花女3

時間は明け方。

主人公、花束を抱えて、上手から歩いてくる。


「人魚、いる?」

「人魚。今日はすごいお知らせがあります。何でしょう」

「……花女、死んじゃった………」

「事務所で、首を吊って」

「ドアのノブにロープをひっかけて、ドアの上側を通してね。事務所は、花でいっぱいで、人ってあんなところで死ねるんだ」

「警察が来て、今まで事情聴取してた。店長はもう大変で、今日予約の入ってた客に、事情聴取の間にバタバタって連絡してて。じゃあ、次はいつ大丈夫なのかって、聞く客に。そんなのもう次なんてないのに。ああ、もう、うちのデリヘルダメだね。つぶれるね。こういうことがあったら仕方ない。事務所、当分閉めるって、あの部屋中に咲いた花もそのまま。誰も水を変えないから、きっとすぐに枯れてしまう、かわいそうだな」

「警察から聞いた花女の年齢、29歳でね、あいつ、5つもサバをよんでやがった。何が同い年だよ。なんか古いアニメとか詳しいと思ったんだ。本当の名前も知らなかったんだ。警察が教えてくれるまで」

「何も本当のことなんてなかった、全部、全部、嘘ばっかりだ」

「仲良くなれたと思った、友達になれたと思った、花女は悩みなんてなくて、この世界を、まるで魚みたいに、自由に泳いで行けてるんだと思った。そう見えた、私も、あいつみたいになりたくて、悔しくて、うらやましくて、敵だと思って、味方だと思って、友達だと思って、でも、そんなの嘘だった。花をもらったんだ。一番きれいな花を一輪、選んであげるって。君に似合うと思って、君の花だよって。部屋中にいっぱいの花の中からたった一輪」

「どこにも逃げ場がない、出口がない、誰か私を見つけて、誰かここから、連れ出して、人魚、人魚」

「……人魚?いないの?いないの?人魚」


人魚がいない。

近くにいた、生け簀の管理の人に聞いてみる。


「あの。ここの、ここの生け簀にいた、人魚、どこに行きました? 売れちゃったんですか?」

「え?生け簀の網に、穴が開いていて、そこから、逃げ出した?」

「……」

「…あんた、ここから出ちゃったの?自分で」

「こっから出たら生きていけないって言ったのに。自分で餌も取れないのに」

「それでも、出たかったのここから」


主人公、後ろに下がって、助走をつけて。

海に飛び込む。


「えいやぁ!」


暗転。


end

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夜の人魚 @orange_star

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