第25話 世話になるらしい

 背負っていた兵装を限りなく小さくして隠させるのに一苦労したが、ようやく図書館の中に入ることができた。苦労というのは主にこのチビへの説得だったのだが、カナデにも協力してもらって取り敢えず何とか事が運べたのが大きい。いや、俺はともかく何でカナデの言うこと聞くんだ?


 まぁカナデのお陰で入れはしたし、一応良しとしておくか。……いや良かないな、今後のことを考えるとカナデに迷惑をかけるにはいかねぇし。はぁ、やることが多いぞこれ。


 そんなことを考えながら図書館に入ってすぐ、公衆衛生の歴史に関する本のある本棚のところまで向かい、漫画形式で解説しているそれを手に取って付いて来ているコイツに、小声で話す。



「いいか? 静かにしろ、本を汚したり破いたりするな。もしやってしまったのなら司書の人に正直に話して謝ってこい。」


「テメェはアタシの親か、さっきも聞いたわそれ。」


「オメーが信用ならねぇからだ。口酸っぱく言わせてもらうぞ。」


「へーへー。」



 適当な返事をして離れていき、読書スペースに向かったのを確認すると、どっと疲れて大きく溜め息が出てきた。今日ので体力気力がかなり持ってかれた気がする……大体、何で公安はこんな無理難題を課してきたんだよコンチクショウ。


 今すぐにでも座りたい欲求を堪えながら、俺は少しばかり頭の中で考えを巡らせる。内容は、俺の使える魔法についてのあれこれ。あれこれ、というと何を知りたいのか分からなくなってくるが、そも魔法に関連する蔵書などこの世界では民俗学のテリトリーになる。


 ただそれも、あくまで風習やら何やらに基づいた儀式形態のそればかりで、俺とアイツみたく物理的に顕現できるようなものは無い。となると民俗学関連の本ではなく、敢えて自然科学関連のものから情報を得て推察しなければならない。


 当の魔法を使えるアイツが、頭を使うことを渋らなきゃこんな真似はしなくて済んだんだけどな。あぁ、そういや武田さんとかも魔法に関する情報を聞いてたんだったな。ついでにそっちからも聞いておこう。今は何でもいいから情報が欲しい。


 俺が使えるのは確か……水、地、風、闇だったか。闇だけ分かるかっての、抽象的すぎるんじゃ。ひとまずは闇以外の三つの概念を調べていくことを優先的にしていくとするか。えーと、これか? いやざっと見たけど違うっぽいな。こっちはニアピンってところか。


 そうこうして漸く、水、地、風とそれぞれの概念について纏めた本を三冊持って読書スペースに足を運ぶ。あまり視界に入れたくないのでアイツから離れた位置に座ってから最初に水について読み始める。


 少しして、俺の隣の席にカナデがやってきた。持っていた本を机の上に置き、俺の方をじっと見たかと思えば、近づいてきて静かな声で俺に話しかけてきた。



「何読んでるの?」


「水についてだな。」


「中々抽象的な本を読んでますな。」


「ホント、この必要が無かったら好きな本を読んでたんだけどな。」


「いつもの最新量子物理学とやらですか。」


「面白いんだぞ、理解されにくいのはあまりいただけないけど。」


「いやぁ、難しいよそれ。」


「勿体ねぇなぁ。」



 流石にこの眼で量子の動きなんて視ることが出来ないんで、お得意の予測計算は出来ないけど。実際にやった実験の記録を読み進めていくのは心が踊る。


 物心着く前から目に見える物理法則の解が見えていた俺にとって、量子物理学という学問は正に未知そのもので、この眼と頭で解析できないものだった。それを機械の力を使って誰にでも観測できるようにした人物は尊敬に値するし、関わっている研究者に敬意があるぐらいに量子物理学は好きだ。


 見えない世界を知り、未知を既知とする過程が面白いと感じるというのもあるだろう。そういう所が好きだと思える所以なのかも。



「ね、ショウちゃん。」


「ん?」


「何であの子に当たりが強いの?」



 その理由だけは言えねぇんだよなぁ。いや詳しくは言えないってだけで、多少はぐらかす事は出来るけども。さてどう誤魔化そうものか……こんな感じでいいか。



「単純に反りが合わない。」


「どんなところが?」


「何もかも。本当に何もかも。ただでさえ言葉より暴力を選ぶような奴だし人に対する思いやりは無いわ自分のやってることに対してどんな影響が及ぶのか分かってないし何より――なんか腹立つ。」


「いっぱい捲し立ててたのに最後。」



 だって、なんか腹立つに行きつくんだもの。色々と理由は並べたけど、それらしい理由が……いや、一つあったな。でもこれは、あんまり言いたくないな。



「? どうしたの?」


「んぁ、いや。何でもない。」


「そう?」



 流石に黙ってたらこうなるか。とはいえこの空気のまま普段のようなやり取りはしにくいし、ここはアイツの様子でもちょっと確認しておくとするか。


 どれどれアイツはっと、ふーん起きてるのか。目は開いてるし、視線も特に変わった様子は……いや待て、何か変だぞ。目は開いてるんだが手が全く動いていないし、瞬きをしているような節すら見られない。



