 その言葉に、俺は椅子から転がり落ちるかと思った。


 こ、こ、こいつら……いや、この人たちが……女神様?


 さっとユリヤたちの顔を見ると、彼女たちも驚いている様子だった。

 さっきまでの和気あいあいとした雰囲気が一転して、平社員だけの飲み会に役職付きがやってきたみたいな緊張した空気がビシビシ出ている。


「ユ、ユリヤ?」

と、小さく声をかけると、彼女は「わかってる」というように細かく何度も頷く。


 俺たちはテーブルの上に額を寄せた。


「なあ、あそこのテーブルの人たちって……」

「言わなくてもわかってるって」

「彼女たち、普段からよくこの店に来てる​のか​?」

「知らない。わかんないよ。私は初めて見たけど」

「私も」「私も」と、みんなの声が続く。


どうやら女神様たちも常連のようだが、うまいことコールセンターチームとは重ならずにここまで過ごしていたようだ。


「でも、すごい……」

と、ガラドーラが珍しくうっとりとした表情になって女神様たちにテーブルに目をやっている。

「女神様って、本当に美しいわ……」


 彼女だって俺から見たら十分美しいのに……、いや、俺から見たらコールセンターのみんな、ユリヤもロロルもウリアナも、みんな綺麗で美人なのに、ガラドーラがそう褒める。

綺麗な人が綺麗というんだから、女神様たちは本当にものすごく美しいのだろう。


 しかし、うっかり見つめすぎてしまったのかもしれない。

 彼女たちが、こっちの視線に気がついて振り返ってきたのだ。


 慌てて見なかったふりをして、適当な話題でごまかそうとしたのだが、もう遅い。


 スッと1人が寄ってくると、俺たちのテーブルに片手をついて、ちょっと前傾姿勢気味に、俺たちを眺めまわしてきたのだ。

 なんとなく、全員が動けなくなった。蛇に睨まれた蛙だ。


「ふーん……。あんたたち、コールセンター?」

「はい、そうです」

と、憮然としながらもユリヤが素直に答える。


 向こうの机の女神陣は、みんなニヤニヤクスクスとこっちを観察していた。


「ご苦労様」

と、寄ってきた女神がニコッと笑う。白いドレスは透けそうで透けない。でも胸の谷間はむぎゅぎゅっとこっちを向いている。

 目のやり場に困る。


 不敬にもそんなことを考えてしまっていたからか、女神はツンとした顔を俺に向けてきた。


「あんたもコールセンター?」

「え、あ、はい……」

と、顔を上げる。


 すると、俺の顔を見た彼女はハッとした表情になって、パッと後ろを振り返った。


 え? あれ? どういう反応?


 俺が首を傾げていると、もう一人の女神が椅子から腰を浮かせる。

 それが合図だったかのように、全員が俺に視線を注いだ。

 それどころか、ユリヤたちコールセンター陣も全員、だ。


 一体何? 俺が何かしちゃったってこと?


 じたばたしても始まらない。

 俺はじっと女神様の一人を見つめ返す格好になってしまった。



 そして女神が言った。予想外のセリフを。


「あんた、なんでここにいんの!?」




 え!?



 えええ!?


 あんたなんでここにいんのって?



 そんなの俺の方が聞きたいんですけど——……!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る