「ショウちゃん、どうした?」


「ちょっとな。」



 席を立ってアイツの座っている席の近くまで歩み寄り、耳を近づけてみた。定期的な周期で行われる呼吸の状態から鑑みて、ある一つの予測を立てた。次にコイツの視線と本の間に手を差し込んで数回ほど振ってみた。


 まるで反応を示さない、呼吸のペースは一定。でも目は開けている、となれば思いついた予測はたった一つしかない。



「いやどんな寝方してるんだコイツ?」



 目を開けたまま寝てるんだけど。










 あのあと、20ページほど捲られていた漫画と自分用の本を借り、眠っているユーティカネンの目を閉じさせたあと、コイツをおぶって本を持って帰ろうとした。だが流石に本の運搬に関してカナデから制止が入り、袋を貰ったのでそれに本を入れてから自宅へと足を運んでいく。


 まだ昼時だってのに、まさか漫画読んだだけでこうもぐっすり眠りやがって……起こそうとしても全く反応無いってどういうこったよ。



「はぁ。」


「どうしたの?」


「んにゃ、なんでも。強いて言うなら、この寝てるバカに色々と呆れてるだけ。」


「もー、さっき私が本の方を持ってあげるって言ったのに。別に良いって言ったのショウちゃんだよ?」


「あー悪い、そういうことじゃない。」



 いや重さに関しては特に問題ないのよ。そもそも今はどういうわけかコイツの力が行き渡って、車ぐらいなら片手で持ちあがるような膂力が手に入ってるし。問題なのはコイツのこと。


 漫画なら読めるだろうと思ったが、見当違いだったか? なんにせよコイツにはこれから教えることが山ほどあるし、これから先に色々と苦労しそうな未来が見えてしまって、気苦労の絶えない日が続きそうだってことに、溜め息が盛大にこぼれた。



「これからどーしよっかねぇ……。」



 ホント、これからどうしようか。まだ昼飯食ってないし、何にするか決めて無いし。



「ねぇねぇ、ショウちゃん。」


「なんでしょか?」


「今日家に行ってもいい? お昼作るよ。」


「んぇ、良いのか? 用事とかあったりしない?」


「無い無い。私も図書館に行く用事があっただけで、あとは特に何も。それにショウちゃん、さっきこれからどーしよっかなぁって言ってたじゃん。」



 あぁ、さっきのね。確かにあれは昼飯どうしようかって形にしか聞こえないわな。まぁでも昼食ってないのは事実だし、何を食べようか全然決まってないし、断る理由もないわな。



「んじゃあ、お言葉に甘えるとするか。」


「オッケー、任された! じゃあさ、何食べたい?」


「決まってないんだよなぁ、お任せは――ダメですかそうですか。それだと……チャーハンとか、何か炒め物が良いかな。」


「んー炒め物かぁ、どんなのが良いかなぁ。」



 冷蔵庫の中には何かあったはずだよな。ちょっとあれだし、帰ったら一回確認するか。


 そんな他愛もない会話を繰り広げながら、俺は背中におぶっているコイツと、隣を歩いていたカナデとともに帰宅した。一旦背中におぶられているコイツは部屋まで運んでいき武器を外してベッドに寝かせたあと、一階に降りてやることを済ませてから冷蔵庫の中身を確認していく。


 今あるのはキャベツ、ハム、ベーコン、卵、人参、パック納豆、きゅうり、トマト、冷凍魚介ミックスに豚ひき肉。あとは調味料とかか。冷凍ご飯は数もあると。



「結構あるな。」


「チャーハンは確実に出すとして、炒め物はどうする? ひき肉使う?」


「……いや、海鮮炒めでお願い。こっちの方かまだ余ってるし。」


「オッケー、海鮮炒めね。となると、これとこれとこれと──」


「手伝う。」


「え、良いよ別に。」


「このぐらいやらせてくれよ。それに今は何か動いてないと、逆に心労が溜まりそうな感じでさ。」


「ふーん。ま、いっか。ならお手伝いお願いね。」


「はいよ。」



 今はとにかく別のことを考えていたい。あのクソアマしかり、自分の中にあるこの魔力属性についての情報しかり、フィクションじみたものから抜け出して何でもない日を楽しみたい。


 守らなくちゃいけないものはあるけれど、俺だって人間だ。ねだったってバチは当たらないだろ。そんな事を思いながら、俺は材料を取り出してカナデとともに調理をし始めていく。けどその途中、不意にカナデからあることについて聞かれた。



「ねぇ、ショウちゃん。」


「ん?」


「図書館に居た時さ、あの子を何で毛嫌いしてるのかって聞いたじゃん。」


「聞かれたな。」


「そこでさ、いっぱい嫌いなところ挙げたじゃん。」


「挙げたな。」


「あそこでさ、今になって考えてみたら何でショウちゃんがそこまで嫌うのか、何となく分かったかもしれないなって。」


「…………じゃあ、どんな結論に至ったんだ?」


「言ったらショウちゃん、ずっとその事を考えそうだから教えない。」


「そうか。」


「そうなのです。あ、レンジにあるご飯お願いね。」


「はいよ。」



 俺がアイツを嫌う理由、ね。そういや何で嫌いなのかは、武田さんにも言われたな。多分、答えはもう出ているものなんだろう。


 けどその答えを俺はずっと、否定しているのかもしれない。

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アニマ・アイデンティティ Haganed @Ned

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